そうして彼女は作り始めた 4
「わ……」
初めて店内に入ったニトは、店内を見渡しながら思わず感嘆の溜息が漏らした。
紅茶の良い香りのする店内は、アンティーク調に統一されていて、狭いながらもついつい長居してしまいたくなるような落ち着いた雰囲気を醸し出している。
視線を壁のほうへと移せば、棚には大小さまざまな大きさの人形が飾られていて、どれも愛らしい表情でまだ見ぬ家族が迎えに来てくれるのを待っていた。
「どう? 初めて入った感想は?」
「外から見ただけじゃわからなかったけど、すごく良い雰囲気」
「良かった、気に入ってくれて」
ニトに感想を訊ねると、心底気に入ったとでもいうように笑顔で応えてくれた。それを聞いて看板娘のメユも嬉しくなる。来客数は少ないかもしれないが、ここはメユの自慢のお店なのだから。
その笑顔に釣られるようにして、ついメユも店の中の人形達を紹介してしまう。
「おや? お帰りメユ。お客さんかい?」
「うん。ニトって言うの」
「初めまして、ニトです」
「そっか、君がメユの言っていた子だね」
そんな話声が聞こえたのか店の奥からエプロン姿のクリエがやってきた。そして二人の姿を認めると、店の主らしい柔らかい笑みで出迎えてくれた。
ニトが自己紹介をしてペコリと頭を下げ、クリエはそんな彼を歓迎するように手を差し出した。
「人形を作りに来たのだろう? それじゃあ、汚れるからこのエプロンを着て」
そう言ってクリエは作業用のエプロンを手渡すと、工房の中へと案内してくれた。
工房は、中央に人一人が横になれるくらい大きな作業台があるだけで、先ほどの店内とは打って変わってシンプルな作りである。ただ作りかけの人形があちこちに吊るされているので、少しだけ不気味な雰囲気だ。
クリエに促されて工房の中へと進み、メユとニトは作業台の向かいに座った。
「メユ達がその手に持っているのは人形の材料かい?」
「うん、粘土とアルミ線」
「ちょっと見せてもらって良い?」
「はい」
言われるがまま粘土とアルミ線を作業台の上に出すとクリエは感心したような声を出した。
「クリエ、どうしたの」
「いや、良い粘土を買ってきたと思ってね。人形作りには最適な粘土だよ」
どちらも工房に常備しているもののはずなので、不思議がっているとクリエはそう言って褒めてくれた。面と向かって褒められると何かとこそばゆいもので、メユはニトと顔を見合わせて照れ隠しをした。
「粘土もいっぱいあっただろうに、その中から自分達で選んだのかい?」
「ネメシアさんが教えてくれました」
「ネメシアが?」
クリエは「そうなの」と視線でメユに問いかける。メユは認めたくなかったが、事実は事実だし、ニトがあっさりとネタ晴らししてしまったので唇を尖らせながら頷くしかなかった。
「クリエ、なんで笑うのさ」
「いやぁ、他意はないよ。ネメシアらしいと思っただけさ」
クリエがクスクスと笑うと、メユは憮然とした表情で彼に食って掛かった。ニトはそんな二人のやりとりを楽しそうな表情で眺めていた。
「さて…… じゃあ、そろそろ人形作りを始めようか」
「はい」
しばし歓談した後に、クリエがそう切り出すと二人とも笑いを収めて真剣な表情になった。その様子だけで、二人がどれほどキリエに贈るための人形作りを真剣に取り組んでいるかを察することができた。
「まずはデザインを決めてしまおうか」
「デザイン、ですか?」
「分かりにくかったら設計図と言い換えても構わないよ。どんなものを作るか最初に決めておくんだ」
ニトが訊ね返すとクリエは、うん、と頷いて目尻を下げた。
人形作りでのコツは、最初に何を作るか決めておくことだ。その最初の一歩が曖昧だと自ずと出来上がる作品も曖昧なものになってしまう。
しかし、人形作りを初めてする人間に、いきなりデザインを決めろと言ってもなかなか難しい。クリエは幾つかの人形の素体と、人形のラフ絵をメユとニトの前に並べた。
二人がラフ絵を手に取ると、そこには繊細なタッチで描かれた生き生きとした少女達の姿が描かれており、思わず感嘆の声が上げた。
「これ、全部クリエさんが描いたんですか?」
「もちろん。実際に人形を作る前には必ず作品の下書きをするからね。
……今回はこの中から気に入ったものを選んで欲しい。それから、人形のポーズをデッサン人形で作ってみて」
「分かった」
メユはクリエの言葉に頷き、二人は一斉に作業に入った。
………
「お疲れ様、二人とも」
「あ、ありがとう。クリエ」
「ありがとうございます」
デザインを決め、ひとしきり作業を終えた後、クリエは二人のことを紅茶とクッキーで労った。
人形作りは一日では終わらない。作業そのものにも時間が掛かるけれど、それ以上に粘土を乾燥させるためにも時間が必要である。ましてやクリエのように人形作りを生業とする者ではなく、人形を初めて作るメユやニトが主体となって作るのであればなおさらである。
気長に作る必要があると言っても、子供たちにそれだけの忍耐力を要求するのは少々酷な話だ。
そのため、クリエは作業の短縮のために予め骨組みとなる人形を作っておき、そこに肉付けするような形で人形を作るように提案した。それなら圧倒的に作業の手間も時間は短縮できるし、二人も満足できる作品を仕上げることができるだろうと踏んだのだ。
実際メユもニトもキリエのため、一生懸命作業はしているものの年相応の集中力だったし、一日目の作業が終わる頃には集中力は完全に切れていた。ただ、それを含めて一生懸命やっている姿は微笑ましいと思った。
「御馳走様でした、また来ます」
「あぁ、いつでもおいで。気を付けて帰るんだよ?」
紅茶を飲み干したニトがペコリと頭を下げて立ち上がる。クリエは空いた器を片付けながらニトに向かって微笑んだ。
「またね、ニト」
「うん、またね」