第47話 場違いな強敵
戦闘が始まった瞬間、魔術を使える組が牽制の魔術を放つ。
知能の低いゴブリン程度であれば、これだけで足並みが崩れて相手の数の利を潰すことも可能だ。
しかし流石は狼の姿をした魔物なだけはある。隊列が崩れるや否や、すぐに足並みを整えて孤立する個体を出さない。
「みんな、落ち着いていつものように」
僕は皆から一歩飛び出して盾役となる。
以前からの定石。しかし今は違う。
僕は盾を構えた隣の人物に目配せをし、互いの隙を補い合う様に意識を通じさせる。
「ヴィリムくん。右からの敵をお願い。ボス格のあのハウルは僕が積極的に相手する」
「あぁ」
ヴィリムくんからの返事は短い。
しかし、それだけで十分だ。
牽制は不発に終わったものの、数の上ではこちらが優位。
狼が得意な取り囲んでの一方的な戦いは無さそうだ。
相手も慎重になっているのか、なかなか攻撃してこない。
それなら───
「アズ」
名前を呼ばれたアザレアは僕の後ろからゆっくりと前へと歩み出るとまだ幼さの残る鳴き声を上げる。
純白紅眼。牙が覗き始め、精獣としての威厳が垣間見え始めたアザレアがハウルたちの前に姿を現すと、明らかにハウルたちの様子が変わった。
アザレアのその体躯に魔力が帯びる。
途端、前方から伝わる動揺の波。
アザレアはそんなことお構いなしに魔力を放出。空中に浮かび上がった氷の礫が子どもサイズまで膨れ上がると、一気に敵へと放たれた。
速度を伴った氷塊が二体のハウルを襲う。
まともに回避できたのはボスハウルのみ。
一体は鮮血を散らしてこの世を去った。
「よし、リオン。俺たちも───」
ヴィリムくんが総攻撃を仕掛けようと、僕に提案したその時、ボスハウルが短く吠えると一斉に僕たちにお尻を向けて逃げ出した。
「あらら。逃げられちゃったね」
パルマちゃんが残念そうに肩を落とす。
可愛らしい見た目とは裏腹にやはり彼女もグラント族だ。
せっかくの戦闘の機会を逃してがっかりしている。
僕はアザレアの氷塊を避け切れずに下半身を失ったハウルの元まで歩き、その場に屈む。
手を合わせ、奪った命に黙祷を捧げた。
「またやってんのか。それ」
ヴィリムくんが眉を顰めていた。
「うん。命を奪ったわけだから」
「お前が気に病む事じゃねぇってのに……」
理解されないことだとは分かっているが、それでも僕はいつからか始めていたこの贖罪行為を止めるつもりはなかった。
それに今回は野生種とはいえ、ハウルと同種の魔物だ。
余計に良心の呵責が僕をそうさせた。
ハウルたちがそんな僕の近くまで来て慰めてくれる。
ラブたちとは違う子たちだが、僕は当然この子たちとも仲がいい。
頬を舐められながら、彼らの体を撫でる。
お礼はしなくちゃ罰が当たるというものだ。
「リオンはほんとにこいつらに好かれてるな」
ポランくんが感心したように僕とハウルたちの関係に驚いていた。
他の子たちやヴィリムくんたちには見慣れた光景なのか、肩を竦ませていた。
グラントの戦士としては立派なことのはずなのに……
「僕動物好きでよく一緒に遊んでるから」
ハウルたちを撫で回していたら元気が湧いてきた。
よし。頑張るぞ。
「アズもよくやった。あんなに大きな氷塊出せるようになって。成長したな」
僕は戦闘を最小限にしてくれたアザレアを誉めるために手を伸ばす。
「がうっ」
「あたっ」
しかしあろうことか差出した僕の手を噛みやがった。
「このっ。急に噛みやがって!」
「がうぅ」
躾が足りないようだ。
これは飼い主である僕の責任だ。
腕を捲り、僕は全身に魔力を充填させるとアザレアへと掴みかかった。
いつもいつも育ての親に噛みつきやがって。
「また始めたよ」
「リーダーとアザレアちゃんはほんとに仲良いよね」
「黒髪の従魔。また強くなってんな。流石精獣」
ほら!ポランくん以外の三人に呆れられてるじゃないか。
大人しくお縄につけ!
