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8 挙動不審

遅くなりました(>_<)

「取り敢えず、一つずつ潰していくか」

 今朝までにバリー副隊長から齎された情報に、イリヤス隊長は対応することにした。バリー副隊長には、政変が起こった可能性の認識に至った顛末を文書にする事を命じ、自身は「世界の果て」の確認に向かうため、今日の砦待機組の一人を呼び出した。同行させることで、当然、待機組の仕事は滞ることになる。

「悪いな、ティース。雪掻き当番の方は昼から頑張ってくれ」

 後倒しでもして貰わねば、明日にも砦内に閉じ込められてしまう。イリヤス隊長は余計な仕事の増えた部下を労った。


 砦の隊員は二人一組の計三組、これに新人のセンティと指導係のバリー副隊長、そしてイリヤス隊長の計九人だ。そろそろセンティをローテーションの中に入れたいと思っていたが、今はヨーシュア少年の世話係をさせている。

 普段は問題無いが、今回のように不測の事が起こった時に困る。やっぱりあと一人、いや二人は人員が欲しいな、と、イリヤス隊長は上申する内容を心の中に書き留めた。

「いえ、隊長、大丈夫です。昨夜は雪が降らなかったんで、今朝の作業は殆ど有りませんので」

 そう言ってティースはニカッと笑った。

 ティースは妻帯者で麓の村には妻と二人の娘が居り、半年ほど前に孫が産まれたばかりだ。休みの少ない砦勤務ではなかなか会いに行くことも出来ず、麓の村の警邏への転属希望を受けているが、なかなか要望には沿えないでいる。

 この砦は、給金こそ多いが、寒さの強い僻地な上、小さな砦と言う場所の性質上、家族が居ても一緒に住むことは出来ないために、他の任務地よりも嫌厭されがちになる。

 ティースは元々麓の村の警邏をしていた。娘達が結婚する際に家を新築するための資金を稼ごうと、一時的な砦への転属を希望したのだが、配属されてから既に七年が経つ。

 最初の二年で充分に稼げたので、直ぐに元の村への転属希望を出していたが、一度配属されると泥沼のように抜け出せない人事の罠に嵌っている。当初の希望通りに家を建ててやることは出来たが、結婚式には辛うじて出席出来たものの、一年に数度の下山では可愛い初孫にもなかなか会えないでいる。一週間に一度の休みの度に下山する元気は、気持ちはあっても身体がついて行かない。

「世界の果ての闇の確認に行くんですよね。皆、気味悪がってますよ。例の少年が倒れてた辺りが、一番分かりやすいですね」

「なるほど。まあ、兎に角行ってみよう」

 イリヤス隊長は上着を羽織り、手甲と脛当を付ける。本当は上着の下に付けるべきなのだろうが、「クソ寒いのに肌に近いところに金属の物を付けていられる訳無いだろ」と言うのがイリヤス隊長の持論であり、隊員も皆、真似をしている。

 ティースも直ぐに自室へ戻り、上着の上からイリヤス隊長と同じように防具を付けて出てきた。

「じゃあ、行くか」

 砦の建物から出ると、今日は天気が良く、薄い冬の陽が差していた。この天気なら、本当に闇が消えたのならよく分かるだろう。

 なんの気なく砦の方へ振り返ると、建物脇の手水場にヨーシュア少年とセンティが居る。何をしているんだと見ていると、センティが頭を下げたかと思うと、ヨーシュア少年が手を振ってにっこりと微笑み、その笑顔を見てセンティが胸を押さえてよろめいた。

「ホントに何やってんだ?」

 イリヤス隊長の呟きにティースが「えっ?」と言って振り返り、イリヤス隊長の目線の先に目を向けた。

「センティと、あれは例の少年ですね。厠にでも行ってたんでしょうか」

 ティースの呟きにイリヤス隊長が頷く。

「そんなところだろうが、あの方は何で厨房裏の方を興味深そうに見てるんだ?」

「さぁ……」

 近付いて行くが二人が此方に気付く様子はない。殆ど真後ろまで来た頃、二人の会話の内容が聞こえてきた。

「……―――――いた部屋の向かい側ですか?」

 ヨーシュア少年が扉の方を見つめながら言うと、センティが「ああ!」と頷いた。

「そうッスね!あんま綺麗なとこじゃないんで外から回ったんスけど、興味有るんなら見てやって下さいッ」

 扉に取り付けられた閂を外して中へ招き入れようと振り返ったセンティとイリヤス隊長の目が合った。

「おい。ヨーシュア様をどこに連れ込もうとしてんだ」

 低い声で、センティの硬い頭頂に拳骨を落とす。

「――ッ、た、隊長ッ」

 目に涙を貯めて頭を抑えたセンティは姿勢を質すが、イリヤス隊長の心内はそれどころでは無い。

「すいません。僕が気になっちゃって。入ったらダメなとこだったんでしょうか?」

 センティを庇うように、ヨーシュア少年が弁明する。

 センティがヨーシュア少年を連れ込もうとしていた場所は、井戸が有り、更に、備蓄と、奥には家畜に溢れた薄暗い場所だ。明らかに、王族を連れ込んで良い場所ではない。それだけでなく、思春期の少年がうら若く美しい王族を薄暗い場所に連れ込もうとしたなど、何か合っても無くても、不敬罪に処されそうだ。

