千客万来
「おいこらシドニー! ごちそうを持って来てやったのだ。出迎えに出てこんか」
頬白家の玄関先に着くなり、リザリィは玄関のチャイムをズガガガと連打しながらそう叫んだ。
滅茶苦茶、面倒な女の子だった。
(確かに面倒だって言ってたなぁ……あれは、こういう事だったのか……)
縫香さんは何度も何度も面倒な子だと言っていたが、人として、悪魔として、とても面倒という事だった。
「シドニーって、誰?」
頬白に尋ねると、作り笑いをしながら玄関の扉から出てきたアレを指さした。
「どうして家まで来ちゃうのかなぁ、この子は……」
玄関の扉を開けて顔を出したのは縫香さんだった。
「もしかして、みんな、魔法の世界と人間界では名前が違うの?」
「うちの家はちょっと特殊だから、かな」
特殊と言われても、今更、何が特殊なのかなんて想像もつかない。
既にその存在自体が特殊だというのに、これ以上まだ何かあるのだろうか。
「あのな、私はこっちでは縫香って名前なんだ。そう呼ぶまでは家の中には入れない。さ、みんなは中に入って」
そう言いながら縫香さんが玄関の扉を大きく開けて、皆を迎え入れてくれた。
頬白に続いて家の中に入ろうとした時、目の前に背の高い黒服の男が割り込んできた。
「おっと失礼」
その高そうなダークスーツには見覚えがあった。記憶よりも先に身体が反応し、背筋に寒気を感じる。
動物的な恐怖感に全身が硬直していた。その俺の眼前を、ポケットに両手を突っ込んだ長身の男が歩いて行く。
しかし前回と大きく違う点があった。今、俺が身動きできないのは、経験から得た恐怖であって、魔法によるものではない。以前の様な、心臓が凍てつく恐ろしい感覚は無かった。
「おいおい、ご主人様より召し使いの方が先に入って来てるけど、いいのか?」
縫香さんがそう言うと、リザリィが両手をあげて、ぷんすかしながら叫んだ。
「コイルゥ! どーして先に入るのよ! 早く私をエスコートしなさいよ!」
「私はお兄様の命でこちらに来ているだけで、お嬢様の面倒までは申し使ってはいませんよ」
振り返りもせず、ずかずかと家の中に上がろうとしたコイルが、縫香さんの目の前で突然歩みを止めた。
「図々しいにも程があるんじゃなくて? 私はあなたをこの家に入れてもいいなんて、言った覚えは無いわよ」
縫香さんの後ろから、脇の下を通って襟亜さんの腕が伸びていた。
その手には、あの銀でできた白い刃の剣が握られている。
「そいつじゃ私は斬れないよ、わかってるだろ? クロービス」
「あら、気づかなかったのかしら? この前は『食べさせなかった』だけよ」
「おっ!?」
日本刀のような形をしたその剣は、束の部分の装飾に蔦が絡まっている様な、洋風の剣の装飾が施されていた。
襟亜さんが切っ先を翻した時、その束の部分から刃先へと銀の蔦が絡まりながら伸びていき、刀身に銀でできた蛇が絡まりついていた。
その銀の彫刻の蛇の一匹一匹が生きていて、鋭い牙をもった口を開けていた。
もはやそれは剣には見えなかった。
俺の位置からではコイルの背中しか見えないが、彼は両手を軽く挙げて降参を現すポーズをしていた。
それを見た襟亜さんは、縫香さんの脇越しに突き出していた剣を引き戻して言う。
「こちらでは頬白襟亜という名前なの、中に入りたいなら、こちらの名前で呼んでくださいね」
「はぁ……斬られるのは好きだが、喰われるのは面白くない。言う事を聞きますよ、襟亜さん」
「ちゃんと眼鏡もしておいてね。あなたの邪眼で死人が出ないように」
「ま、それはこちらに来た時から心得てるんで、ぬかりありませんよ。彼はこの前、あやうく私と眼を合わせようとしたので、止めましたがね」
と言ってその男は俺の方を振り返って、にっこりと笑った。
初めて見たその顔は、サングラスをかけた二枚目の優男だった。
不自然に右目を閉じていて、まるでウインクをしている様だったが、襟亜さんの言葉から察するに、その右目が邪眼なのだろう。
「ちょっともー、おねーちゃん達! お客様が来てるんだから物騒な事しないでよ!」
縫香さんと襟亜さんの後ろに硯ちゃんの姿があり、腕を組んで怒っていた。
「とりあえず、意識を飛ばしたから、そこの二人を運んで」
そう硯ちゃんが言うので、何の事かと思って後ろを振り返ると、町田と来島さんが地面の上に倒れていた。
今の襟亜さんとコイルの一件を見せない為に、気絶させたのだろう。
「あ、硯ちゃん、記憶の操作の事なんだけどー……」
縫香さんの隣を通り家に上がった頬白が、硯ちゃんに向かって両手をあわせてお願いしていた。
「うん、どうにかしないといけないね……どうしよっか……」
「さぁ、ダーリン、一緒に中に入りましょうか」
最後までその場に残っていたリザリィが、コイルに先を越された俺の腕を握ってきた。
「お兄ちゃん! その二人を運んできて!」
「お、おう」
言われて返事をしたは良いが、お世辞にも俺は力持ちじゃない。
倒れている町田の方に行き、肩を貸す形で持ち上げてみるが、ものすごく重くて持ち上がらない。人一人がこんなに重いとは思わなかった。
「ご、ごめんリザリィ、その手を離してくれる?」
「はいはい。人間の力なんてそんなものよねー」
そう言ったリザリィは、腰に両手を当てたまま、フワフワと二人の人間の身体を宙に浮かせて運び始めた。
「すごい! そんな事できるんだ?」
「もっちろんよー私を誰だと思ってるのー? 常闇の令嬢、リザリィ様よー?」
(ああ、この子、面倒だけどお世辞で持ち上げるのは割と楽そうだ……)
「さすがだなぁ、俺、ただの人間だから……」
「なになに、ちょっとは見直した?」
「うん、かなり」
「そ、そう!? 私ちょっとマジで頑張る」
おだてにのせられて意識の無い二人と持ってきたオードブルを運ぶリザリィを見て、縫香さんも襟亜さんも苦笑していた。
この二人の言う通り、とても面倒くさい性格だけども、悪魔の割には素直な女の子らしかった。




