魔法生物飼育舎
ウィザースプーン魔法魔術学校では、多くの魔法生物たちを飼育していて、生徒たちは、魔法生物飼育育成学の授業で彼らと接している。
城の南側にある温室と畑と果樹園を抜けて、落葉樹の並木道を進めば、魔法生物飼育舎が建ち並ぶ。
授業は、フォルトゥナータ・デボレー先生の指導と監視の下に進む。デボレー先生は、姿を自由に変えられる「七変化」の能力を持つ、ナワル族の女性だ。背が高く、ナイスバディで、美脚で、とても格好いい。この時間は、全学年が持ち回りで魔法生物たちの世話と飼育舎の清掃をする。前の日の担当者が書き残していったノートを読みながら、その日どんな餌を与え、どんなブラッシングをし、どんな運動をさせるかを組み立てるのだ。
今日の二限目は、魔法生物飼育育成学の授業だ。あたしたち鷲の翼寮の生徒たちは、モグラの毛皮のコートを着て、ドラゴン革の安全手袋をはめ、ビーバー革のブーツを履く。そして赤や黄色に染まった葉の下を走り抜け、飼育舎へ向かった。生き物たちに引っ張られる可能性があるマフラーは着用が厳禁なため、首元がすうすう寒いが、そんなことは今に気にならなくなるから大丈夫だ。
「おはようございます皆さん。では、各自担当の作業に取りかかってください。急いで!」
授業は本鈴を待たずに始まった。この時間は、何しろやることが多い。あたしたちはむしろ、デボレー先生が授業開始の号令をかけるより前から、必死で飼育ノートをめくっていた。
ホーンビースト舎には、角を持つ獣が八種類暮らしている。
角が一本のホーンビーストをユニコーンという。馬と、ライオンと、麒麟がいる。
馬とライオンのユニコーンは、額の中央に螺旋状に巻いた長く鋭い一本の角が生えている。おとなしい性格だが、主人によく仕えるので戦闘では強い。
角が二本だとバイコーンと呼ぶ。同じく馬に、ライオンに、天禄がいる。
こちらは馬にもライオンにも、螺旋状に筋の入った太く立派な二本の角が、頭から反り返るように伸びている。やはり主人に忠実だが、気性が荒く血の気が多いので、かなり従え甲斐がある。
麒麟と天禄は、東の地に棲息するホーンビースト、桃抜だ。「龍」の頭を持った鹿である。ひげとたてがみを生やし、体は鱗に被われている。枝のような角は、付け根から先端まで筋肉に包まれていて、触ると温かくて柔らかい。ひじょうにおとなしいかれらは、ほかのホーンビーストとは別に建つ「桃抜舎」に暮らしている。
この授業に今日初めて出席するウェイウェイは、あたしにもウェイウェイにも嬉しいことに、さっそく桃抜舎へ配属された。わがウィザースプーンでは、生徒の種族や出身地に合わせて担当する魔法生物を決めている。桃抜舎には、新聞部のアルバムでも見たとおり、赤、青、白、黒、黄色の子たちがいる。
まったく「おとなしくない」ホーンビーストに、エアレーがいる。かれらは自在に動く長い角と、イノシシのような牙を持ったヤギだ。角の数は二本で、バイコーンに分類される。エアレーの角は飾りではなくれっきとした武器で、生き物を無闇に追いかけるハンターや、無礼な狩人を串刺しにしてしまう。
例外的なのが、百解だ。かれらはホーンビーストのなかで唯一角がなく、ホーンレスと呼ばれることもある。麒麟、天禄と同じく鹿の体に龍の頭と鱗を持つので、ここホーンビースト舎、そのなかの桃抜舎で飼われている。
小高い丘に建つのはウィングビースト舎だ。ここには、翼を持ち空を翔る獣たちがいる。
代表種は、なんといってもペガサスだ。翼の生えた馬の姿をしていて、とても美しい。性格も穏やかだ。優れた飛行能力を持つので、魔法使いは主にかれらを騎馬として扱う。担当は、天馬術部員のシンシアだ。
