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神代の魔法使い  作者: 伊月雅臣
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三位一体

 荒覇吐(あらはばき)からの映像をモニターで見ていた加多弥(かたみ)は、冴島が愛梨を抱きしめたまま倒れたのを見て立ち上がった。

綿津見(わだつみ)、空間を繋ぎなさい。すぐに冴島さんと愛梨さんを治癒します」

「いけません、敵に瀬織津(せおりつ)への侵入を許す可能性があります」

琥珀(こはく)阿修羅(あしゅら)がいれば大丈夫です。今すぐに繋ぎなさい。命令です」

 通常であれば加多弥の命令をすぐに受け入れる綿津見が、必死な形相で主を止めようとする。

「加多弥様があの場所に現れたら、拡大の一途(いっと)辿(たど)る地上の大戦に介入して、早期に終戦させた意味がなくなってしまいます」

「早くしなさい。間に合わなくなります。冴島さんと湊さんのような存在は他にいないのですよ」

「何のために亜雅籠垞(アガルタ)が、長きにわたって地上を監視してきたのですか。自重(じちょう)してください」

「すでに夜叉(やしゃ)が現地にいるではないですか」

「夜叉様であれば、仲間割れということで誤魔化すことができます。加多弥様は伊予二名国(いよふたなこく)の王女で、皇帝陛下の血を引いていらっしゃるのです。言い訳できません」

「命令を聞けないのであれば、魔法で私があの場所に転移します」

 加多弥がそのように言うと、綿津見は(あきら)めたような表情をした。

 綿津見は手の平を加多弥に向けて差し出した。手のひらの前に伊予二名国の黒龍の紋章(もんしょう)がホログラムのように浮かび上がった。

「国王、宿禰(すくね)様からのご命令です。冴島さんが命を落とした場合、どのようなことがあっても加多弥様をその場に行かせないようにとのことです。場合によっては、追儺に命をかけてでも止めさせろとのことです」

 弟とはいえ、国王の命令である。逆らうわけにはいかない。

 弟は追儺(ついな)の命を引き換えにしてでも、止めろという命令を下している。宿禰の判断に疑いを持つわけではないが、加多弥には受け入れ難かった。

 そして、加多弥は、宿禰の意図を測りかねていた。——武尊(たける)の暴走を止めることは最優先のはずだからだ。

 そのやりとりを見ていた阿修羅と琥珀は、加多弥の目の前に立ちはだかった。

「2人で私を止められると思ってるの?」

 阿修羅はゆっくりと頭を横に振った。

「いえ、思っていません」

 阿修羅はそう言うと、腰の短刀型の斬魔刀(ざんまとう)を引き抜いて自らの首に当てた。

「国王陛下の考えていらっしゃることは、正しいと私も思います。ですから、私の命をもって、行動をお(いさ)めするしかありません」

 戦って勝つことができないということは関係なかった。主に刃向かって戦うほど愚かではない。自害して考えを改めてもらうしかないということだった。

 愛梨に渡した短い精霊剣とそっくりな短剣を、琥珀は懐から取り出した。

 それを見た阿修羅は言った。

「琥珀殿、私だけで充分です。あなたはこの後も、加多弥様を守らなければなりません」

 冴島陣と湊大地を救うために、阿修羅の命を犠牲にする。加多弥は即断できるはずがなかった。


「愛梨さんと湊さんの生体反応が消失しました……」

 綿津見の的確な報告が、加多弥の思考を無理やり途切れさせる。

 今の状態なら、まだ間に合うと加多弥は考えた。いっそのこと、魔法で阿修羅と琥珀の肉体の自由を一時的に奪って、冴島たちのところに転移して2人の命を救おうかとも考えた。だが、2人を救えたとしても、戻ってきたときに阿修羅が生きている保証はなかった。

