過去
南極 霊牟璃堊遺跡
潜水艦 地下着岸場
巨大な2隻の潜水艦の手前の1隻には、続々と魔術師、化外剣闘士、技術者、そして近衛兵たちが乗り込み始めていた。すでに2隻の潜水艦の検査とテスト潜水は終了しており、葛城武尊は一刻も早く発進しようとしていた。
「櫛名田、潜水艦の制御脳の状態はどうだ?」
「問題ありません。正常稼働しています」
加多弥に付き従っている綿津見のように、櫛名田もまた葛城武尊をサポートする人造人間として潜水艦に搭乗していた。
前国王の葛城弾正付きの上級魔術師であり重鎮の叢雲が、潜水艦の広い司令室の中央で周囲を見回しながら感心して大きな声を上げていた。
「しかし、古代の潜水艦とは思えませんね。動態保存されていると聞かされていましたが、ホコリひとつなく清潔で、すぐに作動するとは」
その声に櫛名田が反応する。
「叢雲様、そのための彌俐葩です。この潜水艦だけでなく、霊牟璃堊本体全てに対して、点検、修理などを汎用的な自動人形に行わせています。必要に応じて新規の機能を追加したり、専用的な自動人形を新たに作成することで動態保存だけでなく、必要に応じて機能に更新をかけています。もちろん、工作機械を新規に作成することもしています」
「私たちの世界の基盤になっている仕組みと変わらないということだな」
「その通りです。人間が手を加えなくても、制御脳が考えて必要な道具や仕組みを作り、問題箇所を修正して完璧なものを作り上げていきます。私たちのような人造人間も、すでに人工知性が設計し、作り上げていて人間が介在することはありません。その仕組みも同じようなものです」
「お前も私たちの世界では旧型だが、地上の機械からしたら遥か彼方の技術で作られている人造人間であり人工知性なのだな」
「霊牟璃堊の彌俐葩も同様です。昔の最先端技術で作られていますが、現在の地上の技術では造ることはできません。その彌俐葩も、私のような亜雅籠垞の比較的最近の人造人間に搭載されている小型の制御脳の性能には遠く及びません」
「どう見ても人間に見えるしな」
「彌俐葩は当初、二重化による障害対応の構造を採用していましたが、自らの構造を多重構造に作り替え、それらを意思決定にまで発展させています」
「うん? どういう意味だ?」
「制御脳を2つから3つに増やし、対故障、障害性能を強化したと同時に、3つの脳で意思決定を行う方式に変えたということです」
「多数決か?」
「その通りです。その方法が最適だと考えて、時間をかけてその仕組みを作り上げたようです」
「3賢者か...だが、1つが壊れたらどうするんだ?」
「2つで相談することになるでしょう」
「それだと、意思決定に時間がかかりそうだな」
「人間が決定するよりは遥に早いと思います」
「ハハハハハッ! それはそうだな」
叢雲は豪快に笑った。
その笑いに全く反応せず、櫛名田はテキパキと機械的に処理を行なっていく。
「叢雲様、昨晩の定時報告が乙拠点からありませんでしたが、本当に放置しておいてよろしいのでしょうか」
「ああ、あれは息子の村雨に任せてあるから構わない。加多弥様を牽制するためだけに、あの位置に設置した拠点だからな。まあ、牽制というよりも、どう動くか様子を見るためだけだ」
2人の会話に武尊が口を挟んだ。
「報告がなかったということは、攻撃を受けたということで間違いないか?」
「定時報告だけでなく、偵察機からの連絡も途絶えていることがその証左でしょう。ですが、地上の軍隊が動くことはまずありえません。あのような場所を攻撃する理由が存在しませんからな」
「亜雅籠垞から”帝の門”を抜けてきた追手ではないのか?」
「甲拠点からの報告では誰1人通っていないとのことです」
櫛名田は相変わらず発進準備をしながら、2人の会話に合いの手を入れるようにして、報告のような形で口を挟んでいく。
「加多弥様の偵察機が我々の偵察機を撃墜し、その後に護衛が惨跛の術を潰して、更なる術の拡散を防いだ。そのことで地上の皇帝を守ろうとしたというのが妥当なところでしょう。もしくは地上の何者かに手を貸したか...」
武尊は斜め前に立って発進準備を見届けている叢雲の後頭部を睨みながら確認するように言った。
「姉様は俺を追ってきたのではなく、地上の皇帝陛下をお守りすることが主目的と考えて本当に良いのか?」
「惨跛壱式が皇帝の居城を取り囲んだとしても、地上の軍隊で駆除は可能でしょう。加多弥様は様子を見るはずです。古の盟約がある以上、加多弥様が目立った行動を起こすとは考えられません。それに皇帝の手元には三種の神器があるはずです。特に真経津盾さえあれば惨跛壱式や弍式など、どれほど集まってこようとも恐れることはありません」
「絶対防御の盾だったな...確か、親父殿の部屋にもあったはずだ」
「はい、亜雅籠垞でも皇帝陛下のみ持つことを許されているものです。各国の国王には記念の模造品が贈呈されております。天叢雲剣と八尺瓊勾玉は本物ですが」