翼の生えたライオン、シャルベーシャ。たてがみは立派で、ふさふさしている。無闇な殺生はしないけど、とても強い獣である。
グリフォンは、上半身はワシ、下半身がライオンの猛獣だ。前脚のかぎ爪は大きく握力が強いので、わしづかみにされないよう気をつけたい。かれらに物を預けると固く守ってくれるので、お宝の守護獣として飼うセレブが多い。
グリフォンに似た、ヒッポグリフ。こちらは、体の前半分がワシで後ろ半分が馬の姿だ。気位が高く、機嫌を損なうと後ろ脚で蹴られてしまう。
アレクセイは今年からここで作業している。今年からというのは、彼はもともと鳥類舎でサンダーバードの世話を担当していたからである。彼が、片想い中のシンシアの近くにいたくて、一年生の頃から二年間、担当変更希望届を出し続け、今年、やっとウィングビースト舎に転属させてもらえた──ということはみんなが知っている。そして例のごとく、知らぬはシンシアのみなのだ……。
ウィングビーストか鳥類か、分類に迷う生き物にアンズーとペリュトンがいる。
アンズーとは、ライオンの頭を持つワシだ。頭がライオンなので獣とも、鳥の体と翼を持つので鳥類ともいえる。
もう一種はペリュトン。こちらは、牡鹿の頭と脚、ワシの胴体と翼を持った魔法生物だ。頭には二本の立派な角が生え、全身は翼の先まで青い。特徴はなんといっても影を持たないことである。
そして、貔貅。豹の頭にライオンの体を持つ、東の国の猛獣だ。毛は灰色で、たてがみはなく、翼は扇形である。頭のてっぺんには、角が一本後ろ向きに生えている。
鳥小屋と呼ぶには大きすぎる鳥類ドームには、鳥たちが暮らしている。
サンダーバードは、体内にデンキウナギのように発電器官があり、雷を発することのできる巨大な猛禽類だ。鋭く尖ったくちばしと、三対もの翼を持つ。羽ばたきで生み出す風は嵐のように強く、鳴き声は雷鳴にそっくりである。名前通りの生き物だ。
コカトリスは、ヘビの尻尾を生やした巨大なニワトリだ。鳥類ドームにいるけど、この子はニワトリなので飛べない。毒と、見たものを石にする力を持っている。
雪のように真っ白なのは、カラドリウス。全体的に白いのだけれど、冠羽、首の襟巻き模様、尾羽、脚だけは黒い。この子たちは病を吸い取ってくれるので、魔法界の医師である癒師がよく相棒に連れ歩いている。
カラドリウスとは反対に、闇のような漆黒の羽を持つ、テスカトリポカ。口からときどき黒い煙を吐く、夜行性の鳥だ。唯一、顔に黄色いしま模様がある。足は一本、左脚しかないが、鏡のようにピカピカした黒い鱗が生えていて綺麗だ。星の見えない夜にも北を正確に示してくれるので、魔法使いが旅のお供に好んだといわれている。海を渡って西にある大陸の、北と南を繋ぐ地域に棲息している。
こちらも黒い鳥、バンシーバード。雨のときに飛び、雨が降るのを知らせてくれる雨鳥だ。翼は、見る角度によって緑色に反射する濡れ羽色。首は、ハゲワシのように曲がっている。悲しそうな顔だちで、鳴き声も人間のむせび泣きのように聞こえるので、「嘆きの子」と呼ばれている。かれらは昔から雨予報に役立ってきた。
真紅と金色に彩られた美しい羽を持つ、フェニックス。五百年に一度、自分の体を燃やして死に、その灰の中でひな鳥として再生する。死んでも蘇ることから「不死鳥」と呼んだり、炎のような翼から「火の鳥」と呼んだりする。立派な冠羽と長い尾羽を持っていて、クジャクと極楽鳥が合わさったような姿だ。とても美しく、羽の一本まで貴重な生き物である。
