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峠の旗  作者: 三峰三郎
11/11

峠の旗 完

 ―天正十三年(一五八五)閏八月―


 昌幸は、ぱちりと石を盤上に置いた。


「なかなか、やりますな」


 盤を挟んだ正面に座る甲冑を纏った高梨内記が、小さく唸った。


「常に先の先に思考を巡らすのが、こつよ」


 籠手をはめた手で、じゃらじゃらと石をかき回しながら昌幸は言った。

 上田城天守閣、最上の間である。


 この城は二年前、上杉侵攻に備えるために徳川の支援のもと築城をはじめた城であった。

 しかし、真田が有していた沼田の地を北条に譲るよう家康に迫られると、昌幸は突如として徳川を離反。敵方の上杉につくことを決めた。

 未完成であった上田城は、上杉援助を得て築城が再開され、いまや完成間近であった。

 真田の造反に憤怒した家康は、家臣の鳥居元忠、大久保忠世、平岩親吉に真田討伐を命じたのである。


 高梨内記が長考の末、一手を指した瞬間、


「敵軍が二の丸まで攻め寄せて参りました」


 物見が入ってきて報告した。


「続きは戦に勝った後にいたそう」


 昌幸はそう言って、傍らに置いてあった刀を手に立ち上がった。


 真田軍は、二の丸に誘い込んだ敵に弾丸、弓矢を無数に撃ち込んだ。

 さらに背後に回りこませた騎馬隊に奇襲させると、怯んだ敵は一斉に退却をはじめた。

 これを勝機とみると、昌幸は自ら兵を率いて逃げ惑う敵に追い打ちをかけた。


 敵は、神川を渡って逃げようとする。

 昌幸は、事前に川の上流をせき止めさせていた部隊に合図を送った。

 濁流が徳川兵を飲みこむ。

 敵は混乱を極めていた。


「さて、碁の続きでもいたすか」


 隣に侍る高梨内記に呟いた時である。

 昌幸の視界に、神川の向こうに翻る一流の旗が飛び込んできた。

 旗の付近から、甲高い鐘の音が聞こえる。

 すると、錯乱状態であった徳川兵が統制を取り戻しつつ、掲げられた旗ももとへ集まっていく。

 昌幸は一瞬、目をみはった。

 まさか、生きておるはずがない。


「鐘の旗が、まだ立っておるわ」


 昌幸は不敵な笑みを浮かべながら馬首を返すと、上田城へと引き返していった。


      完


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