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人形店 ピノッキオドリーム  作者: 佐藤 敏夫
第一章 ピノッキオドリーム
5/22

そうして彼女は作り始めた 2

 クリエに休暇をもらってニトに会いに行く。待ち合わせ場所である公園の噴水前に行くと、時間前だというのにもう既に彼は待ち合わせ場所で待っていてくれた。

 メユがニトに向けて手を振ると、周囲の目線を気にしつつも少しだけ恥ずかしそうに手を振り返してくれた。

「待たせちゃった?」

「ううん。ちょっと前に来たところ」

「そっか、それは良かった」

 待たせてしまっては申し訳ないと思い小走りで駆け寄ると、ニトは緩やかに首を振って穏やかな笑みを浮かべた。

「それで…… 早速だけど、どうだった? 姉ちゃんに贈れそうな人形とかあった?」

「あー…… それなんだけど……」

 とりあえず、一通り人形を探した結果を説明することにする。

 ピノッキオドリームで取り扱っている人形は主に芸術品目的で作られているので、ノーラに贈り物として贈るには少し適切ではないということ。着せ替え人形はあったものの主に観賞用のものであって子供の小遣いではとてもではないけれど買えるような代物ではなかったこと。

「ごめんね、ニト。キリエにあげるのに丁度良い人形が見つからなくて」

「ううん。メユが言うのなら仕方ない」

 こういう時こそ看板娘としての面目躍如の場面だとは思うのだが、残念ながら力及ばず見つけることはできなかった。

 分かっていたとはいえ、やはりニトの表情に落胆の色は隠せないようだった。

「でも、安心して。代わりに私がキリエのための人形を作るから」

「メユが?」

「うん。上手くできるか分からないけどね。人形作りならクリエが教えてくれるから」

 だから、きっと大丈夫。

 そう告げると、少し落ち込み気味だったニトはパッと顔を明るくした。その表情は、ニトがキリエのことをどれほど大切にしているかを知るには十分だった。なんだかニトが嬉しそうだと、こちらまで一生懸命なにかしてやりたい気持ちになってくる。

 深々と頭を下げるニトに、メユは「私に任せてと」胸を叩いた。

「あのさ。僕にも何か手伝わせてよ」

「うん。それなら…… これから材料の買い出しをするから、一緒に来てくれる?」

「分かった」

 ニトはこちらの急な提案にも快く頷いてくれた。

 人形を作る上で必要なのは技術ではなく思いであるとは言っても、材料がなくては話にならない。

 クリエは「うちにある物は好きに使って構わないよ」とは言ってくれたけれど、これは私達がキリエに渡す贈り物なのだ。折角手作りの贈り物をするのだから、できる限りのことはやっぱり自分達でやりたい。

 分からないことはともかく、最初からクリエをあてにするのは間違っていると思う。

 ……と、二人でお小遣いを握りしめて勢い込んで公園から街の方に出てきたまでは良かったものの、その考えは早くも改めることになりそうだった。

「粘土だけでも、こんなにあるんだね……」

「本当、どれを買えば良いんだろう……」

 何はなくとも粘土と芯材は必要だろうと思って売っていそうな手芸店までやってきた。正直なところ、どちらも「粘土」や「芯材」とタグが付けて売られていると思っていた。仮に種類があっても数種類しかなくて、その中から選ぶことはできるだろうと高を括っていた。

 しかし、実際にはどうだろう。

 一口に粘土と言っても、油粘土、紙粘土など、粘土にはいくつもの種類があったし、それらの粘土の中にも用途に合わせて幾つも商品が売られているようだった。芯材に至っては、目的に合わせて材料の種類が違っている始末だ。

 これでは選びようがない。

「店員さんに訊いてみる、とか?」

「ううん、多分無理だと思う」

 そもそも工房でクリエが作っている様子を注意深く思い返してみれば、彼はいくつもの材料をその用途に合わせて使い分けていた。仮に普段からクリエが使っているものがこの中にあったとしても、目的のものを探し出すというのは至難の業だろう。

「どうしようか……」

「残念だけど…… 出直し、かな……」

「……そうだね。そうしようか」

 こんなことなら、見栄など張らずに最初からクリエに一緒に来てもらえばよかった。そんな若干の後悔と共に二人でため息を吐き、踵を返して店をあとにしようとする。

 すると、丁度店内に人影が入ってきた。

「おや、もうお帰りですか? お嬢さん」

 軽薄な口調のくせに妙に身なりの良い男。

 その姿に私は妙に覚えがあった。

「……誰? メユの知り合い?」

「うん。うちに出入りしている業者」

「おいおい、そりゃないよ」

 隣に居たニトが耳打ちして訊ねてきたのでぶっきらぼうに応えると、ネメシアは私達に向けて苦笑を浮かべた。

 そんなことを言ったって、彼はピノッキオドリームに材料を卸していくついでにクリエが作った人形を買い付けていくので、私は何一つ間違ったことを説明していない。それとも、何か私はニトに嘘を教えているとでも言うつもりだろうか。

「まぁ、確かに事実だけどさ…… でも看板娘らしく、もうちょっと愛想ってあるだろ」

「ネメシアに振りまくような愛想はありませーん」

「まったく…… 可愛げのないやつだな」

 ネメシアに向かってアッカンベーっと舌を出すと、芝居がかった大げさな身振りで呆れて見せる。そんな私達の遣り取りを隣で見ていたニトは、クスクスと楽しそうに笑っていた。

「仲良いんだね」

「ニトは何を見ていたの?」

 一体何を見ていたのか。どうやらニトの目は節穴だったらしい。ため息をついて呆れると、ネメシアは「なかなか見る目があるじゃないか」と爆笑した。

 一体、誰がネメシアみたいな奴と仲良くしようなんて思うのだろう。

「僕はニトって言います」

「そうか、君がニトか。俺はネメシア。メユの言う通り仲買業者をしている。 ……よろしくな、ニト」

 ニトが自己紹介をすると、ネメシアも「私には絶対に見せない丁寧な口調で」改めて自己紹介をし、ニトに向かって手を差し出した。

 そのネメシアのこなれた様子が、なんだか余計に私を腹立たせた。

「それで、ネメシアはなんの用があってここに来たの?」

「業者が商品の買い付けに来るのは普通のことだろう。そっちこそ、ピノッキオドリームの看板娘が仕事を放り出してこんな所に何をしに来たんだ?」

「なんだって良いでしょ」

 私が何をしていようとネメシアには一切関係がない。ニトの手を引いて店から出ようとすると、ネメシアはヒョイと横に動いて私達の進路を塞いだ。

「……何よ」

 邪魔をするのなら蹴っ飛ばしてやろうと思って顔を上げると、ニンマリとした笑顔を浮かべているネメシアと目が合った。その意地悪そうな表情と言葉に思わずドキリとする。

「人形を作ろうと思っていたんじゃないのか?」

「……っ! なんで、知っているのよ!」

 思わず、私はお店の中で大きな声を出してしまった。

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