来島かしこという、奇跡の産物
先を行く町田と距離が離れ、頬白が小走りでその後を追いかけた。
縫香さんは興味を失ったようにこちらから視線を反らし、どこかへと歩いて行った。
「頬白、今……何かした?」
「うん……」
「もしかして、魔法?」
「うん……」
二度の質問に、同じ答えが返ってきた。
今、俺が見た淡い光、あれが魔法だったのだろう。
頬白はあまり面白くない顔をしていた。
魔法を使った。と言うよりも使ってしまった。とでも言いたげな顔だった。
「どうして、そんな顔をしてるんだ?」
「えっ?」
「頬白、難しい顔をしてるぞ」
「あ、う、うん……」
町田に追いついた俺達は、話すのをやめて静かに彼の後に続いた。
頬白が浮かない顔をしている理由を聞きたかったが、今は都合が悪い。
後ろでひそひそ話をされて、気持ちのいい奴は居ないだろう。
町田が本を買った後、俺が靴下を買いに行く時にでも、聞く機会はあるだろうか。
実の所、この頬白との微妙な距離感をどうすればいいのかよく分からなかった。
俺達が本当に交際しているなら、さらっと聞いてしまう事も出来るのだろうが、どこまで切り込んでいいのかが分からない。
いや、頬白とどうこうではなく、女の子と交際なんてした事が無いので仕方が無かった。
駅の近くまで来た俺達は、大通りに面した書店の前まで向かうと、店の中に入った。
書店は二階建ての建物で、一階が雑誌と実用書、二階が漫画と参考書の売り場になっていた。
町田は雑誌の所へ行くと映画と文芸の雑誌を手に取り、店の奥の方でエッセイを一冊手に取った。
どの本も、俺が今まで一度も手にした事のない類の本だった。
専門雑誌を買うほど映画に興味は無いし、文芸なんて更に敷居が高い。
エッセイも読めば面白いのかもしれないが、手に取る事はなかった。
その後、町田は二階へと登り、漫画の側にあるライトノベルの棚の所へと向かった。
その棚は一種独特な雰囲気に包まれた棚で、成人向けの本も置かれていた。
漫画を買う事は時々あるので、その棚に並んでいる本を見た事がある。
そしてそれらの本のタイトルを見て、自分の探すジャンルではないという事を思い知らされるのだった。
町田がその棚に近づいた時、俺達三人はその場で硬直してしまった。
「き、金髪……」
棚の前に、俺達と同い年ぐらいの女の子が立っていた。
その髪は脱色したのではない地毛の金髪で、後ろから見ると縫香さんにそっくりだった。
さすがにチャイナドレスは来ておらず、近隣の女子校の制服を着ていた。
創作物語なら、髪の毛が金だったり銀だったり赤だったり色々あると思うが、現実にこうして見ると、日本の学校の制服に金髪の少女というのは、非現実的な雰囲気を醸し出していた。
「あら……」
俺達に気がついたその女の子は、こちらを振り返ると、最初に町田の顔を見て驚いた。
(か、顔も縫香さんに似てる……かもしれない……?)
単に髪型が似ているから、そう見えるのか……或いは……。
「もしかして、向島高校の町田さんですか?」
「君は……?」
「私、小塚丘学園の来島って言います」
「もしかして……去年の俳句で銀賞をとった来島さん?」
「はい。町田さんの噂は聞いてます。この界隈では一番の読書家で、冷静で公平、それでいて的確な感想を言ってくださる方だと」
「あなたの作品はシンプルでとても力がある。同年代の若者が書いたとは思えない出来だ」
「ありがとう。そんな風に評してもらえると、とても嬉しいわ」
(なんだろう、この入りにくい空間は……)
所謂インテリ二人が、それぞれの頭の良さがにじみ出る様な会話をしていて、しかもその二人がどちらも容姿端麗なものだから、とても近づきがたい。
「あぁ……」
と息を漏らした頬白を見て、今が良い機会だと思い、その表情の理由を聞いた。
「浮かない顔をしてるけど、魔法を使うのは、好きじゃないの?」
「そうじゃなくってね……その魔法の結果が……ご覧の通りで」
「ご覧の通り???」
頬白は、町田と来島さんの事を指してそう言った。
「簡単に言うと……私は、町田君の願いを叶えてしまったの。縫香姉さんみたいな女性に出会いたいって願いを」
「……ぁあ?」
自分でも分かったのか、分かってないのか微妙な返事をしつつ、インテリ二人の方を見た。
「あの、すいません町田さん。もしよろしければ、少しお話してもいいですか?」
「ああ……俺は今日は友達に付き合う約束をしてるから……」
「いいよ町田! 俺、この後頬白と靴下を買いに行くから。 来島さん? と二人で色々話してこいよ」
「ああ、こいつ弓塚って言って、俺の幼なじみで……その隣が彼女の頬白さん」
「初めまして弓塚君、頬白さん。来島かしこと言います」
「は、はじめまして……」
「それじゃそうするよ。弓塚。また明日」
「ああ、またな」
町田としては、交際している俺達二人が、仲良く買い物に行くというなら、邪魔をする気はないというのだろう。
もし頬白が居なければ、町田は来島さんより俺を優先しただろう。そういう奴だ。
こちらとしても、町田と来島さんの初めての出会いに、水を差すつもりは無かったから、お互いに丁度良かった。
それに、『魔法』とはいったいどんなものなのかを、頬白に詳しく聞きたかった。




