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初耳だが……?

 二隻の舟が左右を並走する。

 右から大悟郎が、左から佐天が、声をかけてきた。

「おい、大丈夫か?」

「何と言うか……申し訳ないね」

 しかし寝ていた江弥華は当然、何のことか分からない様子。怪訝に左右の男を睨んだ。

「佐天、大悟郎、お前らの計画を聞かせろ」

 江弥華が二人を誘って船首に向かう。

 その背中は謎な差別など撥ね除けるような強さを感じた。

 それぞれの船首で進む先を見据える三人。

 真ん中に立つのが、他の誰でもない江弥華だ。

 七大十がグッと胸の鎖を握り締めた。

「……画になるな?」

 無意識だったが語気が強い。

「そう?」

 かん太は頬杖をついて唇を尖らせる。その視線は鎖を握った七大十の手に向いていた。

 七大十はやれやれと肩を落として首を振る。

「お子様にはあのカッコ良さは分からないか」

「な~にを~~!!」

 頬を膨らませたかん太がいたずらっ子の顔でじゃれ付いてくる。

 七大十の眼前に迫る煤で汚れた小さな手の平。

 かん太が拭ってやると押し付けらてくる。

 七大十は力加減を気にしながら押し返す。

(買ってくれた人が江弥華でよかった)

 と、七大十は髪を下ろした青い背中を一瞥した。

「危ない!!」

 突如、かん太が舵を切った。

 大悟郎の舟にぶつかり、大きく揺れる甲板。

 佐天の舟のとの間に出来たわずかな隙間。

「危な!?」と七大十が縁に捕まったその目の前を、

 ブオオーン!

 と横切った紫の毛髪。

 二隻の舟に挟まれて止まったその舟の上で、その男が江弥華を見下ろしていた。

 悠翼だ。口が嘲笑に歪んでやがる。

「てかぁ、ホントに来たんすねぇ~」

 取り繕った哀れみの表情。しかしパックの下からシミとシワが透けるように、軽蔑と侮蔑の感情が見え見えだった。

 七大十が二人の間に割って入ろうと立ち上がる。

 しかし江弥華は「ああ」と適当に流し、

「それで、大悟郎——」

 と仕事の話に戻った。

 悠翼の額に青筋が走る。

「確かに駆け出しの向上心煽るなら最年少一級到達者様は適役だもんなー! ……あ、でも、指南中、二足の草鞋で転けないか心配だなー!」

 周りに同意を求めるような大仰な身振りで、護符職人の片手間で陰陽師をやっていることを揶揄した発言。

 悠翼の取り巻きが「プフッ」と噴き出す中、江弥華が声を上げて笑った。

「——だな。足許には十分に気をつけよう」

  次に笑ったのは佐天だった。

「ククク……」という忍び笑いが大悟郎から、悠翼を良く思わない三級陰陽師へと伝播していく。

 七大十もその一人だった。

(カッケー! 痺れるー!)

 と吊り上がった口角が感動にヒクつく。

 和やかな空気が流れた。だが——。

「おめでてえなぁ……勘違いしてんじゃねえぞ……」

 俯いた悠翼から漏れ聞こえた呟きが、妙に辺りに響いた。

 ゆっくり上げた顔は血が上って赤い。

「実力で一級になったとでも思ってんのか……?」

 ぶるぶる震える唇を捻じ曲げて作った無理やりな笑顔。

(……コイツ、やべえ……)

 江弥華もそう判断したようだ。

「……いや、思ってないが……?」

 答えながら半歩、距離を開ける。

 七大十はその隙間に足を滑り込ませた。いつでも盾になれるように悠翼に半身を向け、いつ団子が投げられても反応できるように江弥華を視界の端に入れられる位置。

「あんたは……下級連中の向上心を煽るために一級にさせてもらったんだぞ……」

「え……」と七大十が江弥華に目を向ける。

 江弥華が眉をひそめた。思い当たる節でもあるのか、視線が彷徨う。そして顎をしゃくって悠翼に先を促した。

 悠翼は震える声で続ける。しかしだんだんと彼の言葉に熱が乗り始めた。

「……特に女の、成り手が減ったから……だから陰陽庁が、あんたみたいな綺麗どころを担ぎ上げたんだ。適当な女じゃ務まらねえ、それで青髪青目を選んだんだよ。そうだろ? どうせ昔みたいに固定砲台みてえに棒立ちで、バンバン上級呪術をぶっ放してんだろ。良いよなぁ、楽に実績つめて、楽に稼げて。それで質のいい転生者を買えて。ガッポガポだろ? いっつも不機嫌な面しってけど、本当は笑いが込み上げて止まらねえんだろ?」