 仮に追儺の2人が生きていたとしても、そのようなことをすれば、宿禰は自分を伊予二名国に戻し、2人を追儺から外すだろう。

 何が最善なのか、答えが出ない加多弥だったが、今は冴島陣(さえじまじん)湊大地(みなとだいち)の命を救うことが最優先だと、自身の勘が告げていた。そして、可能であれば神前愛梨も。

 綿津見は冷静を装った声色と表情で、仁徳天皇陵の状況を告げた。

「もう、治癒限界時間を超えました。間に合いません……」

 

               *


 石巌(せきがん)が叫んだ。

「やったぞ! 俺が法術師を殺したんだ。戦ったら負けるなんて嘘だったじゃないか!」

 亜雅籠垞(アガルタ)に伝わる、魔法使いとは絶対に戦ってはならないという呪いのような言葉。

 物理兵器や光学兵器、そして魔術師の魔術や化外剣闘士(けがいけんとうし)の刀術は全く通用せず、殺意を向ければ確実に殺されるという言い伝えだった。

 石巌は魔法使いを殺したことで、自分が歴史に名を残すほどの魔術師なのだと確信し、腕の痛みを忘れて自らの快挙に心酔していた。

 その様子を見ながら、村雨(むらさめ)は得意の水系魔術を指輪の魔石を使って励起(れいき)させた。右手を中心に水がまとわりつくように渦巻いた。指先を愛梨を抱きしめたまま絶命している湊大地の頭部に向ける。

 ドリルのようになった超高圧の水流が、湊大地の頭部を完全に破壊した。傾いた頭部に水流が当たったため、左耳だけが原形をとどめていたが、左耳とそれにつながる下顎(かがく)以外は跡形もなかった。

 石巌は不思議そうな顔をして言った。

「私の術でこいつは死んでます。わざわざとどめを刺す必要なんてないでしょう」

 石巌には、自分の手柄を村雨が奪おうとしているように思えた。

「加多弥様の治癒法術だったら心臓を破壊しただけでは蘇生(そせい)するかもしれない。加多弥様が駆けつけてくる前に確実に殺す必要がある」

「そういうことですか……でも、仮に蘇生できたとしても、私がこいつをまた殺してやりますよ」

「蘇生できたとしたら、その時には加多弥様がこの場にいるということだ。お前は加多弥様に勝てるか?」

「法術師に魔術師が勝てないというのは間違っていると、私が証明したではないですか」

「こいつは死ぬ直前に、初めて攻撃法術を使った。使わない理由があったかもしれないが、最初から法術を使われていたら勝てたかどうかわからないぞ」

「しかし……」

 村雨は石巌を(にら)むようにして言った。

「加多弥様が本気になったら、初手から俺たちを法術で攻撃してくる。こいつは未熟な法術師だったというだけだ」

「村雨様は私の実績を……」

「お前も俺も、熟練の法術師を知らないだけだ。全く疲弊(ひへい)してない龍脈孔(チャクラ)で、全開の攻撃をされたらどうなっていたと思う?」

 不満そうな表情を浮かべながら、石巌は動かなくなった精霊使いと法術師の遺体を横目でちらっと見た。

 村雨は石巌の態度に気づいていないかのように視線を外し、腕の時量師(トキハカラシ)のディスプレイに声をかけた。そして、石巌に目配せをして、死んで動かなくなった2人の地上人に背を向けると、夜叉(やしゃ)仙鷹(せんおう)が戦っている方角に歩き出した。

爪牙(そうが)以外は全員無事か?」

 ドローンを操縦していた初級魔術師伽音(かのん)から反応があった。

「仙鷹が化外剣闘士と戦闘中です。夕霧(ゆうぎり)は私たちに警告をしにきた際、戦闘に巻き込まれて負傷していますが、命に別状はありません」

「戦闘している映像をこちらによこせ」

 すると、少し間を置いてから、村雨の腕の時量師(トキハカラシ)上部に映像が浮かび上がった。

「色と形状からして、高遠家(こうえんけ)魔糺鎧(まきゅうがい)に間違いないな」

 村雨と伽音の会話を聞きながら、石巌は腕に負った傷を自己治癒力を高める魔術を自らにかけてから、止血のために保護剤で傷を覆った。処置を終えた石巌は、映像を横から覗き込んで言った。