「あ、いえ、ダメってんじゃなくて、ヨーシュア、様、が入るような場所じゃないんで」

 イリヤス隊長は慌てて手を振って答える。先程は突然の事でするりと「ヨーシュア様」と言えたが、敬称破棄を懇願されているが、様を付けるべきか否か、迷ってしまう。まだあどけないヨーシュア少年は首を傾げてイリヤス隊長を見上げた。

 見つめられ、イリヤス隊長は片手で顔を覆って天を仰ぐ。

「あー、その、そこは厨房裏になってまして、入ったとこには水瓶と井戸と薪置き場がある、です」

 嘘ではない。琥珀色だと思っていたヨーシュア少年の瞳は、明るい場所で見ると金色に見える。イリヤス隊長は、その金の瞳に見つめられると、逆らってはいけない気がした。王族のカリスマ的なものかと、ぼんやり思った。

「分かりました、すいません。僕が興味津々で見ていたから、センティさんが案内しようとしてくれただけなんです」

 ヨーシュア少年がぺこりと頭を下げる。

「いやいやいや、此方こそ狭い砦なもんですんません」

 イリヤス隊長は後頭部に手を当ててペコペコとお辞儀を返す。今この場に居るのは自分達以外にティースとセンティだけだが、後でバリー副隊長に知られれば、イリヤス隊長の態度はこっぴどく叱られるだろう。

 イリヤス隊長は目を少し左右に泳がせて、それから、申し訳なさそうに眉尻を下げているヨーシュア少年の目と、ふと、視線が絡んだ。途端に誤魔化そうとした事がとても申し訳なくなった。

「あー、えーっと、貴方が倒れてた近くまで行くんですが、一緒に行きますか?」

 イリヤス隊長は、気が付くと、そう言葉にしていた。言ってから「あれ?何で明るいとは言え、あんな場所に一緒に行こうなんて言っちまったんだ?」と思ったが、既に口に出してしまった言葉は消えない。

 ヨーシュア少年は、許可を求めるようにセンティへ振り返る。

「御継嗣様が行かれるんなら、自分も一緒に行くッスよ」

 世話係になっているセンティは、当然、笑って頷いた。センティの返事を聞き、ヨーシュア少年は満面の笑みでイリヤス隊長へ振り返る。

「お願いします」

 イリヤス隊長が、眩しい笑顔だなあ、と、一瞬目を細めと見入ってしまったのは仕方ないだろう。

 二人の服装を見ると、数分程度以上に外を歩き回るには、薄着過ぎた。

「直ぐそこなんだが、この辺に慣れてない方にはちょっと遠いかもしれねえんで、外套を着た方良いでしょう。センティ、ヨーシュア、様の外套のある場所分かるな?」

 最後の言葉はセンティの方へ視線を動かした。

「はい!スグにとってきますッ」

 イリヤス隊長の言葉に、センティは正面扉の方へ走って行った。

 ヨーシュア少年はニコニコとしながら、センティの背中へ視線を送っていた。その姿を見守るイリヤス隊長へ、ティースがそっと近寄った。

「隊長、よろしいんですか?」

 隊員達にはヨーシュア少年が王族だとは伝えていない。それでも、ティースは、身形から彼が貴族だと認識していたし、そんな高貴な方をこの辺境の僻地の中連れ回すのは大丈夫なのかと不安に思い、イリヤス隊長に尋ねる形になった。

「ああ、ご本人が行きたがっておられるんだ。無理に止めるのは、不敬になるだろ」

 先程厨房裏への立ち入りを断ったのだからと、代替案なのだ。うっかりと誘ってしまった訳では無い。と、イリヤス隊長は心の中で自分に言い聞かせる。

「薄暗いところで二人きりよりも、明るい場所で四人いる方が、ずっとマシだろ」

 イリヤス隊長がそう言うと「あぁ、確かに」と、ティースは頷いた。

「お子様とは言え、お貴族様ですもんねぇ」

 そう呟いて、ティースはヨーシュア少年を見る。明らかに自分達の物よりも遥かに上質な布と仕立ての衣類を纏い、肌も髪も輝くように滑らかだ。僅かでも傷をつけたりすれば、自分達の命を以ってしても許されそうにないなと、ため息を吐いた。

「お待たせしましたッ」

 センティがヨーシュア少年の外套と首巻き、手袋を持って戻ってきた。甲斐甲斐しくヨーシュア少年に着させてから、自身も上着を羽織った。二人とも嬉しそうにニコニコしている。

「それじゃあ、行きましょう」

 砦から外へ出るだけでなんでこんな疲れるんだ、と心の中で嘆きつつ、イリヤス隊長は「世界の果て」へと足を向けた。

すいません、朝起きたらこの話の投稿が終わってなくて、「あれぇ?」となりました。

連日の早出から残業のフルコンボで疲れ切っていたようです_| ̄|○


二重視点は今話迄になりますので、次回からは主人公の一人称視点でサクサク進んでいきます(当社比)。

推敲の時間が取り辛いので、来週金曜日の投稿は一度飛びますので、予めご承知お願いします(>人<;)

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