第36話 VSホブゴブリン1
「やっべぇな。ホブじゃん」
その鮮烈さは僕たちの記憶にも新しい。
それは僅かに震えたポランくんの呟きにも現れている。
一見、エクルットさんの圧倒的な強さの前に呆気なく散ったようにも見えたが、それをあのホブゴブリンが弱かったから、などと勘違いした者はあの場には誰一人としていない。
ホブゴブリンの持つ膂力とその胆力を見誤るほど、僕たちの積んできた訓練は生ぬるいものではないのだ。
僕たちの緊張を嗅ぎ取ったのか、ホブゴブリンが大口を開けて吠えた。
それは洞窟の中に反響し、僕たちの肌をビリビリと振動させるほどに大きく、示威行為としてはこれ以上ない効果を齎した。
力の差を示すその大音声を前に、僕たちの体が本能的な怯えを見せて、この身体を硬直させる。
「来る!」
そしてそれを見逃さずに僕たち目掛けて一直線に突っ込んでくるホブゴブリンに、僕はどうにか動くことに成功し、その剣を防ぐ。
「おっも……っ」
「リオン!」
一歩前に出て、二人の盾になった僕の横からポランくんの大きな剣が突き出された。
そしてそれに一拍遅れてヴィリムくんが袈裟に振るう。
その二人の連撃をホブゴブリンは僕との鍔迫り合いのまま身を捻って容易に避ける。
僕は横から聞こえた歯を食いしばる音を無視して、軽くなった剣圧を腰を捻るようにして下から払い除けた。
そして後ろに後退する相手をすぐさま追いかけようとするポランくんを僕は左手を広げてそれを制止。
僕は首を振ってみせ、彼らから更に一歩前に出る。
ポランくんの攻撃センスは素晴らしいが、格上との戦いに於いては一か八かの賭けになりかねない。
数で勝るなら連携を密に取るべきだ。
そして一番先頭には防御しか取り柄のない僕が適任。
二人には相手の隙を突いての攻撃を担当してもらうのがベストだ。
口に出さずとも二人は理解してくれたのか、僕の後ろから飛び出さずに我慢してくれている。
本当に戦いでは頭の回転が速い。
「大丈夫なんだろうな。リオン」
「これしかできないから。任せてヴィリムくん」
後ろからの疑問の声に僕はしっかりと声を張って返す。
前衛が不安にその声を震わせては頼りない。
ここは虚勢を張ってでもかっこつけるところだ。
僕は剣を構えて、僕たちをじっと睨むホブゴブリンの出方を窺う。
なにかを探るような目つきにも見えるが、今はそれどころじゃない。
僕の心に一抹の違和感が去来した瞬間、それを好機と捉えたホブゴブリンが僕を襲う。
力任せだが、速さのある剣撃はその剣筋の稚拙さを覆い隠す。
僕は最小限の動きでその連撃を受け止め続けるが、力を逸らしきれずに手首や肩にダメージが蓄積させてしまう。
徐々にヒートアップをみせる敵の剣の重さに釣られるように、僕は肉体強化の強度を引き上げていく。
体内で発生した摩擦によって体温が上昇していくのを感じながら、疲れを知らないその剣の嵐を受け止め続けた。
そして、受ける剣からふっと重さが消える。
僕は一瞬、それがどういう意味なのか理解できずにその様子を窺うしかできなかったが、直後それの意味を理解する。
「リオン。ナイスだ!」
横から飛び出したヴィリムくんが隙を晒したホブゴブリンの胸目掛けて剣を突き出していた。
「ダメ!ヴィリムくん──!」
「なっ」
唇を歪めて嗤うホブゴブリンがその醜悪な面をヴィリムくんに向ける様が僕の目には映し出されていた。
そして奴の振るう剣は僕を無視し、ヴィリムくんへとその凶刃を向ける。
───フェイント。
脳裏に過ったその技法を思い出した時、既に自身を守るために引いていた僕の剣が彼を守るのにはもう間に合わないことを悟り、一瞬時が止まった。
「勘が当たったぜ」
後ろから聞こえてきた自信に満ちた声が、止まった時間の流れを再び元に戻す。
そしてその声の直後に剣戟が響いた。
耳元でなった金属同士の激突音と共に、僕の視界の隅に火花が散る。
「ポランくん!」
歯を見せて獰猛に笑う彼に僕の心が喝采を上げた。
あの一瞬の危機を勘で捉えたポランくんが僕の後ろから回り込んで、ヴィリムくんへの凶刃を弾き返したのだ。
野生とも言えるような鋭い勘に僕は心の中で感謝を述べる。
「───ッ!」
そして自分を貫きかけたその剣が弾かれるのを見たヴィリムくんの顔が一気に生気を取り戻し、体勢を崩したホブゴブリン目掛けて再び剣を突き出した。
今度は勇まず確実に手傷を負わせるためその場から。
踏み込みが足りないその剣撃を躱そうと身を捻ったホブゴブリンの肩に彼の剣が吸い込まれるように突き立ち、そして流血させることに成功した。
肩の刺し傷は剣の動きにも影響を及ぼす筈だ。
決定的とは言えないが、力量差をみれば上々な結果と言えるだろう。
「悪い……っ」
相手を負傷させた直後、僕の後ろに飛び退いたヴィリムくんが謝罪を口にする。
その顔は悔しさに溢れている。
「おう。感謝しろ。つっても山勘だけどな!」
「ダメージは与えられた。これはヴィリムくんのおかげだよ」
ヴィリムくんは致命傷を与えられずに悔やんでいるが、そもそもが僕たちにとっては厳しい格上の相手だ。
ポランくんに感謝はすれど、ヴィリムくんを攻めるいわれはない。
それで納得しないのがヴィリムくんなのだろうけど。
ヴィリムくんの一撃が戦闘のひとつの山場だったのか、戦いは再び睨み合いに転じた。
しかし、これは単に相手が警戒を強めたからではない。
その答えは相手の喉からなる唸り声がありありと物語っている。
何かを探るような様子から一変。
完全に戦闘モードに入ったホブゴブリンに僕たちは固唾を飲んだ。
本番はここからだ。