アザレアとの悪戦苦闘の結果はドロー。
僕とアザレアは互いに息を切らした上での痛み分けで終わる。
主人としては情けないが、これで勝敗は62勝62敗31分け。面目はギリギリ保った。
日に日に強くなるアザレアに僕の焦燥感も日増しに強くなっていく。
もっと修行せねば……
僕は仲直りの印に干し肉をアザレアに差出して、手打ちにした。
いつも思うが、これは僕の噛まれ損ではないかと激しく思う。
しかし大人な僕はそんなことを強く非難するつもりはない。
別に元気に餌を食べるアザレアが可愛いからとかそんなんじゃないんだからね。
そんなこんなで初の渓谷奥地での戦闘は、アザレアのおかげというか、せいかというか。僕たちの出番なく圧勝に終わった。
こんなもので血の気盛んかつ、バーバリアンな方向で育ちざかりな子どもたちが満足するはずもなく、僕たちは新たな獲物を求めてその足で更に奥へと歩を進めた。
はじめて見る魔物が数体。ホブゴブリンも数体。
僕たちは幾度かの戦闘を繰り返して未だ無傷のまま。
ゴブリン相手ではぬるすぎて既に訓練にならないまであるが、ここでも苦戦という苦戦はなかった。
人数が多すぎたかもしれない。
三人~四人。ハウルやアザレアなしならいい勝負になるかもしれないと言った感じだった。
丸まって岩に擬態する巨大百足を倒し終わった時にはすでに日が傾き始めていた。
「そろそろ帰ろうか」
僕がそう言うと、他の子たちも同意してくれた。
物足りなそうにしているが、リーダーの言葉には素直に応えてくれる。
戦闘民族らしい規律に感謝だ。
「次はもっと少人数でこないとな」
「黒髪次はその猫連れて来るなよ。訓練にならねーよ──うわっなんだよこの猫っ」
「リーダー次も一緒にいこー」
三人が早速次の予定を立て始めていた。
因みにアザレアは猫と呼ばれると怒る。次から気を付けるようにミシュランくん。
「お腹空いてきたなぁ」
僕の正確な腹時計が夕飯時を知らせている。
早く帰って母の手料理を腹に収めねば。
皆が帰宅の気配を滲ませ始めた時、僕は一人黙り込んだままのポランくんの様子に気付いた。
「ポランくん?」
それは五感で感じた何かを逃がさぬように集中している時の彼の特徴だ。
それが意味するものとは─────
「総員警戒!」
僕はすぐに立ち上がり、剣を抜く。
アザレアもなにかに気付いたのか、全身の毛を逆立てて唸っている。
ハウルたちも牙を剥き出しにしていた。
「なにか来る」
ポランくんが呟いた直後、空から何かが降ってきた。
「人……?」
パルマちゃんの呟きに僕も口に出さないまでも同じ疑問を持っていた。
僕らのような白い肌に長い手足。
一見、大人のグラント族かと思ったが、しかし決定的に違う所がひとつ。
それは髪。
僕を除いた彼らのような処女雪のような銀髪などではなく、自然を思わせるようなそんな不思議な印象を与える緑の髪色を、その人物は持っていた。
そして宙に浮いたまま僕らを見下ろすその存在に、僕はどこか超越的なものを感じて固まった。
それはアザレアに、ひいてはアザレアの母に感じたものと近しいなにか。
精獣。しかし目の前の女には獣のような特徴は何一つない。
だとしたら─────
「精霊……?」
自然と僕の口を突いたその言葉に、全員が目を丸くして息を呑んだ。
圧倒的な雰囲気に呑まれたのか、僕のその言葉に応えられた者は誰一人といなかった。
そして宙に浮いたままのその女は僕をしばらく見つめた後、唇をにやりと歪ませた。
そして完全に地面に降り立ち、僕の元まで来るとその女は僕の目を見て何かを話し始めた。
「縺雁燕縲√≠縺ョ譎ゅ?蟆丞Ι縺?縺ェ」
うまく聞き取れず、音の羅列でしかない理解不能なその言葉。
しかし、なんとなく僕はその謎の言語になぜか聞き覚えがあった。
肌が刺す緊張と圧迫感のせいでスムーズに思い出せない僕に、女は少し気落ちしたように表情に影を作ると、何かを思いついたように動き出す。
女は崖の壁際までいくと、手に持った細いこん棒のようなものを大きく振りかぶる。
そして轟音と共に崖を打ち崩すと、手頃な石を拾いそれを手刀で加工し始めた。
「なに……してるんだ……?」
ポランくんが怪訝に首を傾げた。
いつの間にか威圧感が消えているからだろうか。
各々体の力が抜けたまま、女の動きを目で追っている。
僕は一応警戒のために剣を強く握りしめた。
……正直、勝てる気はさらさらしないけど。
女は数個の丸い石を作ると、満足した様子でその石をまとめて拾い、渓谷の道の真ん中に再び立ち塞がる。
そして目つきを変えた。
「みんな!気を付けて!」
一斉に戦闘体勢に入る。
それでも女から余裕の色は抜け落ちない。
そして女は作ったばかりの石を僕の方へと放り投げた。
速度があるわけでもなければ、危険があるわけでもない。
本当に投げて寄越しただけのように見えてしまう。
「?」
それにどういう意味があるのか、全く意味が分からない。
すると女が一向に動かない僕に苛立ちを覚えたのか、顎で指示を出してくる。
「拾え……ってこと?」
僕は意味も分からないまま、女の言う通りにその石を拾う他なかった。
「……!?」
石を拾った直後。
女が武器を構えた。
「リオン!」
「リーダー!」
ヴィリムくんとパルマちゃんが焦りに声を荒げるが、僕はそれどころじゃなかった。
「なんで────」
「リオン?」
「どうしたっ黒髪!」
愕然とする僕にポランくんとミシュランくんの声が掛かる。
しかし、それにも答える余裕はない。
半身になり棍棒を持った両手を頭の高さまで持ち上げたその独特の姿勢。
棍棒のヘッドをゆらゆらと揺らして待ち構えるその姿。
それはまるで、
「────なんで……野球???」
バッターボックスに立つ右打者のそれだった。
……細い棍棒とか、もろバットじゃん。
まったく意味が分からない。
なんで???




