これであなたも宝箱の中
オクタヴィアが報告をしてから、いくつもの準備があった。
アトレイシア家からデルモント家へ、いくつかの作物と共にオクタヴィアが暮らすための荷物を送り、デルモント家からは結納金とアトレイシア領で動いてもらうための騎士達を受け入れた。
挨拶から結婚式の場所を押さえてドレスを選び、日程を相談して。
そして、この日がやってきた。
「オクタヴィア・アトレイシア嬢、我が妻としてお迎えに上がりました」
「カーマイン・デルモント卿、お待ちしておりました」
十数人の騎士と豪勢な馬車が列を作って屋敷の前に止まる。
馬車の中から現れたのは軍服にマントをつけ、帽子まで被ったカーマインだ。
オクタヴィアは白いウエディングドレスとベールに身を包み、小さく微笑む。
2人はこれから馬車に二人で乗り込み、町を周って聖堂で式を挙げる。
聖堂には既に父・ヴァモルトと妹のアクネシアが準備しており、その時が今か今かと待ちわびていた。
「ヴィア、この日を待っていました」
2人を乗せた馬車はゆっくりと進み始め、馬の蹄鉄が地面を蹴る音に合わせて馬車の籠が小さく揺れ始めた。
帽子で幾分か影になろうとも、熱の篭ったカーマインの視線は変わらず、オクタヴィアは甘い言葉にくらりとしながらも受け取る。
それから間を持って、オクタヴィアはカーマインの瞳を見つめた。
「私もですわ、カーミー。ところで私、お伝えしていないことがありましたの」
「おや、なんでしょう?」
「私がデルモント領へ向かう際に連れて行く使用人ですわ」
「ああ、なるほど。こちらで貴女を迎える準備として使用人を用意しておりますが、それだけでは向こうの生活は窮屈でしょう。大丈夫ですよ。どなたでしょう?」
「妹のアクネシアです」
にこりと笑顔を見せるオクタヴィアの言葉に、微笑むカーマインの表情が初めて崩れた。
次に出る表情は怒りか、悲しみか、少しの期待をしたオクタヴィアだったが、次の瞬間には馬車から漏れ出る程の大きな笑い声が響く。
「あははははっ!ああ、失礼。いえ、流石……あははははっ」
「あら、そんなに面白かったかしら?」
「それはそうでしょう。婚姻時、就ける使用人に妹をお選びする方を初めて見ましたよ。やはりヴィアはその辺の御令嬢とは違いますね」
「おかしいわ、少しは私に幻滅してくれると思ったのに」
可笑しさから目に浮かんだ涙を拭うカーマインに、オクタヴィアは口先を尖らせる。
その表情に絆されながら、カーマインはオクタヴィアの顎に手を添えた。
「言ったでしょう?幻滅しないって。それに、貴女と結婚するならば、貴女が望むすべてを叶える――ともお伝えしました。他にはまだ、貴女を愛する試練はありますか?」
近付く距離は鼻が触れそうになる程。
それでもそれ以上は近付きそうになく、それ以上触れるのは結婚式が始まった先になるのだろう。
馬車の中、二人で並ぶ小さな箱の中で、オクタヴィアは呟いた。
「……カーミーは、ずるいわ」
***
式場である聖堂に到着し、二人で青いカーペットを歩く。
父と妹、そして二人を祝いに現れた多くの参列者が奥の祭壇へと続く道を作り、二人はゆっくりと歩を進めた。
祭壇の前に立つと、神父が定型文と共に口を開く。
会場内には荘厳な音楽が流れてこれから夫婦となる二人を祝福している。
そしていよいよ誓いを立てるという時、向かい合った瞬間にカーマインはオクタヴィアの手を取り、引いた。
「私は、永遠に貴女のことを好きでいます」
「私もよ、カーミー」
「この誓いを、貴女に立てます」
新たな夫婦の小さな会話。
オクタヴィアの手に口づけをして、カーマインは新婦のベールを持ち上げてじっと、その瞳を見つめる。
2人の視線が交差して、ゆっくりと誓いの口づけがされた。
瞬間、大きな拍手が沸き立つ。
沢山の祝福をされて、オクタヴィアもカーマインも幸せだった。
……さて、私とカーミーの結婚式が終わり、今は結婚したことを報告するための社交界パーティーが行われているの。
本来ならば婚約してから行うものなのだけど、私達は全てにおいて後回しにしてしまった。
当然「あのオクタヴィア・アトレイシアが!?」と言う娘もいたし、なんなら私が埋まったからと言ってアクネシアにお願いしようという不埒な令息もいた。
だからこそ、オクタヴィアは一蹴するようにわざと大きな声ではっきりと口にする。
「今の声、誰?アクネシアは私の荷物なのだから、私がデルモント領へ行けばアクネシアも行くのよ。残念だったわね」
オクタヴィアの言葉に誰もが絶句し、空気が冷ややかになる。
次の瞬間には誰もがひそひそと小声になったり、ショックを受けたように口をあんぐり開けたり、オクタヴィアの悪評は爆発的に高まっていった。
だが、それを見ていたカーマインも、アクネシアも、くすくすと面白おかしく笑う。
「ちょっと何?貴方達、揃って笑わないでくれるかしら?」
流石に笑われると思わず、私は2人の方へと振り返る。
すると2人揃って自分達が思ったことを口にしていた。
「私は、ヴィアのこういうところに惚れたのかもしれません」
「私も、ちゃんとはっきり言わない優しいお姉様が大好きです」
「も、もう!この子達はぁ~~~っ」
お話はこれにて終わりです。ありがとうございましたっ(なにか色々あったらその後を書くかもしれません)




