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お払い箱の聖女は占いで食べていく 〜冷徹な騎士団長が、なぜか毎日来る〜  作者: 丸ノ内きみこ


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18.

アルキル伯爵が、かつての神経質そうな顔つきをどこへやら、見違えるほど穏やかな表情で店のドアを開けたのは、皇帝の視察から数日後のこと。


「ミコト殿。……いや、あなたには、感謝してもしきれない」


伯爵はそう言って、丁寧な仕草で帽子を脱ぎ、鑑定室の隅に鎮座するレオンとカイエンに一度だけ会釈をした。レオンは無言で頷き、再び書類に目を落とす。


「どうしたの、伯爵。また何か『消える』事件でも起きたかしら?」


「いいえ。あの本を供養していただいてから、すべてが好転した。……今日は、あなたにこれを」


伯爵がテーブルに置いたのは、古めかしい、けれど驚くほど精緻な装飾が施された一冊の「白紙のノート」だった。


「これは、私が長年探し求めていた、特別な魔導紙で綴じられた手帳だ。……かつての私は、『過去』の歴史を修復することにばかり執着していた。だが、今は違う。これからの、妻や家族との『未来』を書き記していきたいと思ってね。……その最初の一歩として、あなたに感謝の言葉を綴らせてもらった」


ミコトがその手帳を開くと、一ページ目には伯爵の流麗な文字で、ミコトへの賛辞と「愛着は、形にすることで永遠になる」という一文が記されていた。


「素敵ね。……あなな、本当に顔色が良くなったわ」


ミコトが微笑むと、伯爵は少し恥ずかしそうに目を細めた。

彼の頭上にあった、砂時計のようにさらさらとこぼれ落ちていた負の粒子は完全に消え、今は家族への愛情を象徴する、温かな琥珀色のオーラがふんわりと灯っている。


「……ところで、ミコト殿。街では、あなたの店に『銀色の守護神』が居座っているという噂でもちきりだ。……なるほど、その噂もあながち間違いではなかったようだね」


伯爵の視線が、隅っこで「私はただの風景です」と言わんばかりに猛烈な勢いでペンを走らせるレオンに向く。


「……伯爵。あまり彼女を茶化さないでいただきたい。私は、彼女の身の安全を確保しているだけだ」


レオンが低く冷徹な声で応じるが、そのオーラは「伯爵、よく言った!」と言わんばかりの、眩いばかりのド直球なピンク色。


「ははは。……そうであったな。では、私はこれで。……ミコト殿、その手帳が埋まった頃に、また報告に来させてほしい」


伯爵が軽やかな足取りで去っていくのを見送り、ミコトは手帳の真っ白なページを撫でた。


「……未来、ね。私の未来には、何が書いてあるのかしら」


「……決まっている。私の名前が、一番多く記されることになるだろう」


レオンが、さらりと、けれど逃れられないほどの熱量を持って言い放つ。

ミコトは顔を赤くして、手帳で自分の顔を隠した。


「……あなた、本当にそういうことだけは、自信満々なんだから」



そんな事を言いながらお茶を飲み甘い穏やかな時間を過ごしていると、急にレオンが口走る。


「……いや、やはり不公平だ」


レオンはガタリと椅子を鳴らして立ち上がり、ミコトのすぐ傍まで大股で歩み寄ってきた。


「伯爵は『未来を綴る』と言った。だが、あなたの未来をより身近で見守り、守護しているのはこの私だ。……それなのに、あなたの手元に、私との繋がりを示す物が何一つないのは、騎士として……いや、男として容認できん」


「……、……っ。また始まったわ、この極端思考。じゃあ、レオンさんも何か贈りたいっていうの?」


「贈るのではない。……『お揃い』にするのだ」


レオンはそう宣言すると、翌日から謎の行動を開始した。


公務の合間(という名の書類仕事の休憩時間)に、彼は真剣な顔で何かを削ったり、磨いたりし始めたのである。


数日後。レオンが少し誇らしげにミコトの前に差し出したのは、二つの小さな「木彫りの根付」だった。


「……これ、ルル?」


ミコトが手に取ったのは、店のマスコットである精霊のルルを模した、お世辞にも上手とは言えないけれど、温かみのある木彫りの細工。


「ああ。最高級の『聖樹の枝』を削り出した。これに私の魔力を込めてある。……そして、こちらが私の分だ」


レオンが自分の腰に下げた長剣の柄に結びつけたのは、ミコトが持っているものと対になった、もう一匹のルル(のようなもの)。


「……レオンさん。帝国最強の騎士団長が、腰の剣にそんな可愛らしい毛玉をぶら下げてて大丈夫なの? 部下の人たち、ひっくり返るわよ」


「構わん。これが『お揃い』であることに意味がある。……これで、あなたがどこにいても、私が守っていることが視覚的にも証明された」


レオンは満足げに腕を組み、眩いばかりの「ドヤ顔」で胸を張った。彼のオーラは、もはや周囲を飲み込むほどの、真っ直ぐで力強い「確信のピンク色」に輝いている。


「……もう。本当に、子供みたいなことするんだから」


ミコトは呆れながらも、自分の水晶玉の横に、その不器用なルルをそっと飾った。

最強の騎士とお揃いの、少し不格好な守り神。


「……でも、ありがとう。大切にするわ。……ほら、レオンさん。そんなに満足そうな顔してないで、残りの書類を片付けなさい。終わるまで、お茶はお預けよ」


「……ああ。今、かつてないほどにやる気が満ち溢れている」


レオンは再びペンを走らせ始めた。その筆致は、心なしかいつもより軽やかだ。

占いの館に流れる時間は、今日もまた、少しずつ二人の距離を近づけていく。

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