不死鳥に似た外見の、鳳凰。ニワトリの頭とクジャクの体を持ち、五色絢爛な翼を誇る。赤、青、黄、緑、紫の鮮やかな羽は、個体ごとにそのうちの一色が目立つため、受ける印象は少しずつ違っている。東の国では不死鳥と同じくらい貴重で人気のある生き物だそうだ。
八咫烏は、東の端の国に棲む三本足のカラスだ。雨の日でも曇りの日でも太陽の位置を教えてくれるので、気象予報士や天文学者から大切にされている。
そして、今も城南側に建つ「霙の塔」に住んでいる、ブルーフラッフィーボム。ブルーフラッフィーボムは、空色のふわふわしたまんまるの鳥だ。本来は深い森に棲んでいる。「キュイキュイッ!」という元気な鳴き声と、鮮やかなスカイブルーの体をしている。とても目立つし、隠れるのも下手だ。心ない魔法使いやハンターに乱獲されて、今では絶滅危惧種に指定されるまでに激減してしまった。
ブルーフラッフィーボムはメロンくらいの大きさで、体重はとても軽い。顔はふわふわの羽毛に埋もれて見えない。オレンジ色の細くて小さな足だけ見ることができる。苔むして柔らかい地面などを歩いて移動する。地面のくぼみに、群れのメスたち全員で産み落とされる卵は、白く光って、まんまる。殻は、魔法薬の材料になる。
かれらは闇の力に強い耐性を持つ、純真な生き物である。希少で、珍しい。深い谷で育ったあたしも、霙の塔で会うまで図鑑の中でしか見たことがなかった。この学年のみんなも、あたしたち以外にはまだ誰も実物を見たことがないんじゃないかなぁ。
哺乳類舎には、四つ脚の生き物たちがいる。
サソリの尾を持つライオン、マンティコア。俊足で尾の先から毒針を飛ばしてくる猛獣だ。
キマイラは三頭獣。ライオンの頭と上半身、ヤギの頭と下半身、尻尾に長いヘビの頭を持つ。春、夏、冬と年に三回も発情期があるけど、秋のあいだはずっと眠っている。
大きな大きなネコ科の獣、騶虞。ねこじゃらしが大好きな、東の国の魔法生物だ。特徴はカラフルな毛並み。全身に、赤や紫、青や緑、黄色や黒の毛がまぜこぜに生えていて、ど派手なしま模様に見える。それからふさふさのたてがみと、リボンのようにひらひらうねる長い尻尾。口元と目の上には、ぴんとした長いヒゲがある。瞳はブラックオパールのようにきらきら色を変える。慣れた人には少し湿ったピンクの鼻先を押しつけてくるのが可愛い。心を許すと触らせてくれる巨大な肉球は、とってもぷにぷにしている。
リュークロコッタとは、一言で言うと野獣である。見た目は二本の角を持つ巨大なレイヨウだが、騙されてはいけない。その性格はハイエナのように獰猛だ。耳まで大きく裂けた口と頑丈な三枚歯で、なんでも噛み砕き食べてしまう。動きがとても素速いので捕獲には苦労する。とても珍しい両性具有の生き物である。
砂漠に棲む獣、アメミット。ワニの顔、ライオンのたてがみと上半身、カバの下半身を持つ。好物は生き物の心臓。餌やりのときの血を滴らせたワニの牙はすごい迫力だけど、かれらは「お座り」と「待て」ができるとてもいい子なのである。
魔法生物飼育舎にいる一番大きな生き物は、オリファントだ。かれらはとにかく巨大なゾウである。その大きさは、非魔法動物のゾウが二メートルから四メートルなのに対し、オリファントのほうは十五メートルから三十メートルもある。性格はおとなしい。長い鼻と、大きな耳と、小さく優しげな赤い瞳と、口の横から八方に向かって突き出すように生えた象牙を持つ。頑丈な体と高い持久力を誇り、長距離を旅するときの乗り物として重宝された。
