魔女と悪魔達の酒宴
「よく考えたら、どうして私がお弁当持ってきたのに、誰も優しくしてくれないわけ?」
それどころか町田と来島さんの身体まで運ばせているのだから、怒っても仕方無いところだろう。
「そうだな、悪かった。今日は思う存分食べていっていいぞ」
縫香さんが飄々とそう言うと、リザリィはむくれっ面のまま答えた。
「当たり前だ、そうさせてもらう。飲んで喰って乱交パーティだ」
「いや、最後のは無いんで」
「どうして!? その為に料理を持ってきたのに!」
自分の良い様に話をねじ曲げ始めたリザリィに、念を押すように言う。
「これって、お弁当だったんじゃないの?」
「今は宴の食べ物だから問題無いの。コイル、早く酒を持ってこい」
「お屋敷じゃないんですから。こんなしなびた家にお酒なんてありませんよ」
ダークスーツの二枚目は、床上にあぐらをかきながら、天井を見上げていた。
そしてニヤつきながら、小さく首を振っていた。
「どうしてまた、こんな普通の狭い民家にしたのかねぇ。人里離れた屋敷にしとけばいいものを」
「私達にも、色々事情があるのさ」
縫香さんのいう事情とは、勿論俺と頬白の事だった。
この姉妹にとって真結の痛みと苦しみは最大の問題であり、それを払拭する為に、俺の家の隣にきたという理由があるが、コイルはそこまで知る由もない。
「はいはい、大人の人はビールと酎ハイで我慢してね」
襟亜さんが飲み物を持ってくると、縫香さん、コイル、リザリィがお酒の缶を手にしていた。
「リザリィって、お酒が飲めるんだ?」
「あったりまえでしょー、いくつだと思ってるのよ。あなたの三倍以上は生きてるわよ」
「もうそんなになりますかねぇ。こちらにきて何年でしたっけ」
「15年ぐらいかな……ううっ……どうして私がこんな目に……」
お酒が入った途端、涙もろくなったのか、リザリィが涙声で愚痴を言い始めた。
「その話、興味があるぞ、リザリィ。どうしてこちら側に来たんだ?」
縫香さんがビールを片手にそう尋ねると、リザリィは酎ハイをぐい、と飲んで話し始めた。
「お前達だって『その事』を調べに人間界に来ているのだろう? 嵐の神、シャンダウ・ローが急に力を持ち始めた事について」
「シャンダウ・ローはともかくだな、龍穴の流れが強くなり、レイラインを形成し始めているのは、いい傾向じゃない」
「私もそれが気になりましてね。あちこち調べてはいるんですが、どうもこの街付近が怪しい。龍穴があるにしても、魔力がどこに抜けて、どこに吹きだしているかが分からないんですよね」
「うむ。厄介なのは、見かけ上の龍脈は異変がないのに、裏側で見えない龍脈ができている事だ」
「私は単純にシャンダウ・ローがレイラインとパワースポットを手にするぐらいなら、それを破壊しに来ただけよ。でも、運命の魔女が居るなら、もうちょっと楽しい話にもなりそうだけど」
「無論、妹に傷一つでもつけたら、こちらも全力で報復させてもらうぞ」
「そんな野暮ったい事するぐらいなら、料理なんか持ってこないわよ」
「それなら、いい」
「私だってちゃあんと勉強してきてるのよ? 運命の魔女は、当人の意志がなければその力を使う事はできない。つまり周りが脅そうが痛めつけようが、真結ちゃん自身が魔法を使わないと決めたら、どうしようもないのよね」
「そうだ。真結自身もまた、魔力を使おうとして使っているのでもない」
「そうなのよねぇ。でも、その力は唯一無二にして、最強の力。誰だってなんとかして手に入れたいと思うわよねぇ」
「……それはつまり、シャンダウ・ローも真結に興味を持っているという事か?」
「そりゃそうでしょ。タダでさえ、真結ちゃんの両親はホワイトフレイムに仕える天使になったんだから、シャンダウは面白く無いわよ」
なんだか神様がどうとかいう、壮大な話になっていたが、俺と頬白と硯ちゃんは町田と来島さんの記憶についてどうするかを相談していた。
「来島さんはライザリという悪魔を知っているわけで、ライザリは真結お姉ちゃんの事を知ってるわけで」
「ライザリの記憶を消して、ライザリと二度とあわなくすればいいんだけど、そんなの無理な話だし」
「俺の頭では、頬白四姉妹は幼なじみだけど、実は魔女だったっていう事にするぐらいしか思いつかない」
「となると、町田君がなぜそれを知らなかったのかって矛盾になるんだよね」
「ごく最近知ったって事にするぐらい、なのかなぁ……」
「町田は俺の親友で、幼なじみです。できるなら、町田自身の意志を聞きたい。俺と同じく、全てを受け入れるか、或いは人として平凡に生きていくか」
俺がそう言うと、硯ちゃんと頬白は少し考えた後に、頷いた。
「ひろくんが、そう言うなら、私はそれでいい」
「町田君は良い人だと思う。お兄ちゃんも良い人だと思う。だから、きっとその選択に間違いは無いと思う」
硯ちゃんが町田と来島さんにかけた魔法を解くと、二人は眠りから覚めて、上半身を起こした。
「おや……それでいいのか?」
縫香さんが怪訝そうな顔でそう言う。
「記憶を消してしまうのはやめちやったのね? ダーリンのアイデア? そういうフリーダムな考えって素敵だわ」
「……俺達は、気を失っていたみたいだが……」
町田が部屋の中をぐるりと見回して、今、自分に何が起こっているのかを理解しようとしていた。
「町田。全てを一度に話すのは無理なんだ。その上で選んで欲しい。普通の人として生きていくか、或いは、人に言えぬ秘密を抱いて、危険と共に生きていくか」
「頬白の事か……選ばせてくれるんだね、ありがとう。察するに、記憶を消す事もできたんだろう?」
「その方が楽かもしれないの。普通はね」
硯ちゃんがそう言うと、町田は軽く微笑んだ。
「あえて言うよ。俺が耐えきれない時は、記憶を消して欲しい。都合が良いと言われるだろうけど、俺は、自分が興味を持ったら、知りたい方なんだ」
隣で成り行きを見守っていた来島さんも、ため息をついて頷いた。
「私は、もうリザリィに話しかけられてから、色々狂っちゃってるから、いける所まで行くしか……」
とそこまで言った所で、来島さんは縫香さんと目が合い、硬直した。
「あなたは……?」
「あらっ? この子は?」
この二人が顔を合わせるのは、これが初めての事だった。
そして二人の次の言葉を聞いて、俺達は、微妙なため息をつくことになった。
「おい、なかなかの美人じゃないか。世界は広いねぇ」
「へぇ美人なお姉さんね。世の中、まだまだ捨てた物じゃないわ」
来島さんは自分が縫香さんのコピーとは知らず、この世に自分と似た誰かが居て、大満足していた。
そして縫香さんは、目の前の少女が自分のコピーだと知らず、美女だと言って喜んだ。
この二人はきっと自分が大好きなナルシストだった。