第94話 姫野の好きな人の話
「泉井君と佐々木君はまだサッカー部入ってくれーって言ってきたりするの?」
「いんやー、言わないなー。涼平も翔もちゃんと理由があれば最初からあっさり引き下がってたろうし、逆に迷惑かけたかも」
「そうなんだ? まあ二人とも真面目そうだしね。でもそれじゃあ、いつもどんな事話してるの? やっぱりサッカーの事?」
「それもあるかな」
吉永のお陰で、涼平と翔と仲良くなれてリリンクをしまくるようになったのはマジだ。
だけど、それを手放しで喜べるかと聞かれたら、答えは微妙と言わざるを得ない。
まあ翔の方は別にいいんだけど、涼平は姫野の事を聞きまくってくるので、どうにか正気を取り戻してやりたいと思っているのが現状。
うーん……どうしよ。その辺、聞いてみるか?
でもなぁ、姫野の話題になると目に見えて機嫌悪くなるんだよなぁ、吉永。
今のこの空気は壊したくない。
壊したくはないけど、吉永に黙って姫野にコソコソとコンタクト取る方が、後で知られた時に不機嫌になりそうな気もする。
……だな。涼平の為にも、ここは俺が吉永に怒られてやるか。
「……これマジで絶対内緒にしてて欲しいんだけどさ、姫野さんの事でちょっと相談あるんだけど質問していい?」
「絶対内緒って……なになにー? 別にいいよ、冬の何聞きたいの?」
あーあ、またいつもの笑顔なっちった。
澄ましたような、貼り付けたような。
いつからか吉永が見せるようになった笑顔。
そりゃ可愛いけどさ……。
「ああ、別に、そんなたいした事じゃないんだけどな? うちのクラスの男子が、まあ、なんだろ、なんて言うか……アレなんだって」
「アレ?」
「アレだ。いつだったか吉永が懸念してた通りって言うか。……男子の何人かが、姫野さん狙ってるんだよ」
「あー……。言って、もう一学期終わるしね。中学までならとっくに何人か告ってる頃だけど一組の男子から告られたーって話はまだ聞いてないね。他のクラスとか上級生からはバンバン告られてるみたいだけどね」
「そうなのか。一応俺が把握してる限りでは、一組はまだ誰も告ってないはずなんだけど。一人二人は夏休みにでも告白する気になっちゃってて、どうすっかなーって」
二年が終わるまでは同じクラスなんだから、結果を急がず早まるな。
と、適度にアドバイスしながら抑え込むのもそろそろ限界だ。
「どうするも何も告ったらいいんじゃないの?」
「いいのかな? なんて言うか、気まずくならないか?」
「そりゃなるでしょ」
「だよなぁ……」
「でも告白したいなら、させてあげればいいんじゃない? きっぱり振られる方が早く次にいけるだろうしね」
「そう、か」
俺は吉永に振られても全然諦められる気がしないけど、振られたからってそんなに簡単に次へ次へいけるもんなのかな。
……てか、吉永はどうなんだろう?
まだ三好の事が好きなのは間違いないとは思うけど、ちょっと気持ちが冷めるくらいはしてるのかな。どうなんだろ。
いや、気持ちが全然冷めてないから姫野の事とか敏感に反応しちゃうのか。
「振られた男子が冬の事をどう思うかなんて知らないけど。ただ、冬は告白された後も普通に仲良くしたがるから、気まずくなるかどうかは相手次第だけどね」
「そう言えば前にそんな事も言ってたっけ。なるほどなー」
恋愛関係、男女の仲。
姫野冬華はその辺の事が全くわからないのではないか。
もしかすると恋愛感情や性的欲求を抱かない人ではないか。
所謂『アセクシュアル』と呼ばれるタイプの人なのかもしれない。
以前、吉永はそんな感じの予想を口にしていたけど、実際の所はまだわからない。
単に好きになれるだけの相手に出会ってないだけの可能性もあるし、後はまあ男性ではなく女性に惹かれるなんて事もあるかもしれない。
「うん。それにだけど、たとえ届かないとわかってても、それでも好きって言いたいなら、その気持ちは尊重してあげてもいいんじゃないかなって、思うよ」
「うん、それは確かに。そうだな。そうかも」
「うん」
告白する勇気もない俺みたいな駄目な奴が、親切ぶって他人の告白を邪魔する方が駄目だったかも。
「あ、じゃあついでにもう一個だけ聞いていい?」
「ん? うん、答えられる事だけねー」
「そんじゃ、姫野さんってやっぱまだ好きな人とか、そんな感じの人居ないの? 居るならこれから告る奴にも可能性あるかもだし、居ないなら可能性ゼロなわけだろ? そこだけ聞いときたいなって」
「……ま、そうかもね。0%と1%じゃ全然違うしね」
「だろ? それで、そこんとこ実際どうなんだ? NGならそれでもいいから」
「それもう、ここでもしNGとか言ったらその時点で怪しすぎるって言うか、答え言ってるようなもんじゃない?」
「あ、そっか。いや! じゃあやっぱ今の質問はいいわ。取り消しって事で、ははは」
今の質問をした時点で、吉永が嘘でもつかない限り俺の望む答えは得られてしまう。
そして、吉永はこう言う話で嘘をつかないだろう。
ついさっきも他人好きを尊重してあげた方が良い、みたいな事を言ってたように、そう言った感情や気持ちを大切にする人だから。
「いいよ、別に。……それで冬に好きな人がいるか、って話しだけど」
「おう」
「好きな人と言うか、気になる人なら居るってさ」
「え? ……マジ?」
あの姫野に気になる人が?
どんな奇想天外な生物なんだろうか。ちょっと興味ある。
「マジマジ。でー、その気になる相手ってのが──……深山の生徒じゃないみたい」
「おおー、なるほどなー、学外か。まあプライベートも色々あるだろうしな。──って、それもう、うちのクラスの男子どころか学校の男子全員脈無しじゃねぇか。……マジか、可哀想に」
「ねー、可哀想。鹿島も冬には気を付けなさいよー?」
「俺か? んー、気を付けるもなにも、姫野さんは友達感が強過ぎるって言うか。見てる分には面白いんだけどな。はは!」
「だねー! さーて、お昼も食べたし水着選びに行こっか!」
「うぃーっす」
涼平達が告白するって言うならそれはもう止めない。
ただし、撃沈した後のフォローはしてやろう。
この事実をどうやって泉井たちに伝えるべきか……。