カトブレパスは、巨大なヌーだ。頭がとても重たいので、いつも俯いている。コカトリスのように、毒と、見たものを石に変える能力の持ち主だ。でもその性格はおとなしい。自然界では川辺に棲んでいる。
マフートとムシュフシュは、よく似ている。どちらも砂漠に棲む生き物だ。
マフートとは、ろくろ首のライオンで、狩りが得意である。
ムシュフシュの姿はもう少し複雑だ。ライオンの上半身からヘビの頭が伸び、ワシの脚にサソリの尾を持っている。猛獣だけど平和を好む、平時は穏やかで寡黙な動物である。
チュパカブラは、毛むくじゃらでトゲだらけの吸血獣だ。真っ赤な目と鋭いかぎ爪を持つ。顔がぱっくり割れるほど大きな口には、下あごから剣のような牙がたくさん突き出ている。家畜、なかでも特にヤギの血を好むので、「ヤギの血吸い」とも呼ばれている。かれらはカエルのようにジャンプが得意だ。懐くとトゲをぺたりと寝かせて毛だけになり、体を撫でさせてくれる。リカルダの担当生物で、相当馬が合うのか、授業中は彼女にべったりだ。
獏は、東の端の国の生き物だ。人の悪夢を食べて生きている。姿形は非魔法動物のバクに似ているが、バクより毛足が長く、口からはイノシシのような牙が飛び出ている。白目は横に伸び、全身に大きな斑点がある。悪夢に悩まされ、安眠を求める魔法使いは多いので、ペットとして人気が高い。
龍のように長い体を持つ、鎌鼬。真っ白なイタチだ。こちらも東の端の国に棲息している。この子たちは可愛い。そして、可愛いだけじゃない。鎌鼬は、つむじ風を起こしながら空中をシュルシュルと走る。人懐こい生き物で、人と遊ぶのが大好きだ。ただその前脚には、鎌のように反り返った大きくて鋭い爪があって、とても切れ味がいい。鎌鼬にじゃれつかれると、風で髪がぐしゃぐしゃになり、爪で皮膚がぱっくり裂ける。見た目の可愛さからペットとしての人気が高いけれど、危険もついてくる生き物だ。野生では冬によく出没する。体はとても柔らかく、毛も触り心地がいいので、爪にさえ気をつければ良い湯たんぽ代わりになる。
一番人気はカーバンクル舎だ。カーバンクルとは、額に宝石が埋まった小さい動物たちのことである。とても可愛い魔法生物だ。
種類はたくさんいて、ネズミ、リス、ウサギ、フェネック、キツネ、オコジョ、カコミスル、レッサーパンダ、クリップスプリンガー、ハリネズミ、そしてモルモットなど。みんな、おでこに色とりどりの宝石が埋まっている。
宝石は、赤や緑や黄色や紫など、どの子も色がとっても綺麗だ。それに、お散歩で野原に連れていってあげたときなんて、頭は一番太陽光を浴びるから、宝石もとりわけ輝く。ジャンプをしたり振り向いたりしたとき、辺りにもプリズムのように細かい光を振りまくので、一緒にいると世界がキラキラして見える。その情景は、幻想的で、楽しくて、美しい。跳ね回るクリップスプリンガーや、ちょこちょこ走り回るリスも可愛いけど、特に、膝に乗せて抱っこして撫でられるモルモットが、中でも断トツで人気を集めている。
おでこの宝石を輝かせて、同じくらいきらきらしたつぶらな瞳で見つめられると、ついつい餌をサービスしてしまう。そのため、この子たちのノートには、体重が折れ線グラフになってこと細かく記録されている。飼われている動物が太るのは、世話をしている人の責任。気をしっかり引き締めなくては……。
魔法生物飼育舎にはプールもある。いくつにも分かれたプールには、それぞれ水棲の生き物が泳いでいる。かれらの世話は、水に引きずり込まれる危険性があるから上級生しか任せてもらえない。だからあたしも覗いたことしかない。
