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ヴェルサリオン戦記〜三つ子の魂百まで〜  作者: 四季 訪
平穏

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第37話 VSホブゴブリン2

 怒りに満ちたホブゴブリンが全身の筋肉を隆起させ、僕たちに正中線を向けたまま壁を殴りつけた。

 まるで軽自動車がぶつかったかのような衝撃が洞窟全体を揺らす。

 洞窟の岩が剥がれるように、壁や天井から石が降り、僕たちを襲った。


「あんなに……強かったっけ?」


 エクルットさんが戦ったホブゴブリンよりも明らかに強いように僕には見えた。

 それは二人も同じらしく、後ろから剣の震える音が微かに聞こえた。


「……」


「最初はいけると思ったんだけどな」


 黙り込むヴィリムくんに、初めて狼狽を見せたポランくん。

 二人とも表情が引き攣っているだろうことくらいは後ろに振り返らずとも察せてしまう。


 気を引き締める。

 ホブゴブリンが重心を落とすのが見えたその直後────


「来るぞ!リオン!」


「───は?うぐぅう……!!」


 反射的に剣を構えた僕の全身に衝撃が駆け抜けた。

 堪えきれず、僕の足は地面から浮き上がり、衝撃そのままに後ろへと吹き飛ばされてしまった。

 洞窟の行き止まりで壁に打ち付けられる僕の体。

 肺から全ての空気が吐き出され、ぶつけた後頭部のせいで視界に星が散る。

 明りを持った二人から離れたせいで、敵の視認もままならない。

 僕は息を整えるよりも先に目への魔力供給を優先。

 視界を確保した僕の目に、苦戦を演じる二人の姿が映る。

 洞窟にしては広い……とはいえ、それは戦闘に耐えうるものではない。

 数を活かして戦いたい僕たちからしたら、これでもまだ狭い。

 リーチの長いホブゴブリンが一方的に逃げ場のない二人を捉えてしまう。


「出し惜しみしてる場合じゃないな……」


 出来れば全力の肉体強化は避けたかった。

 精獣戦で使ったあの肉体強化の負荷の高さはガス欠を引き起こしかねないからだ。

 村の中ではないここで意識を失えば一巻の終わり。

 だけど、今は後先を考えている暇などない。


 僕は全身の魔力の回転を限界まで引き上げようとした時、背中に微かな空気の流れを感じて背後を見た。

 当然、そこは行き止まり。

 しかし、どこか違和感があった。

 そして僕は徐に壁に手を突いた。


「二人とも!!」


 全身に傷を負い、呼吸を荒げながらなんとかホブゴブリンの攻撃を凌いでいた二人が僕を見る。

 そしてなにかを察してくれたのか、二人が同時に僕に向かって駆けだした。

 僕は壁に背中をぴったりとつけて踏ん張ると、僕の後ろの壁が《《ゆっくりと動き始めた》》。

 子ども一人が通れる幅まで押し開けると、二人が走りながら驚いたような顔を僕に向けた。


 それを見たホブゴブリンが二人を逃がすまいと地を蹴ろうとする瞬間を僕は見逃さない。

 僕は惜しみもせず、剣を全力で敵目掛けて投擲。

 想像を絶したのが、ホブゴブリンが目を見開いて轟と唸りを上げる僕の剣を必死に避ける。

 大きく体を逸らすその姿を横目に、僕は後ろから差し込む光へと身をねじ込んだ。


「ッ──!?」


 外に出ようとした瞬間、奴の手は既に僕のすぐ後ろまで迫ってきていた。


 あまりにも早すぎる。


 僕は早く外に出ようとするあまり、狭い幅の岩肌に服を引っ掻けてしまい足が止まる。

 構わず服を引きちぎる勢いで体を前に出したが、その一瞬の制止が命取りだった。

 外に身を放り出そうとした瞬間、僕の体の半分は洞窟内に引き留められた。

 ホブゴブリンの手によって。

 僕の足を掴んだホブゴブリンが僕を見て嗤った。


「くそっ!離せ!」


 僕は恐怖に声を荒げてそいつを蹴るがホブゴブリンは痛痒すらも感じさせない。

 奴の手に力が込められ僕の足が潰されると思った瞬間、ヴィリムくんが僕の体を引っ張り出した。

 ホブゴブリンの握った靴を脱ぎ棄てて、僕はようやく外へと転がり出ることに叶う。

 直後に叫ぶ声が響き渡り、ホブゴブリンが怒りに任せて僕たちの出てきた穴へと飛び込んだ。

 ホブゴブリンは僕たちがようやく通れる穴に自ら飛び込み、そして当然その体をつっかえさせた。

 

