解かれた封印
「マンジュリカーナ・イト・レ・プーレラ・レムレア・カーオレ」
天空に轟く雷鳴、金剛石から放たれた暗黒が交錯し、大地さえ大きく震えた。いま、『イト』の封印は解かれたのだ。『マンジュリカーナ』の霊力の一部を持つ『サキ』の乗ったトビヤンマを除き、上空のカラスヤンマの群れは、稲妻に打たれことごとく消滅した。
「エビネ城に戻りましょう、大臣がおっしゃったことを信じましょう」
トビヤンマはエビネ城に方向を変えた。すでに彼女を追ってくるものはいない。
そっとエビネ城の中庭にトビヤンマは降りた。しかし、少し様子がおかしい。人影がないばかりか、地下に続く階段からは砂埃が巻きあがっていた。
「二人は『ラクレス』たちの待ち伏せに襲われたのかも知れない……」
トビヤンマを空に待機させて、『サキ』は地下の水牢へと足早に降りていった。水牢には遠くエビネ池から再び水を引いていた。
「『スタッグ』はエビネ池の底にある、秘密の地下道から虹の村に行くために、ここまで降りて来たのに違いない」
しかし『サキ』の目の前には、崩れた岩盤に塞がれた水牢が残っているだけだった。
「『スタッグ』はここを脱出した後、この入り口を埋めたのかも知れない」
彼女は空から虹の村に行くために、階段を戻ろうとした。その時かすかな声が聞こえた。
「は、母上か……」
『スタッグ』の力のない声が、がれきの下から聞こえたのだった。
トビヤンマが仲間を呼びにいった。『スタッグ』はエビネ城での出来事を『サキ』に話した。
二人がエビネ城についた時にはすでに皆『虹の村』に向かっていたのだ。彼は大臣たちが『虹の村』に向う事は聞いていた。『コオカ』にやられた脇を抑え『リンリン』にこう告げた。
「脇の傷は、少し経てば回復する、『リンリン』、『虹の村』に急ぐんだ。そして『テンテン』たちと一緒に戦ってくれ」
「嫌、私もここに残る。この城だって狙われているかも知れないじゃないの」
「それはない。『イト』の封印を解いても『虹の村』にある『虹の原石』が必要なんだ、七龍刀の中でも最強の赤龍刀を原石に捧げなければ、その全ての力を手にすることはできない。寄り代になる、それは自分の命を捧げるということなんだ」
「ドクン」
『リンリン』の鼓動がひとつ大きく打った。
「『レッド・ホーン』も『オレンジ・バイス』も七龍刀の中では飛び抜けて強力だ。それゆえ四つに分けられた。『レッド・ホーン』はひとつあれば寄り代になれる、『オレンジ・バイス』は『アギト』の寄り代のためのものだ、これは四つを全て揃える必要がある。そう大臣から聞いたことがある、ハハハッ、イテテッ」
スタッグは脇を押さえた。顔色は少し戻って来ているが、傷口はまだ開いていた。
「俺の『オレンジ・バイス』を君に預ける、これを『バイス』に渡してくれ。彼こそ『アギト』の寄り代になれる唯一の男だ」
『スタッグ』は右腕の爪で自分の左腕を落とした。そしてそれを器用に握ると『リンリン』に差し出した。左腕はオレンジ色の光とともにやがて結晶して、丸い玉に変わった。
「さあ、この『オレンジ・バイス』を……」
「ドクン、ドクン、(だめ、『スタッグ』……)」
『リンリン』がそれを手のひらに受け取ると、胸の鼓動がさらに大きく打った。
「これが、『オレンジ・バイス』。これが……」
『テンテン』の顔がこころなしか歪んだ。
「ああ、それを『バイス』いや『アギト』の寄り代『ドルク』に渡してくれ……」
『ドルク』と言う言葉を聞くと、『リンリン』の鼓動は止まった。そして低い笑い声が地下に響いた。七色に美しかった『リンリン』の身体は手のひらから次第に、漆黒に染まりはじめていた。彼女は『スタッグ』に背を向けたままこう言った。
「『ドルク』その言葉をあなたから聞きたくなかった」
ゆっくりと振り向いたのは、再び漆黒テントウに戻った『ブラック』だった。
「私は、ここでずっとあなたといたかったのにね。『スタッグ』、あなたの言う通り『虹の村』に行きましょう。今度こそヤツらを皆殺しにするためにね」
「な、何だって? 『リンリン』、まさか君にも『ラクレス』が二重の呪術をかけていたのか」
「ブラック・サンダー・ボルト!」
「さようなら、『スタッグ』。王国一、美しくて強いタガメ」
『リンリン』はこう言い残し、地下を出て行った。