ここにいるのは、水魔、ヒュドラ、グランガチ、ヒッポカンポス、カプリコーン、オドントティラヌス、ケートスだ。
水魔とは、タコに似た軟体動物だ。ぺたぺたした皮膚を持ち、すばしこく泳ぐ。藻にまみれて眠るのが好きなので、プールを掃除したあとにはすぐ水草を追加してあげなくてはならない。ぷよぷよして可愛いので、魔法使いのあいだでは、手のひらサイズに変身させて飼うのが流行っている。
ヒュドラは、頭が九つある水ヘビ。沼に棲んでいて、よく口から毒を吐く。体は一つだけど頭がたくさんあるから、どの子も餌を食べたがる。配分を間違えると喧嘩になるので、注意が必要だ。
体を魚の鱗に被われたワニ、グランガチ。南半球にある大陸に棲息する生き物だ。大きな前足と小さな後ろ足を持ち、尾ビレは魚のものである。ほとんど水底に沈んで眠っている。凶暴そうな外見に反して日光浴を好むなど穏やかな性格の水棲生物である。
ヒッポカンポスとは、海の中に棲む馬だ。上半身が馬で、下半身が巨大な魚の生き物である。騎馬として乗りこなすにはコツがいるけれど、一度仲良くなればよく従ってくれるらしい。
少し似ているカプリコーンは、川の中に棲んでいる。下半身はヒッポカンポスと同じで魚だけど、上半身はヤギだ。反り返った立派な角とあごひげもある。かれらは頭突きが得意なので要注意である。
下半身が魚シリーズの三番目は、オドントティラヌス。川の中に棲むホーンビーストだ。その頭はヤギュウで、上半身はライオン。肉食で食欲旺盛。頭には角がなんと三本も生えている。ホーンビーストの中でもかなり珍しい三角獣である。
似ているけれど下半身が魚ではなく海獣のものであるのが、ケートス。犬の顔、鯨の胴体、アシカのヒレを持っている。
爬虫類舎には、ヘビやトカゲなど、鱗に被われた魔法生物がいる。ラミアー族のルジェナは、主にこの爬虫類舎で生き物たちの世話をしている。
体の両端に頭がついている双頭のヘビ、アンフィスバエナ。尾であるはずのほうにも頭があるから、かれらの捕獲は難しい。あたしたちにとっては飼育舎を掃除するときが大変だ。
いつも眠っているのは、オピーオーン。陸上に棲む、大きな海ヘビだ。かれらの体は闇のように暗い鱗に被われているんだけど、体の中にはまばゆい光が灯っている。口を開ければ光が溢れるため、魔法使いたちは昔から灯りとして重宝してきたが、常に眠っているためにほとんど利用できないのが難点だ。
自分の尾を飲み込み続けているヘビは、ウロボロス。いつも輪っかになっている。かれらの習性だけど、そうしてると安心するなんて可愛いよね。
一際気性が荒いのが、クロウクルワッハ。頭にヒツジの角を生やしたヘビである。とても好戦的なので、ほかの個体とは隔離して育てなくてはならない。血の流れる人工川と噴水で、いつも楽しそうに水浴びならぬ血浴びをしている。
ヘビのように見えてヘビではないようにも見えるヘビ、ケツァルコアトル。羽にびっしり被われているから一見何かと思うけど、かれらはヘビだ。顔以外、全身羽毛に包まれている。顔の鱗は白く、首から尾まで生える羽毛は金色。吐く息は焚き火を長持ちさせる。海の向こう、西にある大陸の北と南を繋ぐ地域に棲んでいる。
南半球にある大陸の生き物、イピリア。オパールのように虹色に輝く綺麗な鱗を持った、白いヤモリである。一生のほとんどを沼の底で眠って過ごす。一年に一度目を覚まして、草を食べ、雨雲を吐く。その鳴き声は雷鳴のような音がする。運よく起きているときに会えると、その大きな黒い瞳はとても可愛いのだ。
