奇跡の代償
町田達と別れた俺と頬白は、駅の近隣に広がる繁華街の方に足を向けた。
駅前銀座通りと看板に書かれたメインストリートには、飲食店と雑貨、衣料品店が軒を連ねている。
この銀座通りのすぐ裏手には神社があり、盆暮れ正月には夜店も多く出ていた。
俺と頬白は衣料品店には向かわず、先にその神社に行き、先ほどの一件について話をした。
「町田の願いを叶えたって言ってたけど……」
「うん……あの来島かしこって女の子は元々この世に存在していなかった筈」
「存在していなかったって……つまり魔法で造り出したって事?」
「そう。彼女が言っていた事も記憶も造られた物なの。町田君にとって理想的な彼女」
「魔法って、そんな事まで出来るんだ……」
「私の魔法は自分でも、どんな事になるかは分からないの。結果が悪くなる事なんて無いからいいけど……でも、自分でも時々怖い」
「怖い? どうして?」
「私がどんな魔法を使ったのか、私にしか分からないから……あの来島かしこさんが実在しないという事は私しか知らない」
頬白はそこで一旦言葉を切り、そしてしばし考えた後、俺の顔を見た。
「今回は弓塚君に話す事で、私はとても楽になれた……でも言わなかったなら、私はその秘密をずっと心の中に隠していかないといけない」
頬白はそう言って、寂しげに苦笑した。
その、悲しげで、儚げで、いまにも壊れてしまいそうな表情を見た時、俺はなんとかしてあげたいと思った。
「……今までにも、そういう事があったの?」
そう尋ねると頬白は小さく頷いた。
「例えば……私が知る限り……縫香姉さんは、二回、死んでる」
「えっ……し、死ぬって……」
「一度は事故で。もう一度は龍脈を守る為に」
「縫香さんって、仕事は何をしてるの? 生計は、硯ちゃんが株で稼いでるみたいな事を言ってたけど」
「龍脈の調査をしているの。さっき道を歩いていたのも、龍脈に沿ってどこへ向かっているのか調べていたんだと思う」
「そういう仕事なんだ……危険な仕事?」
「うん……龍脈がおかしな時は、その近くの龍穴に異常が起こっている事が多いの。そういう場所に応急措置をするのだけれど、人間の世界で言う消防士みたいな危険な作業なの」
「なるほど……なんとなく、わかるよ」
「それだけでなく、龍穴の異常の中には故意に乱されている場合もあるの」
「つまり、誰かが悪い事をしてる?」
「魔法使いの中にも悪い人達は居るから……そういう悪人を裁くのは私達には難しいから、警護職の方達に連絡するのだけれど……」
「襲われたりする事があるんだ?」
「そう……それで一度、縫香姉さんは命を落とした事があって……私はその事故の時と、襲われた時の二回、力を使った」
そこまで話をした時、神社にお参りをする人達が境内に入ってきたので、俺と頬白はすれ違いに神社の外に出た。
そして近場の自販機で飲み物を買うと、そこで一息ついた。
「ごめんね、変な話しちゃって」
気を遣う頬白に、首を振って答える。
「魔法って……すごい事が出来るけど、便利ってわけでもないんだね」
「私のこれは……少し、違うから……」
縫香さんは頬白を最強の魔法使いだと言っていた。彼女自身、その奇跡によって助けられ、それが故に今も生きている。
来島かしこという、町田の理想を具現化した存在を産み出すほどの力。
最強と言えば、そうだろうけど、それはとても強い魔法の力であって、攻撃的な意味で最強という事ではないみたいだった。
そもそも目の前にいる頬白真結という女の子は、喧嘩や争い事には無縁な様に見えた。
彼女が好きこのんで誰かを傷つける様には見えない。
「あの、これは、正直な気持ちなんだけど……」
どこか遠くの方を見ながら、花の香りのする紅茶を口元に運んでいる頬白が、俺の言葉に小さく首を傾げた。
「俺でできる事なら……力になるから。その……一人で抱え込んで辛い事とかあったら、俺で良かったら……話とか、聞くから」
俺のその言葉を聞いて、彼女はうつむき加減に視線を落とし、そして眼を細めた。
「ありがとう」
頬白の言葉を聞いた時、自分の心の中にひどく温かい何かを感じた。
何か、自分がとても良い事をした、という気持ちと良い事ができて良かったという気持ち。
その二つが入り交じり、幸せな気分になった。
「弓塚君が、隣で良かった」
そう言われて、もし頬白家が俺の家の隣ではなく、全く別の所に引っ越していたらどうなったのかを考えた。
俺は頬白の事など知らず、平凡な毎日を暮らしていただろう。
こんな風に、女の子と話をする事も無かっただろう。
それが不幸だとは思わないけれど、今よりは寂しいような気がした。
知ってしまったからこそ、失いたくない物が出来てしまった。
知らない方が幸せだったろうか?
もう、その答えを知る事は出来なくなっていたが。