 一息に言い切った悠翼が肩で息をしながら、侮蔑にまみれた笑みを江弥華に向ける。

 そんな中、七大十の頭の中は「?」でいっぱいだった。

 江弥華を物凄く蔑んでいたのは分かる。だが、前提とする背景を知らない為に、怒るよりも「どういうこと?」という感情の方が強かった。

 しかし「質問いいですか?」と手を挙げられるほど心臓は強くない。

(だれか解説を頼む……!)

 念じたときだった。

「はーい、しつもーん!!」

 空気の読めない一人の少年が元気よく手を挙げた。かん太だ。

「仮に庁が御輿を用意したとして、なんで青髪青目が良かったの? 昔みたいに固定砲台みたいにって何?」

 悠翼がかん太を見てニヤリと笑う。

「お前、年は?」

「十」

 それを聞いて悠翼はさらに笑みを深めた。

「なら知らねえのも無理はねえ」

 そう言って、演説のごとく歴史解説が始まった。

「三十年前まで人と鬼が戦争してたのは知ってるよな? 百三十年続いた人鬼大戦だ。そして俺らが勝利した一番の要因が——」

 悠翼がグイと鎖を引いて、彼の式神マッチョリーマンを引き寄せた。

「転生者を式神にする技術の確立だ。これによって俺たち陰陽師が鬼化することがなくなった。消耗品から脱却したんだ。だが、それ以前はどうやって戦線を維持していたと思う?」

 七大十も一緒になって考えた。

(……鬼化覚悟でゴリ押すしかないだろ……。それで鬼化した陰陽師を敵にけしかける的な?)

 かん太が腕を組む。考えるばかりで、なかなか答えない。

 業を煮やした悠翼が舌打ちして江弥華を指差した。

「コレだろ、コレェ! 青い色素が強ければ強いほど、呪素―呪術転換効率が高いだろぉ? 代謝で得た呪術を無駄なく使えるんだろぉ? 陰陽師目指すなら基本中の基本だぞ、しょうねぇーん!」

 悠翼がパチンと指を鳴らした。

 あまりにも馬鹿にした口調にかん太の目元がヒクつく。

「——でもさ!」かん太が負けじと言い返す。「その代わり、鬼素への耐性が極端に低いじゃんか!?」

「いやいや、今さら勉強してるって訂正は求めてねえけど……。まあ正解だわ。拍手。」——でだ。確かに青色は鬼化しやすい。実際、上級呪術が十発撃てば、その場で介錯だったんだ」

 悠翼が首を切る身振りを加えた。

 七大十は言葉を失い、江弥華を見つめた。「え……?」と聞こえたが、自分が言ったのかも分からない。

 江弥華は顔を伏せて目を閉じているばかり。

「まあ、道具ってわけだ。使い捨ての大砲みてーな感じか?」

 悠翼が見渡す。頷いている取り巻き二人を除き、他の3級陰陽師が居心地悪そうに足許に視線を彷徨あせた。

 川のせせらぎの中、いつの間にか呪術の効果が切れた、泳ぐより遅い舟。

 七大十の声。

「……昔の話だろ」

 止める間もなく、口をついた。

 真ん丸に見開いた瞳が一斉に七大十に向けられる。「誰お前?」「何お前?」そんな視線が七大十を突き刺す。

 噴き出す脂汗。謝罪の言葉喉を駆け上がる。

 しかし、七大十の視界の真ん中で、閉じていた瞼が薄く開く。向けられた青い瞳からは感情は読み取れない。鎖を握り直す左手。

 ――引かれなかった、待てども。

(止まるな)