サラマンダーは、体に炎をまとった火トカゲだ。寝床には燃え盛る焚き火を好む。灼熱の体の中では火花が弾けている。発情期になると口から花火を飛ばすので、火傷には十分に注意すべし。
一風変わっているのは昆虫舎だ。ここにはミルメコレオがいる。ミルメコレオとは、ライオンの頭を持ったアリジゴクだ。かれらは普段、地中に引っ込んで暮らしている。アリを捕食するので、ウィザースプーンにある花壇のアリ駆除に一役買っている益虫たちだ。あたしたちのクラスでは、アラクネ族のエリザベスが面倒を見ている。
あたしの担当は、バロメッツの畑。バロメッツとは、ヒツジの入った大きな実がなる植物、いわゆるビーストプランツだ。
バロメッツは一株につき一匹が育つ。実は、へその緒に似た長く柔らかな茎で地中の球根と繋がっている。茎の先端からは、白い毛のこんもりと丸いお化けカボチャほどもあるヒツジが身を乗り出すようにして実っている。
茎に切り込みを入れると、血のように真っ赤な樹液が流れ出る。この樹液は、ヴァンパイア族の貴重な栄養源となるため、ウィザースプーンでは積極的に栽培、搾汁が行われている。
羊毛のほうは、衣類や毛布など汎用性が高く、いくら収穫できても困ることはない。
かれらは新鮮な牧草を食べて育つ。あたしはプランターをいくつも運び、自由に歩けないバロメッツが飢えないよう並べた。
じわじわと滲んできた額の汗を拭う。秋の冷たい風が今はとても気持ちがいい。
この時間は体力勝負だ。魔法生物たちのために駆け回るうち、時間はどんどん経ってお昼前になるから、あたしたちもお腹が空いてくる。
ああ、今日も昼食が待ち遠しい……。
バロメッツたちが目の前の牧草に夢中になっているあいだ、手早く羊毛の手入れもしてしまう。
白い毛の先端から櫛を入れ、絡まりをほどいていく。細かく、辛抱強く、丁寧に、何度も梳かす。全体的にふんわりしてきたら、今度はハサミだ。チョキチョキ動かして、かさを増してもっこもこに膨らんだ毛を梳いていく。鉢の下に敷いたシートに、白くてもふもふの毛が落ちていく──。
「──あ、待って。ハサミは抜く前に一度開いてあげて」
「こ、こう?」
バロメッツはたくさんいるから、一株でも多く剪定してあげたくてざっざか手を動かしていたんだけど、そうしたら、隣で作業をしていたジャスミンに止められてしまった。この時間は、鷲の翼寮と星の影寮の合同授業だ。だからジャスミンがいる。あたしは動物の授業より植物の授業のほうが得意なんだけど、ジャスミンに会えるからこの時間も好きだ。
ジャスミンの言葉を受けて、あたしは、梳きバサミを半開きにしたまま固まる。ジャスミンがこっちに手を伸ばしてきて、ハサミを持つあたしの指をもっと広げた。
「このくらいよ」
「う、うん、わかった。やってみる」
シャキン、シャキン、とさっきより遅く切ってみる。一回一回切るごとに、しっかりハサミの刃を開く。──確かに、白い毛の中から梳きハサミを引き抜きやすくなった。あたしはちょっと感動してジャスミンのほうを向く。ジャスミンも笑顔だ。
「そう。優しくね。わたしたちも髪の毛を引っ張られたら痛いでしょう? 速くなくてもね、いいのよ」
そう言うジャスミンの手元はかなり速い。ハサミが流れるように動いていく。さすが、手慣れてる。格好いい。そして彼女の羊毛は、今日も、真っ白さも毛並みも素晴らしい。地面にしゃがんでいるのに、相変わらず姿勢もいい。
「お腹空いてるの? そう、いい子ね」