「当主や長男は、考えにくいですね。と、なると、加多弥(かたみ)様の追儺(ついな)である夜叉の可能性が高いと思います」

阿修羅(あしゅら)殿じゃなくてよかった……あの人だったら、全滅させられてるぞ」

「同じ一級の爪牙がいたとしてもですか?」

「皇帝陛下の追儺に推挙(すいきょ)されるような化外剣闘士(けがいけんとうし)だぞ」

「村雨様は阿修羅が戦っているところを見たことがあるのですか?」

「ああ……治癒師たちが皇帝陛下の命を狙った事件があっただろう。あれを阻止したのは二級の時の阿修羅殿だよ。偶然、私と阿修羅殿がその場に居合わせたのだが、精神操作をされていた一級の化外剣闘士と中級魔術師を瞬時に切り捨てた。私の出る幕なんてなかったよ。分家のくせにな……」

 石巌は分家のくせにという言葉に不快感を覚えた。上級魔術師で国王の追儺であり、筆頭魔術師である叢雲の息子というだけのくせに、という言葉を飲み込む。

「そういえば、かなり昔に黄泉国(よもつくに)の連中が……」

弐皇(におう)の反乱か? そのことは口に出すなと教わっているだろう?」

 同じ中級魔術師でありながら、村雨が叢雲(むらくも)の息子ということで特別視されていると感じていた石巌には、彼の物言いが不快だった。

「あの女の精霊使いが死んでしまったことで、加多弥様がどのように動くかが全く予想できない。仙鷹と戦っている高遠家の化外剣闘士が、加多弥様の怒りを抑えることに利用できるかもしれない」

 そう言って、村雨は腕の時量師(トキハカラシ)に向かって言った。

仙鷹(せんおう)、その化外剣闘士は殺すな。私たちが行くまで適当にあしらっておけ」

 とどめを刺した魔法使いのことなど、村雨と石巌の頭からはすっかり消えていた。


               *


 村雨たちが背を向けてすぐに、薄黄色い光の粒子が湊大地(みなとだいち)の周囲に現れた。光の粒子は濃度を濃くすると、3つの魔法陣に形を変えていった。そしてその魔法陣は湊大地の肉体を取り囲むような配置になると、それら3つの魔法陣は円環状につながった。

 そのうちの1つの魔法陣が強く発光すると、その魔法陣から左側の魔法陣に強い光が流れ込み、呼応するかのように、その魔法陣も同様に発光した。そして新たに光った魔法陣から最後の1つに光が流れ込んで発光すると、3つの魔法陣は湊大地の肉体の周りをゆっくり回転し始める。

 3つの魔法陣は強く明滅すると、突然消失した。

 直後、湊大地の肉体に変化が現れた。

 吹き飛ばされた脳幹(のうかん)頭蓋骨(ずがいこつ)が、凄まじい速度で再生していった。まず頭蓋骨が形を取り戻し、わずかに遅れて脳幹の再生も完了した。さらにその後、大脳の再生が始まった。

 思考や記憶を(つかさど)前頭葉(ぜんとうよう)が、最優先に修復されていく。

 