「たしか、真経津盾は中域防壁と魔術の反射と無効化の機能があるらしいな」
「はい、日の本の国を興した折に、亜雅籠垞から神器として送られたと言われています」
「盟約があるのにか?」
「地上は天変地異で何度も滅びかけたのを、亜雅籠垞が手を差し伸べて救っているのです。日本の皇帝は我々の皇帝陛下の親戚筋にあたります。日本は特別な国なのです。皇族や王族は決して地上に直接干渉するようなことはしておりませんが、かなり昔から細々とした交流はあったようです」
「そんなことがあったのか...」
「神器を贈呈したのはかなり特別だったようです。当時は亜雅籠垞のことはほとんど忘れられていて、皇帝陛下の使いの者たちは神様扱いになってしまったようですな」
叢雲は、央国高天原の近衛国として存在する一番歴史の古い伊予二名国の王太子だった武尊が、なぜこのようなことを知らないのか不思議だったが、あえてそのことは口にしなかった。しかし、前国王の弾正が第一王子の武尊ではなく、長女である第一王女の加多弥を女王にしようとことを思い出して得心した。
叢雲は葛城家の重鎮であり、加多弥の教育係だった。そのため女子の加多弥には不要と思いながらも帝王学の基礎となる歴史を丁寧に教えていた。
加多弥が8歳を過ぎた頃から、弾正が加多弥を女王にしたいと言い出したのは単なる戯れに過ぎないと思っていたが、あれは本心であったのだ。おそらく、武尊は第一王子だから王太子にしただけで初めから国王にするつもりはなく、帝王学も学ばせるつもりはなかったのだろう。
得心した叢雲であったが、そこまで加多弥と現在付き従っている武尊に違いがあるのだろうかと思索した。思い当たる決定的な違い、それは武尊本人が引け目として感じている、”法術”と”龍脈孔”だった。
公にはされていないが、加多弥は3万年近い亜雅籠垞帝国の歴史の中で、全ての龍脈孔が開いた唯一の存在であり、法術が使える天才である。
加多弥が8歳の時に弾正が魔術対決と称して加多弥と遊んだ折に、加多弥の”魔法”で弾正が重傷を負い、治癒師によって命を救われたことがあった。加多弥が法術を使えることを弾正が知った瞬間であった。それから弾正は法術に傾倒していったと記憶している。全てはそこから始まっていたのだ。
別意識で過去を思い出している叢雲だったが、他の意識では武尊との会話を続けていた。
「まあ、亜雅籠垞の人々が地上に未練がなかったわけではありませんし、地上全域の情報収集をしていましたから、見捨てたわけではありません」
「地上との過去のやりとりについてはわかった。それでなぜ、姉様は乙拠点を制圧したのだ?」
「さあ、それは加多弥様本人に聞いてみないとわかりませんな。私たちにはわからない事情があったのかもしれません」
貫禄のある中年男性の風貌の叢雲がおどけた顔を武尊に向けた。
発信準備を進める櫛名田が2人の会話に口を挟んだ。
「武尊様への意思表示ということは考えられますか?」
「意思表示だとしても真意が伝わらなければ意味がないだろう。実際、伝わっていないからな」
櫛名田が叢雲に確認する。
「それでは、甲拠点の村雨様への指示は不要でよろしいですか?」
「ああ、不要だ。村雨の判断に任せる。武尊様、それでいいですな?」
「これ以上、ここで議論しても無意味だろう。村雨に任せる」
「了解しました。総員、搭乗完了。外部扉閉鎖します......武尊様、出航準備終了しました」
艦長席に座っている武尊がコンソールに目を走らせていた。
「この計器盤の文字は古い神代文字だな」
櫛名田は、そちらを見ずに応えた。
「はい、法術にも使われている神代文字です。昔は通常の読み書きにも使われていたそうです」
「難しい文字ではないが、俺たちのような魔術師には単なる文字でしかない。だが、姉様や宿禰には文字以上の意味がある。ちくしょう、ふざけるな! たかが文字のくせに」
武尊が突然声を荒立てた。
櫛名田には武尊の苛立ちが理解できず、記憶域内のデータをもとに反応を返した。
「魔導師や魔法師によると、神代文字は文字に力が込められていると言われています。法力を生成できる魔法師であれば文字以上の意味があります」
武尊は艦長席から跳ねるように立ち上がると、怒りの形相でコンソールの基部を蹴り上げた。
武尊の激昂した様子に、櫛名田は驚いた表情をして体勢を崩し、左隣に立っている叢雲に倒れかかった。小柄で華奢な体躯の櫛名田を受け止めると、叢雲は武尊に向かって諫言した。
「武尊様、櫛名田の人工知性はまだ発展途上です。通常のやりとりは製造時学習の内容で対応できますが、機微に触れるようなことはまだ無理です。幼い知性に対して怒りをぶつけてはいけません」
「そんなことは、わかってる!」
「怒りをぶつけるのは葛城宿禰であり、あの男を国王に決めた前国王の葛城弾正です。法術を使えることが国王の資質ではないのです」