ジャスミンが、毛を梳いてあげながらバロメッツに話しかけた。バロメッツはプランターに頭を突っ込み、一心不乱に牧草を食んでいる。前向きな食欲は可愛い。口元あたりの草がわさわさ揺れるのも可愛い。牧草のプランターにちょこんと乗せた前足も可愛い……。
ぴゅうっと、冷たい風があたしたちのあいだを吹き抜けた。
「あ、ジャスミン、風よけの魔法かけて。飛ばされちゃう」
せっかく集めたバロメッツの白い毛を守ろうとして、あたしはハサミを指にはめたままシートの上に覆い被さった。
「わっ、大変──屏風よ、広がり盾となれ」
あたしの頭の上で、ジャスミンが呪文を唱えて杖を振る。彼女の杖は綿の木製、そして芯はなんとバロメッツの心臓の琴線だそうだ。とっても運命的。
飛ばされそうな羊毛をかき集めて、ついでにバロメッツの体に残っている白い毛も回収する。そんなどさくさに紛れて、あたしはバロメッツの羊毛に手を埋めてみた。
ふわふわ、もこもこ、柔らかい。そしてあったかい。ブルーフラッフィーボムといい、バロメッツといい、ふわふわしているものは、どうも人を惹きつける何かがあるよね……。
無心でバロメッツの毛を堪能するあたし。その様子を隣でじっと見ていたジャスミンが、突然言った。
「クリスマスプレゼント、今年はセーターにする……? わたしのでよければだけど……」
「えっ!? ジャスミンのセーター!?」
あたしは勢いよく顔を上げた。ケンタウルス族(羊)のウールセーターなんて。贅沢すぎる。牧草に夢中のバロメッツが、ふんす、と小さく鼻を鳴らした。
あたしは聞き間違いじゃないか確かめる。
「いいの……!?」
「白でもよければなんだけど……」
ジャスミンがはにかんで笑う。そんなことはもちろんウェルカム、嬉しいに決まってる。
「えっ、白、すごくいい! ……でもほんとにいいの?」
ケンタウルス族の毛なんて、結構貴重だと思うんだけど。あたしはジャスミンが無理をしないよう、もう一度控えめに聞いた。
「ええ。手入れのたびに紡いで、毛糸玉にして貯めていたの。わたし、積極的に売るタイプじゃないから……」
ジャスミンはちょっと照れくさそうに笑って、頷いた。
そう。ケンタウルス族の人たちも、生まれつきお小遣い稼ぎが出来るのだ。彼らは季節の変わり目に迎える換毛期や、気分転換のために、定期的にブラッシングと、散髪ならぬ散毛をする。そうして採れた毛は、アラクネ族の糸と同じでリサイクル部に買い取ってもらうのだ。
人の上半身と草食獣の下半身を持つケンタウルス族。その草食獣の部分にはもちろん種類がある。馬、鹿、シマウマ、ヒツジ、アルパカ、ヤギ、ヤギュウ、スイギュウ、フタコブラクダなどだ。
彼らの中で、ロレンシオみたいに下半身に馬の体を持つケンタウルスたちは、尻尾の毛をバイオリンの弓の素材として提供したりする。
そして、ジャスミンのように体に長い毛を持つケンタウルスの人たちは、毛織物に協力している。
馴染み深いウールは、ヒツジの毛だ。厚手のセーターやマフラーになる。
見た目はくるくる、触るとさらさらしている毛は、アルパカのもの。なめらかで丈夫なので、コートに向く。
カシミヤヤギの柔らかな毛は、薄手のセーターやカーディガン、ストールに最適だ。水を含んでいるようなしっとりした手触りと、軽さと、ツヤツヤした光沢が特徴だ。
ジャコウウシの産毛はキヴィアックという。彼らは極寒の地出身で、その毛は寒さから一番身を守ってくれる。軽くて強いので、マフラーや手袋が作られる。
細くて長いラクダのキャメルヘアは、なにより蒸れない。優れた吸湿性と放湿力を持っていて、毛布や靴下に加工される。
──という感じに、その種類と用途はたくさんだ。