 死んだはずの冴島(さえじま)の意識は、暗い闇の中から這い上がってくるように浮上し、表層意識を取り戻そうとしていた。

 だが、まだ夢うつつの状態だった。

 戦場で戦う夢を見た。

 それは何度も繰り返し見る夢だった。自分の代わりに戦友が命を落とし、自分だけが生き延びた時の記憶だ。

 無能な指揮官のせいで部隊は敗走していた。

 バディの石原巌(いしはらいわお)殿(しんがり)を務め、娘のために生きろと言って、負傷した俺を逃がしてくれた。

 別れ際、(いわお)は妹とその子供たちを頼むと言った。

 俺にできたのは、奴のドッグタグを持ち変えることだけだった。

 俺には役目ができた。こんなところで死ぬわけに行かない。そう思った俺は、必死に生き延びた。

 日本帰り、国籍を取り戻し、自衛隊に復隊する。そして巌の妹に会い、てドッグタグを渡さなければならない。

 なぜ俺が助かり、奴が死ななければならなかったのか。

 日本に帰ったら、奴の家族になんて言えばいいのだろう。

 苦悩していた当時の自分を思い出す。

 帰国後、俺は巌の妹にドッグタグを渡した。

 だが、どのような任務で、どこで、どのように死んだのかを語ることはできなかった。

 俺と奴は、国民に知られてはならない極秘任務に従事していた。国から弔慰金(ちょういきん)や遺族年金が支給されても、その真実が家族に知らされることは決してない。

 「戦場の死神」

 それは、俺たち2人につけられたあだ名だった。

 親友を犠牲にして生き残った俺こそ、本当の死神なのかもしれない……


 冴島は意識を取り戻した。だが、暗闇の中にいた。手脚を動かそうとしたが、ピクリとも動かせなかった。

 《……おい、宿禰(すくね)……どうなってるんだ?……》

 疑似人格の宿禰から、返事はない。

 冴島は、自分に何が起きたのか思い出そうとした。

 何があった?

 冴島は記憶を探った。

 すると、これまで見えなかった記憶の領域を見られることに気づいた。

 その領域を見てみる。

 なぜ今まで見えなかったのか、その理由がすぐにわかった。

 宿禰にとって知られては困る内容だったからだ。

 疑似人格の宿禰は相談役であるだけでなく、都合の悪い記憶を隠す門番でもあったのだ。

 NTBSの屋上で記憶を調べる魔法が突然使えるようになったのも、疑似人格の宿禰がその領域へのアクセスを許可したからだった。

 その門番は機能を停止しているのか、今は湊大地のすべての記憶領域にアクセスできる。

 冴島は、解放された情報を別の場所にコピーできないかと考えた。

 この隠された記憶は、武尊(たける)を追い詰めるために、そして娘を助けるために必ず必要になる。

 冴島は、そう確信した。


 湊大地の肉体は、目、耳、鼻、口、そして頭髪までもが、みるみるうちに再生していった。10秒ほど後には、負傷の痕跡など一切見当たらない、静かに目を閉じた頭部がそこにあった。

 そして、修復の途上にあった脳も、ついに完全な状態へと復元される。その瞬間——停止していた疑似人格・宿禰の魔法プロセスが再起動した。

 

                *


 ——湊大地の肉体が3つの魔法陣に取り囲まれた直後、

 

 右耳の翻訳機は頭部を吹き飛ばした水流で破壊されたようだったが、左耳の翻訳機が機能しているおかげで、湊大地の生体活動のデータを綿津見はモニターし続けることができていた。