「わかっている。だから、親父殿を手にかけたんだ...わかっている...」
「王太子の武尊様ではなく、六男の、しかも母親が元奴隷種族の出自の...」
「もう言うな! 地上を再び私たちの手に取り戻し、そして伊予二名国を奪い返す。それによってお祖父様に、皇帝陛下に国王として認めてもらうんだ。俺はそのために、ここにいる」
ゆっくりとした動作になり艦長席に腰を下ろした葛城武尊はすでに 落ち着きを取り戻していた。
「櫛名田、俺が悪かった」
「そうです、一時の感情に流されても、すぐに正常な状態に戻れることも王の資質です、武尊様」
武尊は艦橋内の乗組員を見回して一呼吸つくと、全員に声をかけた。
「皆、声を荒げてすまない。俺の行動や発言が目に余ったら叢雲のように諌めてくれ」
乗組員たちは誰も声を発せず、席についたままだったが武尊には自分の意志が彼らに伝わったと感じた。
「よし、枳佐加號、発進せよ」
武尊は櫛名田に出航を命じた。
「了解しました。補助機関始動します。補助機関、正常始動、動力伝達。天照機関始動。六機の龍脈孔環からの動力伝達は全て正常。壱番から弐番までの龍脈孔環は天照機関に、参番から陸番は魔術機関に動力伝達回路切り替え」
龍脈孔を模した別次元からのエネルギー供給リングからのエネルギーが天照機関と機械式魔術機関に振り分けられる。
甲高い音と共に天照機関にエネルギーが流れ込むと、次第に低い唸り声のような音を立てて出力が上がっていく。
「枳佐加號、発進します。魔術機関内、風、水、宙魔術起動。風魔術により浮力水槽内の空気を圧縮、水魔術により水を発生、注水します」
現代の潜水艦のバラストタンクやトリムタンクといった浮力制御タンクを使用した技術と似たものを使用しているものの、それ以外の構造は全く異なっていた。最大の違いは、この潜水艦は魔術を最大限利用していることだった。もちろん、推進にはスクリューなどは使用していない。葉巻型の船体下部には、前部から後部を突き抜けるような空洞があり、ここで水魔術を発生させて水流を噴き出すことで推進力を提供している。 また、船体外殻にも魔術処理が施されていて、水の抵抗が小さくなるように水流制御が行われており、非常に静穏かつ高速な水中移動が可能になっている。
枳佐加號は排気音やエンジン音のような騒音を立てずに、静かに水の中に没していった。
「海中を視覚表示します」
探知魔術を使用してカメラで撮影しているような海中画像が、艦橋の周囲を囲むパネルに表示された。カメラや音の反響から作成した映像ではなく、魔術の索敵を使って映像化したものだった。
枳佐加號はゆっくりと垂直に降下していった。
水中に没していく枳佐加號を、陽炎と若い魔術師2人が見送っていた。
「本当に戦闘要員は私たち3人で大丈夫なのですか?」
「本当のことを言えば、私だけで充分だ。だが食事や睡眠が必要だからお前たちに残ってもらった。それだけだ」
「私たちは陽炎様の休息要員ですか?」
「そうだ、そんなに人数はいらない。私が楽しめないだろう」
「しかし、地上の軍隊が押し寄せてきたら、いくら陽炎様でもお一人では...」
「まあ、いざとなったら霊牟璃堊の遺跡を起動することも考えてもいいか。せっかく彌俐葩に俺を登録して遺跡を起動できるようにしたんだから」
「それは鉾宇が起動してからです。そんなにすぐでは...」
「お前たちが心配することではない。私一人で地上の軍隊を殲滅してやるよ」
そう言うと、陽炎は2人には興味がないというようにその場を去っていった。
静まり返った広い地下空間は海水プールの所為で温度が低く、取り残されたように係留されているもう一隻の潜水艦はどこか寂しげで寒そうに見えた。
【後書き】
*1 《亜雅籠垞》
地下帝国の名前
地上に存在しているときも、亜雅籠垞という名前の帝国名でした。
皇帝がいる中央の央国は高天原という国名です。
*2 《三種の神器》
皇室の始祖である天照大神が孫のニニギに授け、歴代の天皇に伝わる宝物のこと。
呼び名は複数あります。 剣:草薙剣(天叢雲剣)、鏡:八咫鏡(真経津鏡)、勾玉:八尺瓊勾玉
この物語では、地下帝国アガルタから地上に進呈されたとされていて、天叢雲剣は火と日の精霊魔術剣、真経津盾(鏡ではなく盾)は絶対防御の盾、八尺瓊勾玉はアガルタとの出入り口および、封印されている古代遺跡の鍵のという設定になっています。
*3 《龍脈孔環》
人体の龍脈孔を調べ、別次元のエネルギーを機械的に利用するために発明したリング状の構造物。
次元動力炉はこの龍脈孔環からのエネルギー供給を必ず受けている。
22話のような潜水艦は大型の乗り物なので、エンジンはアマテラス機関と呼称されています。冴島が使っていた銃や迷彩服は小型なので動力として使っていたのは次元動力炉と言っていました。




