魔法という奇跡
放課後。俺と町田はいつもの様に共に帰路につく。
そしてそこに頬白が混じり、新しい帰路のスタイルになる。
帰りにどこかへ寄っていくかは、それぞれの都合で変わる。
俺が何かを買いたい時はそう言うし、町田が何かを買いたい時もそうだ。
でも頬白はその幼なじみのルールに入り込めない。
「頬白は、何か用事がある?」
「えっと……どうかな……」
「俺は本屋に行く。今日は新刊の発売日だから」
「俺は靴下を買いたいから駅前の繁華街に行くつもり」
「私、ついてく」
それでよかった。何も用事がないなら帰ってもいいし、気が向いたならついてきてもいい。
それぞれ自分の意志に沿って構わない。それが幼なじみだった。
あとは合理性の問題だ。
靴下を売っている衣料品店より本屋の方が近い。だから先に本屋に行く。
自然と先頭を町田が歩き、俺達はその後ろについていく。
仲良くしたいという気持ちと、嫌われたくないという気持ちは表裏一体だろう。
でも長年顔をつきあわせていると、相手のことが相当嫌いじゃなければ、なんとなるものだった。
学校と自宅のほぼ中間に駅があり、その周辺に繁華街が広がっている。
学校から自宅へ真っ直ぐ帰れば繁華街を通らずに住宅街に到着するが、駅の方へ行きたい時は踏切の所で曲がり、線路沿いに進む。
線路沿いには国道のある大きな通りと、細い路地しかない裏通りがある。
書店は国道沿いにある為、町田は国道沿いの道を選ぶと、駅へと向かっていた。
歩道に一定間隔毎に植えられた木々が、色鮮やかな黄と緑の葉を空に大きく広げていた。
その下を様々な車が行き交っていく。
この国道は近隣の大きな街へと繋がる動脈の為、昼の交通量は激しい。
通りを歩いていると、町田が突然その場に立ち止まった。
後ろについていた俺達も立ち止まり、何事かと町田を見る。
「あれは……縫香姉さん……」
対面の歩道を、黒いチャイナドレスを来た金髪の女性が歩いているのが見えた。
あまりにも場違いで完全に浮いているにも関わらず、往来の人達が振り向いて見る事は無かった。
「あんなに目立っているのに、誰も気にしてないのは……魔法?」
町田に聞こえない様に頬白に尋ねると、小さく頷いた。
「でも……町田は気づいたのか……何故?」
モデルの様な洗練された身体の線は、細く強くしなやかだった。
それはヒョウの様な肉食獣のしなやかさであり、直感的に危険な存在だと判る。
その艶やかな獣の姿を町田が目で追っていた。
「もしかして、町田ってああいう感じが好み?」
幼なじみとして長年顔をつきあわせているが、今まで町田が女性に感心を持っているのを見た事がなかった。
告白されても他人事の様に断り、現実の女性には興味が無いとでも言う様な素振りだった。
(あれは……現実の女性ではないな……いや、普通の人間でもない)
「綺麗だ……小説に敵役として出てきそうな美女だ」
「敵側で出てくるのか……」
どうやら一目で縫香さんが一般的ではないという事は見抜いたらしい。
「そう言えば、縫香さんの記憶って町田の中ではどうなってるのかな?」
「ちょっと、分からない……術をかけた硯ちゃんでないと」
「はぁ……」
俺と頬白が後ろでひそひそ話をしていると、町田は大きくため息をついて再び歩き出した。
「あれ? 町田、いいの?」
「いいのって何が?」
「だから、声をかけるとかしなくてもいいの?」
「いやいや、ないから。綺麗だけど、俺とは縁の無い、どこかの誰かだから」
どうやら脳内英雄は出てこなかった様だ。
第三者として自分を客観的に見るその冷静さこそが、彼を恋から縁遠い存在にしているのかもしれない。
町田は再び無表情に戻り、書店の方へと歩き始めた。
その背中に孤独感を見た時、なんとかしてやりたい気持ちになった。
と言っても俺に出来る事は、縫香さんと町田を会わせる程度しか出来なさそうだったが。
「ん?」
その時、俺の隣に立つ頬白の身体から淡い光のような物が溢れて、町田の方へふわふわと飛んで行くのが見えた。
たんぽぽの羽のように、小さく淡い光が無数に空を飛び、町田の身体にまとわりついていく。
一体何が起こっているんだろうか、と目を疑った時、光は消え去っていた。
「今のは……?」
頬白にそう尋ねてみたが返事はなかった。
幻ってやつを見たのだろうか? と訝しんでいる俺を見つめる何者かの視線があった。
見られている、という感覚と共にそちらの方を向くと、通りの向こうに居た縫香さんがこちらを見ていた。
その表情には笑いも怒りもなかったが、こちらを直視している事だけは確かだった。