 七大十の目に力が入る。

「昔はそういう使われ方だった……いや違う。そういう役目を負っていた。でもだからどうしたってんだよ? 今の江弥華には関係ないだろ!」

「何だ、テメエ……式神ごときが出しゃばってんじゃねえぞ……」

 悠翼が拳を握って前に出る。

(止まんな)と七大十も一歩前に出た。

「オレの役目を全うしてんだよ。陰陽師の盾になるっていう式神の役目を」

「クク……そうかい、そうかい……新旧使い捨て同士の虚しい連携……泣けるぜ」

 悠翼が目元を押さえながら肩を震わせた。

「一体どうして、庁はこんな人を担ぎ上げたんだろうな……? 女だからか? 陰陽師の男女比率が傾いてるからか? ——だとしたら浅はかだ!」

 悠翼が演技を止めた。

「青目青髪なんて、結局生まれ持ったものじゃねえか!」

 そして溜め込んでいた不平不満が噴き出した。

「ふざけんじゃねえよ! こっちは地道に実績積んでんだよ! それを横から「この人を目標に頑張って、早く昇級してください」って適当な奴を一級に引き上げやがって…… 馬鹿にしてんじゃねえぞ……!」

 悠翼がぐるりと江弥華を睨んだ。

「……あんたはどう思ってんだよ、え? ――どう思ってんだ!!?」

 突如、声を上げたと思えば、今度は笑いながら

「聞かせてくれよ……。実力以外で評価された気分を……。教えてくれ……」

 情緒がめちゃくちゃだ。

 見下ろす眼は憎悪に染まり、落ち着きなく膝を動かして身体を上下に揺すっている。江弥華の返答しだいで殴り掛かりそうだ。

 七大十が江弥華を背にして立ち位置を変えたときだった。

「——フッ」

 背後から聞き馴染みのある音。

 悠翼の眼が血走り、食いしばったこめかみが浮き上がり——。

 江弥華の笑い声が響いた。

「確かに。私は生まれる時代が良かった。生まれた場所がよかった。生まれた体質も良かった。……私はほとほと運が良かった」

 悠翼の表情が固まった。見開いた瞳が震えている。噛み締めていた口がわなわなと開いた。

「……嘘つけよ」

 泣きそうな声だ。

「悠翼さん……?」「大丈夫、ですか……?」

 取り巻きの声に悠翼が我に返る。

「認めやがった……そうだ、今、認めやがったぜ、墨廼江弥華! 返上しろ! その襟元の一級章を、今すぐ、返上しろ!」

「「へ・ん・じょー! へ・ん・じょー!」」

 取り巻きの「返上」コール。周りの連中に目配せするが、彼ら以外は誰も乗らない。それどころか、成り行きを見守っていた佐天と大悟郎が静かにキレているのが見て取れた。

 そしてもう一人。彼女の言葉に怒っていた渾蔵が「江弥華!」と呼び掛けた。

「優秀なお前には、三つのことしか教えていない。一つが、皆がお前のようには出来ないこと。二つが、常に正論が正しいとは限らないこと……」

 渾蔵が指折り数えて、江弥華に諭す。江弥華は何度も聞かされたのか、よそ見しながらピアスを弄っていた。

 渾蔵が三本目の指を折り、鼻息荒く言い切った。

「そして三つめが、己の軌跡を無碍にしないことだ!」

 江弥華が記憶を探って、首を傾げた。

「……いや、初耳だが……?」

「……む……?」

 お互いが記憶を遡り、首を傾げ合う。

(——なんだ、この空間は?)

 先までの緊張が嘘かのような空気が弛緩した。

 力が抜けそうになる。しかし悠翼はまだ吠えようとしている。

 パン! と大きな音が鳴り響いた。

 佐天だ。手を叩いた状態のまま、爽やかな微笑をたたえている。

「模擬戦をしよう」

 笑顔を悠翼に向ける。

「同行指南役に懐疑的なものもいるみたいだし、丁度いいね?」

 その笑顔は爽やかを通り越して不気味だった。

 悠翼は頷くしかなかった。

 佐天も、こくんと頭を下げた。そして再び顔を上げたときには表情が抜け落ちたように真顔だった。

「ありがとう」

 言いながら、佐天が腕を振る。タンと音を立ててエンジンに貼られた札。

「纏・風肌」

 佐天の舟が抜け出した。

「おい、私の意思はどうなる?」

 タタン、と投げた二組の札。自分の舟と悠翼の舟のエンジンに貼り付いた。

「纏・風肌」

 と江弥華の舟が佐天の後に続く。

(……模擬戦か……)

 七大十は並走する隣の舟を横目に見る。

 悠翼が、苦虫をかみつぶしたような顔で、自分のエンジンに貼られた札を見つめていた。

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