家畜たちの毛より手入れが行き届いているから良質で、人口や気分によって提供数も変わるから希少だ。織物の素材としての人気はかなり高い。
彼らにとって毛並みはアイデンティティなので、長い毛を持つケンタウルス族の生徒は、みんな手入れに余念がない。それから、男子生徒のあいだで年に一度流行るのが、剃り込みのスタイルだ。ドラゴンだったり炎だったり、みんな渾身の力作をわき腹や背中にこさえてくる。我が校の夏の風物詩である。アクセサリーに頼らない分、ウィザースプーンの中ではケンタウルス族が一番天然のおしゃれさんかもしれない。
ジャスミンの真っ白い羊毛に包まれる自分。もこもこだろうなぁ。あったかいだろうなぁ。あといい匂いもしそう。あたしはすっかりその気になってしまった。
「……お、お願いしちゃおっかな……?」
「いいよ」
「わぁありがとう!」
嬉しくて、楽しみで、ぱちぱち小さく拍手する。
──そうだ。あたしからジャスミンへのクリスマスプレゼントは何にしよう。今年は、前の日にいくら食べても朝になればわんさか実る木苺の鉢植えとか、ふうふう息を吹いて本のページをめくってくれたり、夜になると子守歌を歌ってくれるサイコトリア・ペッピギアーナ(ルージュを引いた人の唇にそっくりな、ぷっくりつややかで、真っ赤な花だ)とかより、もっと凄い物を贈りたい。
考えていたらジャスミンにちょんとつつかれた。
「早くやりましょ。このあとまだあるんだもの」
「──あっ、そうだよね」
そうだった。このあとは前足の爪切りと、真っ赤な樹液搾り、芽吹いたばかりの子羊たちに飲ませるミルクの用意が待っているのだ。そして時間はない。急ごう。
たくさんの魔法生物がいるウィザースプーンだけど、飼育していない生き物ももちろんいる。西の地方に棲むドラゴンやワイバーン、ギーブル、東の国に棲む龍、砂漠に棲むバジリスク、海に棲むクラーケンたちがそうだ。
ドラゴンは、空飛ぶ巨大な爬虫類だ。四つ脚で、体は頑丈な鱗に被われ、大きな飛膜の翼と、尾とかぎ爪を持っている。牙は鋭く口は大きく、炎や氷を吐いたりする。
ワイバーンは、二つ脚のドラゴンのことをいう。前脚と翼は一体化していて、歩くときは地面すれすれに翼を近づける。体はドラゴンより一回り小さい。
ギーブルは、足のないドラゴンである。その姿は、背中に翼を生やした大蛇だ。吐く息には毒があり、草木を枯らす。
龍とは、東の地域に棲息するドラゴンだ。頭から尾まで同じ太さの体は、とても長い。かれらは翼もないのに自在に空を飛ぶ。顔には枝のような角と長いひげがある。
バジリスクは、巨大なヘビである。猛毒と石化の能力を持っている。その毒には解毒薬がなく、その瞳に睨まれるとほかの生き物は石になってしまう。
クラーケンは、巨大な頭足類だ。太い触腕には、トゲの生えた吸盤がびっしり並んでいる。その吸いつく力は強力で、海を行く船をたびたび水中へ引きずり込み、絞め上げて破壊する。難破船の大半はクラーケンの仕業だ。かれらが吐く墨は落ちない。
かれらは巨大で、獰猛で、長寿で、何より自由を欲する生き物だ。なので、魔法界ではその飼育は禁止されている。棲息域は保護区になっていて、一般人の立ち入りは固く禁じられている。
それでも、その格好良さと力強さで、あまたの魔法使いを魅了してやまない、素敵な生き物なのである。
カーバンクルの説明文は、一部、青山晃太様より頂きました。ありがとうございます。
また同じくカーバンクルの、モルモット種につきましては、闇ヒツジ様よりアイデアを頂きました。ありがとうございます。