「やっぱ頭に血が上ると馬鹿が露呈するな」


 力任せに穴を押し広げようと藻掻くホブゴブリンだが、それを待つほど僕たちは馬鹿じゃない。

 既に剣を構えていたポランくんが、その胸へと大剣を突き刺した。

 藻掻いていたホブゴブリンの体がその瞬間硬直。

 力強い目がポランくんを睨んだ。

 そしてポランくんは突き刺す大剣の柄に体重を乗せ、その胸の傷を大きく広げさせる。

 彼の油断ない追撃に、遂にホブゴブリンはぐりんと白目を剥いて血反吐を吐いた。

 血の泡を口に溜めながらなにかを呟くように呻くと、ホブゴブリンは岩と洞窟の間でようやく絶命した。


「リオン大丈夫か!?」


 倒れたままの僕をヴィリムくんが引っ張り起こしてくれた。

 やっと殺した。

 僕は未だに鳴りやまない煩い心臓を必死に抑えながら荒い呼吸を繰り返しつつ膝に手を突いた。


「やったな!リオン!」


 ポランくんが満面の笑みで僕の背中を叩く。

 

「まったく。今回ばかりはお前のおかげだよ。リオン」


 ヴィリムくんもしんどそうに地面に座り込んで空を見上げている、

 二人のその顔は《《ようやく終わった》》と安心しているような顔だった。


「リオン?」


「どうしたんだよ」


 僕も二人のように喜びたい。

 だというのに、どうして僕の胸はこうもざわつきが収まらないのか。

 僕の頭の中は大きな違和感の正体を探るように延々と思考が止まってくれない。

 まるで何かから目を背けてしまっていることを誰かから責められているような感覚だ。

 僕は輪郭がはっきりとし始めた違和感の欠片ピースをひとつずつ繋ぎ合わせていく。


 目の前の岩戸

 中の光景。

 今になって都合よく現れたホブゴブリン。

 そして前回の山狩りでの違和感。


「─────ッッッ!」


 それらがひとつひとつ繋がり、点が線へと姿を変えた瞬間、完成したパズルに描かれた絵図に堪らず悲鳴をあげそうになった。


「お、おいリオン!!」


 僕は状況を掴めずに困惑している二人に構う余裕もなく、挟まったまま死んでいるホブゴブリンを強引に押しのけて、再び洞窟の中へと駆け込んだ。

 僕は脳裏に出来上がった災厄とも呼べるシナリオを否定したいがために、さっき三人で見て回った部屋の一つに飛び込んだ。


「くそっ……」


 今は魔力を目に回していないために、中がよく見えない。

 後先考えずに目に魔力を回そうとした僕の背後に遅れて二人が駆けつけた。


「灯りを」


「なに?」


「もっと灯りを強くして!」


「な、なんだよ急に────」


「────いいから!」


 目を丸くして驚くヴィリムくんが、指先に浮かぶ光の玉を大きく膨らませる。

 部屋は一気に明るくなった


「なん……だ、これ……」


「不気味だな」


 部屋の中は一言で異様だった。

 壁にはミミズのような線が無数に羅列され、血の線も所々に走っている。

 そして部屋の隅にはなにかしらの石像と共に、硬貨・腐肉・酒の三つが置かれていた。


 二人は見たことのないその光景に眉を顰める。

 だけど、僕の反応はそれどころではなかった。


 あぁ、考え得る中で最悪な事になっている。

 僕の顔は蒼白に染まった。

 

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