第95話 一歩踏み出す事
鹿島の反応を確かめたくて、つい嘘をついてしまった。
冬の気になる人。
……い、いいよね。別に、いいよね。
全部正直に言う必要なんてないし、そもそも冬の言う気になるって多分ズレてるから。
全然、こんなの嘘ついたうちにも入らないよね。いいよね。
鹿島の事が好きとは言ってなかったし、冬もこんな事で怒ったりしない。全然大丈夫。
「吉永? 聞いてる?」
「あ、な、なに?」
鹿島にアプローチする為に誘った水着選び。
嬉しくて恥ずかしくて楽しい時間のはずなのに、移動中の電車では冬の事ばかり考えてしまって、改札を出て鹿島に話しかけられた事で思わず我に返った。
「何って事もないけど、水着選ぶとか言われても俺そんなセンスないからなって話」
「ああ、いいのいいの。買うのは今度冬達と行った時にするから、今日は参考までに鹿島──男子の意見も聞きたいなーって」
「あ、今日買うんじゃないのか。いや、でもそうだな、それならちょっと肩の荷が下りたかも」
「ふふふ、気軽に意見くれたらいいから」
鹿島はいつだって目の前の事に真剣だよね。
水着を選んでとお願いしたから、頑張って選ぼうとしてくれてるんだろうけど、もちろん、そんなのはただの口実。
私はただ、休みの日に鹿島と一緒に居たいだけ。
ちょっと前に身長聞いた時は173センチとか言ってたから、今はもう少し高いのかな。
電車の中で人混みから私を庇うよう目の前にいてくれて、今もすぐ隣で歩いているせいか、いつもより大きく思える。
「……ねえ、鹿島」
改めて近くで見た鹿島はやっぱり格好良くて、どうしようもなく好きなのだと実感する。
「ん? 何だ?」
不思議な気持ち。
鹿島を好きになったせいで不安になる事が増えたのに、鹿島を好きになったお陰で、昔より強くなれたようにも思う。
「──後輩の……。さっきの塾にいた、松下さんなんだけどさ」
「ああ、真か。あいつがどうかした? 初対面だとちょっと絡み辛かったか、ごめんな」
鹿島が下の名前で女子を呼んでいる所は初めて見た。
食事中もその事ばかり頭に浮かんで不安だった。
私の知らない所でどんな子と遊んでいるのか、何をして遊んでいるのか、誰と付き合っているのか。
質問するのは怖い。付き合ってるとか言われたら泣くかもしれない。
「仲良さそうって言うか、家に遊びに行くみたいな事言ってたけど、よく遊んでるの?」
怖いけど、前に進むしかない。
「んー、まあ、子供の頃からよく遊んでたから、仲は良い方かもな。家に遊びに行くっつっても用事がある時とか、母さんの仕事が遅い時とかに面倒みてくれたりとか、そんな感じかな?」
「あ、へー。仲良いんだ?」
え、何それ? 幼馴染みたいな感じ?
付き合っては無いのかな? でも、家に遊びに行く仲なんだ。
ヤバ、視界が歪んできた。
「まあなあ……。うちは、まあほら、俺が小三の時から親父が入院生活だったって事もあるからさ」
「あ、うん、そうだよね」
その理由はよくわかんないんだけど、それで寂しくなって、あの後輩とお互いの家にお泊りするような関係になったって事?
それもう彼女じゃなくて通い妻とかなんじゃないの……。
うーわ、しんど……。いつからなんだろ……。
「真ん所──ってか、松下のオジさんは俺の面倒見る為に、わざわざ近くに引っ越してくれたからなー。いやー、マジで一生頭上がらないかも、ははは」
「そう、なんだ?」
何の話しだろう。
よくわからないんだけど、私がおかしいのかな?
「その、松下のオジさんって言う人が、さっきの後輩ちゃんのお父さんなんだよね?」
「そうそう」
「えっと、なんでそのオジさんが鹿島の面倒見る為に引っ越して来たの? 知り合いだったの?」
さっきから質問ばかりしてるのは嫌だけど、気になるんだから仕方ない。
鹿島が下の名前で呼び捨てにする女子。
抱き着かれても無理に振りほどそうともせず、互いの家に遊びに行く関係。
気にならない方がどうかしてる。
「うん? いや、だから知り合いも何もオジさんだって。母さんのお兄さんだからー、あっちか? “人偏”に“白”の『伯父』さんでいいんだっけ? 漢字合ってるかな。弟の方がこの漢字だったか、どっちだっけか。伯父と叔父があってややこしいよな」
あ。オジさんって──。
「え? てことは、オジさんってオジさんって事?」
「え? 何? なんか哲学的な話でもされてる? もしくはダジャレみたいな?」
「ちっ、違う違う。あっ、やっ、何でもない何でもない! あはは……」
「そう、か?」
微かに首を傾げた鹿島が不思議そうに私を見ている。
はっず!
オジさんってそのオジさん?!
って事は何? つまりあの後輩ちゃんは。
「あ、じゃあさっきの後輩の松下さんって、鹿島の従姉妹さん……で、合ってる?」
「そうだけど……あれ? そう言わなかったっけ? そう言や言って無かったような気もしてきた」
「普通に聞いてない」
「マジか、悪い悪い。でもまあ、後輩でも従姉妹でもどっちもあんま変わらないか」
笑顔を浮かべる鹿島は相変わらず格好良くて、見る度にドキドキする。
だけど、言ってる事はどう考えてもおかしいでしょ。
普通に考えて後輩と従姉妹は全然違うと思うけど、鹿島の頭の中って女子に対する認識バグってんじゃないの?
って、言いたかったけどギリギリ我慢した。
鹿島がそんなだから……クラスの女子も勘違いしちゃうんだよ。
こっちの気も知らないで誰とでもすぐ仲良くなっちゃうんだから、私とだけ仲良くしてくれたらいいのに。
「ま、いいけどね」
「何がいいんだ?」
誰か一人特別に想っている相手が居ないと言うなら、今はそれだけでいい。
だってそれは、頑張ればこの夏で私が鹿島の特別になれるかもしれないって事だから。
それがどれだけ大切なのか。勝手に不機嫌になって、勝手に鹿島に当たった自分が恥ずかし過ぎるんですけど……。