 生命活動を停止していた肉体からの信号は途絶していたが、突然生命活動が再開したことを示すデータが受信され始めた。

「加多弥様……湊さんの肉体が再生され始めてます。体細胞に残された記憶の再生と、次元鏡像(じげんきょうぞう)からの情報の復元が、凄まじい速度で……」

 加多弥達の目の前には、偵察型ドローンの荒覇吐(あらはばき)から送られてくる映像が映し出されていた。

 村雨達が会話しながら歩く様子と、倒れている湊大地と愛梨の姿が、2つの画面に分けて映し出されている。村雨達は湊大地に起きている現象に気づいていないようだった。


 綿津見が言ったように、湊大地の頭部が修復されていく様子を目の当たりにし、加多弥は安堵すると同時に(いきどお)りを感じ始めていた。

「綿津見、宿禰との通信を繋ぎなさい」

「加多弥様、地上からの通信は、帝の門経由での定時通信のみのため、現在は通信できません」

亜雅籠垞(アガルタ)からは?」

「亜雅籠垞からの通信であれば、いつでも可能です」

 加多弥は目を少し細め、苛立ったような表情をした。加多弥の周囲に薄黄色の光が煌めいた。1分も経たないうちに綿津見が報告する。

「加多弥様、宿禰様から通信が入りました」

「繋ぎなさい」

 加多弥の目の前の空間に葛城宿禰(かつらぎすくね)の映像が表示された。

「姉様、魔法で呼び出すなんて、何事ですか?」

「冴島さんに……いえ、湊大地さんの肉体に不死の術をかけたのはあなたですか?」

 映像の宿禰が、一瞬言い淀んだ。

 加多弥は追い打ちをかけるように問い詰めた。

「不死の術は、未完成であるうえ、その研究自体が禁止されている禁忌(きんき)魔法のはずです」

 宿禰は、仕方ないといった顔で問い返した。

「姉様は、魔術も魔法もろくに知らない地上人が、たったひとりで、しかも命を落とすこともなく武尊(たける)を追い詰められると本気で思っていたのですか?」

 宿禰が言っていることはもっともだった。だが、だからといって禁忌の術に手を出して良い理由にはならない。しかも、未完成の術なのだ。

「あなたは、不完全な術を湊さんにかけたのですか?」

「不完全ではありません……できれば姉様には知られたくなかったのですが、説明します。まず、最初に言っておきたいのは、禁忌の術を研究していたわけではないということです」

 そう言って、宿禰は湊大地にかけた魔法について説明を始めた。

「私は、魔導の探求者として、次元鏡像と次元境界面の研究をしていたのです。次元鏡像を調べれば生命の根源を解明できると考えたからです。冴島と湊の記憶と魂を入れ替える時に使った魔法や治癒魔法は、次元鏡像と次元境界面を利用します。ですが、研究対象であるその2つは魔法で利用できるだけで、未知な部分が多い」

 宿禰は、自分が言っていることを姉がどこまで理解してくれるのか気になりつつも、説明を続けた。

「そして、研究を続けていく中で、禁忌魔法の中に秘密が隠されているかもしれないと考えたのです。不死の術は、次元鏡像と次元境界面の向こうにある、記憶と魂に同時に接続するはずだと……」

「調べることすら禁じられているのにですか?」

「言い訳に聞こえるかもしれませんが、不死の術の研究が目的ではなかったからです」

「それで、調べた結果どうなったのですか?」

「不死の術を調べていく過程で、不老の術も関わっていそうだと……不老も結局のところ、死から逃れるための術ですから。そして、不完全な術と研究している目的に対しての関連性が……」

 説明と言い訳が混ざり始めたことに加多弥は気づいた。

「禁忌の術を調べた言い訳は良いから、簡潔(かんけつ)に説明しなさい」

 言い訳が不要なのであれば、魔導師として説明することは難しくなかった。

「不死の術と不老の術は、それぞれ単独では術が成立しないことがわかりました。ではどうするのか? 2つの術をつなげれば良いと考えました……」

 

 宿禰(すくね)の説明は、こうだった。

 不老の術と不死の術を統合した不老不死の術は、対象者の肉体を次元境界面の向こう側に存在する次元鏡像と記憶、そして魂と接続することで、死ぬことも老いることもなくすはずだった。

 肉体の欠損を修復する機能と、意識のない術者でも術を発動・維持できる仕組み。それらは、不老不死の術には含まれていなかった。

 宿禰は状況を整理した。

 ——不死の術、死なないとはどういうことか。

 病気や怪我を問わず、すぐに健康な状態に戻すことである。これは治癒魔法と同等の効果を持つ。

 そして、生きているか死んでいるかを常時確認する必要がある。

 ——不老の術、老化を止めるとはどういうことか。

 特定の年齢から肉体の老化を止めることである。

 そして、長寿による精神不安定性と記憶の忘却を防ぐ機能が必要である。

 

