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峠の旗  作者: 三峰三郎
1/11

峠の旗 1

 南に広がる平原に、雷鳴が轟く。

 豪雨が、背後に流れる天竜川にたたきつける。

 明滅に浮かぶ、怒りと恐怖に引きつるいくつもの顔。

 手綱を握り直すと、信蕃は眼前に迫る敵に向き直った。


(そろそろ城に戻らねば味方が危うい。父は何処だ)


 相手を切り伏せると、周囲を見渡した。

 視界が再び明滅した。

 一瞬、敵陣深くに見慣れた大きな背中が、信蕃の目に飛び込んできた。

 すぐさま馬に飛び乗ると、その残像を追った。

 顔の前に突き出される穂先を払いのけながら、敵中を駆け抜ける。


「父上。一旦、退きましょう」


 十間ばかり向こうの背に声をかけた時である。

 その背に白刃の切っ先が鮮血と共に突き出た。

 瞬間、周囲が静止したような錯覚に陥った。

 喚声が遠くから聞こえてくる。


(嘘、だろ)


 瞬間、脳内で何かが弾けるような音がした。

 信蕃の口から咆哮がほとばしる。

 そこからは、我を忘れた。

 気が付いたときには、累々と転がる屍の中心で胸から血を流す父を抱いていた。

 まだ、息があった。


「父上、死んではなりませぬ。まだお役目は続いております」


 信蕃は必死に呼びかける。

 ごぼりと咳込みながら、横たわる父が己の方へ手を伸ばす。

 その手を信蕃は必死に握り返した。


「二俣城を、依田家を、お前に託す」


 ふっと、父の手から力が抜けていくのが分かった。

 傍らには父がいつも肌身離さず持っていた刀が、血だまりの中に転がっていた。


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