呑んだり食べたり××したり
「お弁当はお昼休みに食べる物なんだよ。学校が終わった後は、それぞれの家に帰って自宅で夕食を食べるから、放課後にお弁当を持って来ても、困るって事」
俺がそう説明すると、リザリィは愛想を振りまきながらこちらに近づいてきた。
「じゃー今日はぁ、みぃんなで夕食にしましょうよぉー、ね? 呑んだり食べたり乱交したりぃ」
悪意無くとんでもない事を言うので、こちら側は皆、顔を引きつらせるしか無かった。
周りの生徒達に会話がはっきりと聞こえてない事が、唯一の救いだったろう。
「俺達学生なんで、呑めません。それに本命はその後の乱交なんでしょう?」
学生だからお酒は飲めない。という言葉の意味がよく分からなかったらしく、リザリィは難しい顔をする。
「おいかしこ、どういうことだ説明しろ」
「だから私に聞かれてもね……ずっとこの調子なのよ」
はぁ、とため息をついて来島さんが手短に説明する。
人間界では年少の者がアルコール類を飲む事は禁じられている事。他の国や一部の行事では許されている事もあるが、少なくともここでは禁止されている。
「なぁんでよぉ?」
リザリィは納得いかない時には決まって、こうして口をとがらせて拗ねるらしい。
「これは大変だな。悪魔ってこういうものなのか?」
町田が興味津々の視線でリザリィを見ながら言う。
「んー、私も本物は初めて見たから分からない。本物が居たってのは色々興味深いんだけどね」
「そうだな、俺も興味深い。この世とあの世というものがあるなら、是非その話を聞きたい」
町田と来島さんとリザリィは、端から見ると仲の良い友人達の様にも見えた。
来島さんは困りながらも、きちんとリザリィの疑問に対して説明している様だし、町田は目の前に現れた空想幻想物語に登場する様な存在に、一目惚れ状態だった。
「別にあんた達には興味がないから、居ても居なくてもどっちでもいいのー」
「では君は何が目的なんだい?」
「私の目的はぁ、頬白真結ちゃんでーす」
リザリィが可愛らしくそう言いながら、投げキッスを送るが、頬白は丁寧に頭を下げていた。
「お断りし続けます」
「いつか、その心の扉を開いてあげる」
「当面は開かないと思います」
軟派な悪魔と硬派な魔女との会話は永遠に平行線を辿りそうだった。
「うーむ、となるとやはり、先に落とすべきは弓塚弘則か」
「ひろくんは私の未来の夫だから、誰にも譲りません」
そう言ってがっしりと腕を掴まれた時、俺はとても嬉しくて涙が出そうになった。
生まれてこの方、女の子と仲良くした事はおろか、殆ど会話をした事も無かった。
せいぜいの会話としては、男子、掃除しなさいよとか、男子、頑張れとか、そういった集団の中の一要素としての扱いだった。
それがここにきて、こんな可愛らしい女の子に仲良くしてもらえて、しかも未来の夫とか言われて腕を抱かれる事になるとは。
生きてて良かった。とはこういう時に言うのだ。と実感した。
「夫婦共々欲望の坩堝に落ちればいいのよー、快楽に身をゆだねれば、全てが楽になるわよー」
まさしく悪魔の囁きだった。そして、その言葉が意味する事は、頬白の生死に繋がっていて、冗談にはならなかった。
縫香さんが言っていた様に、リザリィにとって頬白は魔力を人々に産み出させる道具でしかない。頬白を貴重な道具として扱う事はあっても、しょせんは道具でしかなかった。
もし俺がリザリィの誘惑に負けて虜になってしまった時、頬白はどうなるだろうか。本当に意気消沈してしまい、リザリィに囚われてしまうのだろうか?
それとも逆に、いとも簡単に俺を切り捨ててしまう事はないだろうか?
どちらにしても、俺自身にとって良い事は何一つ無い。
「……食事、冷めるけど、どうするの?」
来島さんがリザリィにそう言い、リザリィは手に持ったオードブルの大皿を見る。
途端に哀しげな表情になったリザリィは、俺達の方を見て言った。
「もうべつに誘惑とかどうでもいいから、とにかくこれ食べてよ。せっかくコックを誘惑して作らせたのに、勿体ないじゃないのよ。食べ物に罪は無いのよ?」
最後の一言だけは、正しいと思った。食べ物に罪は無い。
「お、俺は無理……弓塚は?」
「俺もちょっと辛いよ……来島さんは?」
「は? え? 私? 私も食べるの!? これ!? えっ……」
完全に虚を突かれた来島さんが目を丸くしてリザリィの方を見た。
「ごちそうなのよ!? 結構高いのよ!? 滅多に食べられない物なのよ!?」
「それじゃあ、うちに来て食べる?」
頬白の提案に、一同が顔を見合わせた。
「さっすが真結ちゃん! 頭良いわねぇ、可愛いわねぇ、私といい事しない?」
「やっぱりやめときます?」
「さすが最強の魔女。したたかさは頬白姉妹でも一番だな。わかった、何もしないからとにかくこのご馳走を食べてくれ。ほんと言うとリザリィは食べたいのだ!」
どうやらリザリィが根負けした様なので、俺達も警戒心を解いて、共に頬白の家に行く事にした。
割と長い間、校門の前で無駄話をしていたせいで、下校する生徒達の姿は殆ど無く、グランドからは部活をしている生徒達の活発な声が聞こえてきていた。
俺、町田、頬白、来島さん、リザリィの5人で帰路についた俺達は、ぞろぞろと列を作り、。まるで小学生の集団下校状態で帰って行った。
その折に、町田が俺の側に来て、小声で尋ねてきた。
「今、リザリィが、頬白の事を最強の魔女と言っていたけど?」
「うっ……」
「言いたくないなら、それでも良いんだが……」
頭の良い町田の事だから、俺達二人が頬白が魔女だという事を秘密にしていた、と察しただろう。
リザリィがこういう形で絡んできてしまい、来島さんまで巻き込んでしまった以上、もう隠せそうにはなかった。
「帰って、硯ちゃんと相談するね」
頬白も小さくため息をついた。
予想外の修正――しかも来島かしこという、奇跡の産物が絡んでいる分、とても面倒な修正をしなければならないのは、彼女自身がよくわかっていた。
以前にも離してくれた通り、頬白は色々な秘密を持っていて、それを重荷に感じている。
硯ちゃんの話では、ここに来る前の頬白の扱いはかなり酷かったらしいし、できれは穏便に済ませたいだろう。
町田が頬白の事を悪く言うような奴ではないのが、幸いだった。