 両方とも、次元境界面の向こう側に存在する次元鏡像の情報を利用すれば実現可能だった。だが、治癒が間に合わず死亡してしまい、不死の術では対応できなかった場合はどうなるのか。

 そこで宿禰が注目したのは、2つの術と同様に未完成だった禁忌魔法である、(よみがえ)りの術だった。

 ——甦りの術、死亡した人間を生き返らせるとはどういうことか。

 死亡した原因は病気や事故など多岐(たき)にわたる。

 事故の場合、肉体の損傷のために生命維持ができずに死亡したと考えるのが普通である。とすれば、肉体を治癒させる必要がある。

 病気の場合は、発症前の状態に戻してやればよい。

 これは結局のところ、不死の術と本質的には同じである。だが、死亡した人間が自分で甦りの術を行使することはできず、術を維持するための駆動力(くどうりょく)——エネルギー、も供給できない。

 とすれば、これらの処理に必要な駆動力(くどうりょく)を術の内部で確保できさえすれば、対象者の意識が無かろうが、死んでいようが全く関係ないことになる。

 そして、肉体を復旧した後、記憶と魂をその肉体に読み込ませることで、死ぬ前の状態に戻すことができる。

 では、肉体が完全になくなってしまった場合はどうなのか。

 次元鏡像の情報を基に無限の次元駆動力を法力へ変換し、肉体を一から作り出してしまえば良いのである。そして、その肉体に記憶と魂を転送(コピー)することで復元は完了する。

 これが、完成形の不老不死の術の仕組みだった。


 

 加多弥が言った。

「要するに、3つの術を円状につなぎ合わせて、不老不死の術で肉体を特定の状態に維持して、死を検知すると自動で甦らせるということなのかしら?」

「簡単に言ってしまえば、そういうことです。3つの術は、甦りの術から生成される法力によって維持されます」

 説明を聞き終わった加多弥は、少し間をおいてから宿禰に対して強い口調で言った。

「不老不死の術などというものが、許されると思っているの? 権力者が永遠の命を求めることは歴史が証明しているというのに、なぜそんなものを完成させたの?」

 宿禰にも、その指摘が正論であることはわかっていた。この術の存在が皇帝だけでなく、権力者たちに知られたら争いが起きることは確実だった。

「姉様……あの術は解除可能なんです。今回のことが終われば、不老不死の術は私が解除して彼らを元に戻します。そして、その後にこの術は封印します。安心してください」

「信じて良いの?」

「弟を信じてください」

 加多弥は映像の中の宿禰を鋭く睨みつけていた。傍らに控える阿修羅には、どちらが国王なのかわからないほどだった。

「いくつか質問があります」

「なんでしょう?」

「不老不死の術によって、冴島さんと湊さんに悪い影響は出ないのですか?」

「甦る時に冴島陣の精神に負担がかかる可能性はあります。あまり死にすぎるのはまずいかもしれません」

「ということは、実験したのですね?」

残虐(ざんぎゃく)な犯罪を犯し、死刑が確定している死刑囚10人を被験者(ひけんしゃ)として実験しました。時間を1500年ほど進めたり、あらゆる手段で殺害を試みたりしました。細胞1つも残さないような方法まで試しましたよ」

「それでどうなったの?」

「完全な不老不死でした。既存の魔法を組み合わせて少し手を加えただけだったのですが。正直、私自身も驚きました」

「被験者たちはどうなったの?」

「術を解除し、全員に対して刑が執行(しっこう)されました。10人全員死んでいます。不老不死の術の実験のことを知っているのは私と姉様、そしてそこにいる追儺と人造人間だけです」

「後遺症はないの?」

「不老に関しては、魔法で一気に1500年ほど時間を進めただけですから、普通に時間を重ねた場合の精神的な影響は正直わかりません。それから7、8回ほど死と甦りを繰り返すと精神的に不安定になる者が7名現れました。冴島の中にいる私の疑似人格には、死ぬことを戦術に含めないように、そして死にすぎるなということを警告するようにしてあります」

