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人形店 ピノッキオドリーム  作者: 佐藤 敏夫
第一章 ピノッキオドリーム
9/22

そうして彼女は報告しに行った 2

 ピノッキオドリームの工房内。乾かすために吊るされた人形に埋もれるようにして、クリエは黙々と作業をしていた。

 アルミ線を切り、それらを組み合わせて人の形を作る。作られた形を微調整してポーズをとらせると、接着剤を差して形を固定して台に載せた。できあがったのは、アルミ線でできた簡素な骨組みだ。

 クリエは出来上がった骨組みをもう一度確認すると、小さく頷いて粘土の塊を取り出した。その塊から小さく粘土を千切り取ると、それを指先で捏ねながらその人形へと肉付けてゆく。

 粘土は骨となり、肉となり人形を形作っていった。

 僅かに垂れ目気味でいつもは優しげな光を湛えている瞳は、いつになく真剣だ。

 やがて四肢が出来上がったところで、ようやく一息入れるように人形から顔を離した。

「久しぶりにみたけれど、相変わらず大した腕ね」

「はは、ありがとう」

 クリエの隣で魔法のように人形が出来上がっていく一部始終を見ていたノーラが、頃合いを見計らったようにひどく感心したような声音で声を掛ける。

 しかし、クリエにとってこの程度の造形はちょっとした手遊びのようなものだ。これで誉められてしまうのは少しばかり気恥ずかしい。返答に困ったクリエは、謙遜混じりの苦笑いで礼を言った。

「謙遜は日の本の国の美徳だけど、過ぎた謙遜は嫌味になるわよ?」

「そうだね、気を付ける」

 折角誉めているのだから素直に受けとるように、と穏やかにたしなめられると、クリエは素直に頷いた。

「ところで、これはキリエへの贈り物かしら?」

「うん、そうだよ」

 ノーラは机の上に置かれた素体をしげしげと眺めながら問いかけると、クリエは手についた粘土を雑巾で拭き取りながら応えた。

 素体といっても、今にも動き出しそうなほど精密に作られた少女の人形だ。このままでも十分に贈り物として通用するだろう。

「作業時間を減らすのに速乾性の粘土を使ってみたんだけど上手くいった」

「メユ達に作らせるための下準備かしら」

「ううん。こっちは僕がキリエに贈るための人形。メユ達の人形はあっちだよ」

「あら意外とちゃんとした形になっているのね」

 そう言って棚に厳重に保管されている人形の一つを指さすと、ノーラも納得したらしく柔らかく微笑んだ。

 今はもうネメシアの所有物になって必要以上に入れ込まないようにはしているようだが、ノーラはメユの話題になると嬉しそうな表情を浮かべる。その変わらない愛情にクリエもなんとなく嬉しくなる。

「さて、またせたね。ノーラのメンテナンスを始めようか」

「お願い」

「それじゃあ、服を脱いで作業台に上ってもらえる?」

 クリエに促されるままにその給仕服のボタンを外していく。ノーラは服を脱いで下着だけになると、作業台に上ってその身を横たえた。

 蛍光灯の下で文字通りの白磁の肌が無防備に晒される。

 一見すれば妙齢の女性と見間違えるほどの美しさ。けれど、要所に埋め込まれた球体の関節が彼女を人間ではないことを強調する。

 その有機的な無機質さ。命なき生命。そこには決して交わるはずのない二つが、矛盾することなく見事に調和して存在し、ある種の艶かしさを醸しだしていた。

「目立った損耗はないけれど、少し可動域に磨耗があるね。最近動きにくくなったりはしてない?」

「少し右膝のあたりに違和感が」

「やっぱり」

 そんな至高の芸術を前にしてなお、クリエは淡々とした口調で問いかける。ノーラは確かに芸術品ではあったが、同時にクリエにとっては家族も同然。ならば、彼女を前にして臆する理由もない。

 ましてやそれが、不調を訴える家族を前にすれば尚更だ。

「外すよ」

「お願いします」

 クリエは短く告げると、四肢を繋ぎ止めるためにノーラの内側に張られた皮紐を緩め、慣れた手つきで彼女の右膝の関節から下を取り外した。

 人形は粘土や合成樹脂で作られている。しかし、ノーラのように自分から動き出すようになると生体のような柔らかさを帯び、同時に爪や髪の毛など本来なら伸びるはずのないものが伸びるようになる。

 理由はわからない。そもそも、動く理由さえ詳しくはわからないのだ。ただ、それでも「どうしてやれば良いのか」だけは手にとるように分かった。

「痛くない?」

「問題ありません」

 粘土を少量の水で溶かし、関節の球体部分に塗りつける。それを膝に宛がうと軽く動かして滑らかに動くように微調整すると、余計な粘土を取り除いて再び脚を取り付けた。

「動かしてみて?」

 ノーラはクリエに言われた通りに何度か膝を曲げ伸ばしすると満足げに頷いた。

「……えぇ、前よりも大分動かしやすいわ」

 その言葉にクリエは安堵したように吐息を漏らす。

「ノーラはあくまでも鑑賞用の人形だからね。そんなに強く作っていないんだ。今度来たときに関節部分は摩耗しにくい樹脂製のものと交換するから、それまでは当面はこれで我慢してほしい」

「ありがとう、クリエ」

「ううん。家族だもの、これくらいやらせてよ」

 そうして、そのまま一通り調律をしてもらったノーラはクリエに手渡された服に袖を通しながら作業台から降りると、改めて軽くストレッチをして自分の身体の感触を確かめる。

 どうやら彼女も満足するできだったらしく、クリエに向かって柔らかく微笑んだ。

「お疲れさま、ノーラ。紅茶でも飲んで一休みする?」

「良いわね。じゃあ、そこで待っていてもらえるかしら?」

 クリエがお茶の準備をしようと腰を浮かせかけると、ノーラはそれを手で制する。キョトンとするクリエにノーラは少し肩を竦めてみせた。

「私だって、たまには貴方を労いたいのです」

 彼女の言葉にクリエは「そういうことなら」と再び腰を下ろす。

 薬缶に水を汲んで湯を沸かしながらノーラはてきぱきと紅茶の準備をする。

「ところで、メユの様子はどうかしら?」

「どうっていうのは?」

「ネメシアとの関係、ですよ」


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