◆第三話『もう1人の王宮魔導師』
歳は30を少し過ぎたあたりか。
小奇麗に整えられた短めの髪からは、いかにも貴族の出といった印象を受ける。
ただ、なにより目についたのは彼の服だ。
王宮魔導師であるセティスと同じローブを着ている。
ディアナが男を見ながら眉をひそめる。
「……ドベールか」
「お会いできて光栄でございます、殿下」
「王女という立場はもう捨てた。かしこまる必要はない」
「たとえ王室を出られたとしても、ディアナ様の権威はなにひとつ失われておりません。もちろん、わたしの忠誠もです」
「ふん、白々しい」
ディアナが苛立ったように息をついた。
見るからに男のことを嫌っている様子だ。
ジェイクはこっそりとセティスに歩み寄った。
男に視線を向けながら、ひそめた声で問いかける。
「誰だ、あいつ」
「ドベール・マリオン。わたしと同じ王宮魔導師で今回の遠征の指揮官よ。って、あなた知らないの? 彼、結構有名だけど」
「知らないな。俺が王都にいた頃はまだなってなかったろ」
「……そう言えばあなたが追放された直後ぐらいだったかも」
年齢的に見ても、王宮魔導師に叙されたのは20代前半といったところだろう。王宮魔導師には30歳を越えてから叙される場合が多い。つまり、男――ドベールも優秀な部類に入るということだ。
ドベールが鋭い目をセティスに向ける。
「して、メイエンくん」
「は、はいっ」
「そこの男を紹介してもらえるか?」
「彼はその……」
セティスが目をそらし、言いよどむ。
そんな彼女を見て、ドベールは口元を緩めていた。
おそらく答えを知ったうえで質問しているのだろう。
なんとも陰険な男だ。
「俺はジェイク・オルトレーム。ただの天才魔導師だ」
「ふっ、自ら天才を名乗るとは大した自信家のようだ」
「事実だからな」
こちらを見下していることがありありと伝わってくる。
おかげで初対面でありながらも遠慮する気は起こらなかった。
「しかし、そうか。お前があの異端者の」
「……なにか言いたいことがあるなら言えよ」
「いや、なにも。ただ、幼い頃のお前をもてはやす声をよく耳にしたが、あれはきっと噂が大きくなっただけなのだろう、と思っただけだ」
まるで嘲るように口元を歪めるドベール。
そんな彼にディアナがわざとらしく感嘆の声をもらす。
「すごいな、ドベールは。見た目から魔導師の強さをはかれるのか」
「ぐっ……ま、まあわたしぐらいになれば、そのようなことは造作もありません」
魔導師であるかを判別するならともかく。
その力量をはかるのはほぼ不可能だ。
ディアナもそれを知ったうえでの発言だったのだろう。
「殿下、この男と親しいようですね」
「相棒として、ともに戦う仲間だからな」
「なるほどなるほど、そういうことでしたか」
ドベールが芝居染みた声をあげながら頷く。
と、その口元を一瞬だけ醜悪に歪ませた。
「しかし、これは問題ですね。あの異端者と行動をともにしているとは」
「ジェイクはすでに充分な処分を受けている。もう批難されるいわれはないはずだ」
「しかし、殿下には立場というものが――」
「わたしはわたしが選んだ者と付き合うだけだ。……そもそも罰を与えること自体おかしな話だ。ジェイクはなにも悪いことはしていないのだからな」
ディアナの語調がどんどん強くなっていく。
いまにも殴りかかりそうな調子だ。
「ディアナ、もういい」
「いいやよくない。昨日だってトロールの群れを迎撃できたのはジェイクのおかげなんだぞ。だというのに、こいつは――」
「だから落ちつけ」
こつん、と手の甲で優しく小突いた。
ディアナが「あたっ」と小さく呻く。
なにをするんだ、と言いたげな目を向けてくる。
「その……お前の気持ちだけで充分だ」
誰かが自分のために怒ってくれる。
こんなことを味わったのは久しぶりだ。
くすぐったいが、それ以上に嬉しいと感じた。
「……ジェイク」
ディアナが息を吐いて拳を解いた。
どうやら怒りを収めてくれたらしい。
最後にぎろりと睨んではいたが。
ドベールが怯え気味に口を開く。
「つ、つまり、わたしがなにを報告しても問題はないということですね」
「好きにしろ」
ディアナがいっさいうろたえなかったからか。
ドベールは悔しげに唇を噛んでいた。
「では、わたしは《迷宮の創造者》討伐の任がありますので、これで失礼いたします。……なにをぼさっとしている、メイエンくん。行くぞ!」
「は、はいっ」
セティスがドベールのあとを追って歩きだす。
と、肩越しに振り返り、口だけを動かした。
動きからして、おそらく「ごめんね」だろうか。
面倒そうな先輩を持って彼女も苦労していそうだ。
エルミがすすすと隣に立ち、ぼそりと呟いてくる。
「……お前の気持ちだけで充分だ」
「いますぐに忘れろ」
「では本題に。あの男を闇討ちしますか」
「それもやめとけ」
エルミなら本当に成功させそうだから怖い。
と、いつもの彼女の冗談に付き合っていたとき。
ディアナが申し訳なさそうな顔を向けてきた。
「すまないな、わたしのせいで」
「いや、絡まれたのは間違いなく俺のせいだろ」
「そういうわけでもないんだ。わたしも彼……いや、彼らと言うべきか。あまり折り合いがよくなくてな」
「報告とか言ってたけど、あれも関係してるのか?」
「王室のくだらない争いだ。できれば忘れてくれ」
言って、困ったように笑うディアナ。
……本当にくだらなかったら、そんな顔はしないだろう。
彼女のもどかしそうな横顔を見ながら、ジェイクは胸中でそう語りかけた。