 加多弥は、最後にどうしても確かめておきたいことを口にした。

「あなたは不老不死の術を、自分にかけるつもりはあるのですか?」

「まさか。そんなものに興味はありませんよ。権力者が不老不死になって良いことなど、何もありませんから。魔導の探求者として不老不死が必要になった場合には、国王として死んだことにして身を隠します。それから、不老不死の肉体を得て、ひっそりと魔導師として生きていくでしょう」


                 *


 若い男の歌声のようなものが背後から聞こえてきた。

 村雨がその声に気づいて振り返ろうとした時に閃光(せんこう)(ほとば)り、涙滴(るいてき)状の光の(かたまり)が上空めがけて飛んでいった。その光の塊を仰ぎ見た刹那(せつな)(すさ)まじい殺意が自分達に飛ばされたことに気がついた。

 村雨が、殺意の気配の発せられている場所を見ると、そこには心臓を貫かれ、頭部を完全に破壊されて絶命していたはずの男が立っていた。

 肉体は何事もなかったかのようだった。

 吹き飛ばされた胸の戦闘服の隙間から見える胸部の皮膚の下から、(ほの)かな薄黄色い光が透けて見えていた。

「地上には不死の術があるのか……?」

 村雨がつぶやいたと同時に、石巌が湊大地と愛梨の肉体を破壊した魔術を発動させた。

 弾き出されたように飛んでいった鉄の槍が、立っている男の右腕、左腹部と右膝に着弾した。鉄の槍が当たった部位は吹き飛ばされ、血肉が飛び散った。

 右膝を吹き飛ばされた湊大地の身体が崩れ落ちかける。だが、重症のはずの傷は瞬時に修復されていき、倒れる前に失ったはずの裸足の右足で大地を踏みしめていた。

 右腕と腹部も同時に修復され、破れた衣服以外は何事もなかったかのようだった。

 魔法使いの男は、憎悪にも似た視線で石巌を睨みつけて言った。

「娘を手にかけたお前を、生かしておくわけにはいかない」

 そう言って右手を前に出し、人差し指を突き出した。

 薄黄色い文字が周囲を飛び交う。

 指先から直径2センチほどの幅で青白い光が石巌に向けて発せられた。

 村雨は先ほどと同じように水流の魔術で石巌の前に水壁を作った。だが、今度はその壁を凍らせるだけで終わらず、そのまま水壁を突き抜けて石巌の下腹部に命中した。そのまま青白い光は後方へ突き進んだ。

 石巌の鳩尾(みぞおち)から膝にかけた部位が細胞の一片まで瞬時に凍りついた。背後の木々も同様に凍り付くと、重さに耐えきれずに凍った部分が崩れ去り木が次々に倒れていった。青白い光は、そのまま仁徳天皇陵を越えていったが、周囲の物には触れず、空気中の水分だけを凍らせながら彼方へ消えていった。

「さっきは防げたのに……」

 村雨は、身体の下半分が凍りついている石巌を見て言った。

「あの時は、娘に被害が出ないように魔法で冷気を飛ばしたにすぎない。今のは凍結魔法だ。魔術では防げない」

 男はそう言うと、上空を指差した。

「あの魔法で、お前たちを全滅させる……神の(ごと)し光の龍だ」

 村雨は、男が指差した上空を見る。そこには中央に2つ、周囲に6つの頭部をもつ光の龍が浮かんでいた。

 上空から光の龍の頭部が石巌目掛けて襲い掛かった。自身に受けた凍結魔法の攻撃に衝撃を受け、呆然(ぼうぜん)としている石巌は迫り来る1つの龍の頭部に噛みつかれ、上半身を瞬時に蒸発させられた。


 男が呟いた。

「ふたり目だ……」

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