第70話 一度心配し始めると
鹿島が食べたいと言うから早起きして、冬に邪魔されながら焼いたチーズケーキだと言うのに、当の本人が食べずに帰宅してしまった事で若干イライラ。
待っていて欲しいと言ったのに、勝手に帰るし。
だから、一言二言だけ抗議の意味を込めたリリンクを送ったものの、既読は付かず。
三十分経っても一時間経っても既読が付かなかったので、冷静になった私は抗議のチャットを送ったのが恥ずかしくなって、いくつか別のチャットを送って誤魔化す事にした。
それでもやはり既読は付かず、どうしたんだろう、と。
人間とは面倒で、一度心配し始めると次々に不安が襲いかかって来るように出来ているのか。
夕飯の味はわからないし、食事中にスマホばかり見るなと皆の前に注意されるし、食後の勉強は集中出来ないし。
いつもすぐに反応してくれる鹿島からの返事。
それが少し遅いだけで気も漫ろになるなんて、自分の事ながらどうかしていると思う。
でも、どうかしているくらいに鹿島の事が好きなのだから仕方ない。
『体調悪くて寝てたみたい。心配不要』
服部から届いたリリンクを見てほっとしつつも、やはり心配になる。
「鹿島君体調悪かったんだ! 大丈夫かな? 大丈夫かな、紅葉」
「あっちには鹿島のお母さんもいて、今は青島君も服部君もいるから大丈夫大丈夫」
私の部屋でゴロゴロと転がっていた冬が心配そうな顔をしたので、とりあえず安心させる言葉を掛けたけど、私の方がずっと心配しているのでそれどころではない。
正直、今すぐ家に行きたいと思っていて、電話くらいはいいのかなとか考えてしまっていたりもする。
「大丈夫大丈夫、シマっちの身体超頑丈そうだから」
「超頑丈かどうかはわからないけど、青島とか鹿島君って中学までガチガチの体育会系でしょ? 今だって身体鍛えてるとか言ってたから大丈夫じゃないの。わからないけど」
「体育会系って風邪とか引かないイメージあるあるー」
「ホントだ! そう言えば、鹿島君風邪引いた事無いって言ってた!」
冬と同じく、私の部屋でパジャマに着替えて寝転がっていた愛実と夕花も口を開いた。
ゴールデンウィーク以来の女子会となるけど、やっぱり一組だとこのメンバーが一番落ち着くかもしれない。
「球技大会の鹿島凄かったもんねー」
「泉井君が沢山ゴール決めてたよ!」
「ああ、サッカーだっけ? 私は殆ど応援いかなかったけど、泉井君が頑張ってたんだっけ」
「佐々木っちと泉井が頑張ってたよー」
夕花達の話を聞いた私は、ああこう言う事なのかと納得。
かつての私がそうだったように、誰も試合中の鹿島を見ていない事を少し寂しく思いながらも、自分だけがしっかりと見ていた事を嬉しく思った。
未だにサッカーの話は意味不明だけど、佐々木や泉井が言っていたように、素人目線から見ても鹿島は群を抜いて上手かったように思う。
だけど、ゴールを決めに行くポジション? フォワードだっけ。
あれじゃないから、どうしても目立たないと言うか……。目立って欲しくないと言うか。
「それよりモミモミー」
「もー! そのあだ名やめてよ、愛実ー。ちょっ、ふふふ、やめてやめて、あはは」
球技大会の鹿島を思い出して頬を緩めていると、ベッドに飛び乗って来た愛実が、私の胸を軽く触りながら質問をしてきた。
いやらしい手付きではないからいいんだけど、くすぐったいんだよね。
「ほらほら、紅葉から離れなさい。どうせなら自分の揉んでなさいよ、この中じゃ愛実が一番大きんだから」
「自分で揉むくらいなら宗ちゃんに揉んでもらうー」
「うーわ。服部で想像したくないから止めてよね」
「でも男子ってホント胸好きだよね、何なんだろうねアレ」
全然見られてる気配はないけど、鹿島も好きなのかな。
そもそも男子はエロいって聞くけど、学校でそんな感じは全然しないような……。
それはまあ、小学生の頃は変な男子が居るって聞いた事もあるけど、私も冬も女子高だったからその辺はよくわからないし。
私達の方がエッチな話してる気がするんだけど、どうなんだろう。
「え、私も女子のおっぱい好きだよ?」
「それは愛実はそうかもだけど、私は別にどうでもいいよ。たまに綺麗だなって人はいるけど──あ、冬華とかね。体育の着替えの時だって、冬華のスタイルには惚れ惚れするけど、でも、揉みたいとかは思わないね」
「冬はスタイルいいからね。お母さんがイギリス人なのもそうだけど、おじさんもクオーターだからやっぱりその辺の遺伝が強いのかな」
「へー? そうだったんだ? 姫ちゃん殆ど外人さんじゃーん。いいなー、背もあるしー」
「今は171だっけ? ホントモデルさんだよね──」
皆で冬の身体をジロジロと見ながら、プロポーションについて話す事しばらく。
布団の中に潜り込んで簀巻きみたいになって、顔だけ出しながら黙っていた冬が、顔を真っ赤にしながら頑張って話に入って来た。
「な、なんで、胸を揉むんですか?」
冬の周りでエッチな話は厳禁だったと言うか、私がそれとなく止めていたから。
だから、最近になって少しずつ増えて来たこの手の男女のお話を聞く度に、冬は顔を真っ赤にしてしまう。
好きとか嫌いはわからなくても、流石の冬もその手の話の意味は理解出来ている。
だから、少しずつ慣れて行ってもらわないと、大学に行った瞬間に変な男に引っかかりそうで怖いんだよね。
「何で揉むのかは男子に聞かないとわからないけど、エッチってそう言うものなんじゃないの? どうなの、愛実」
「え? うーん、何で揉むのかは私も聞いた事ないからわからないけど、好きな人に触って貰うのがいいんだよー」
「な、なるほど!」
「おお~、ヨシヨシ~、姫ちゃんもそのうち分かる日が来るよ~」
布団から顔を出した冬の頭をわしわしと撫でた愛実は、そのまま話を続けた。
「姫ちゃんはまだシマっちの事がお気に入りのままなの?」
「う、うん。……そのはず!」
「そのはずって、自分の好きな人くらい何となくぱっと浮かばないの? 冬華だって1回くらいときめいた事はあるんじゃない?」
冬が鹿島をお気に入りだと言う発言に未だに動揺はするけど、冬の言葉に深い意味がない事はわかりきっている。
だから、鹿島が冬を好きになる事はあっても、今はまだこの子が鹿島を好きになる心配はしなくていい。
冬が誰を好きになるのかなんてわからないけど、もしこの子が誰かを好きになれば、男子は喜んでこの子の手を取ってしまう。
だからどうか、鹿島以外を好きになって欲しい。
「……と、ときめき。あ! でも、好きな人なら小学生の頃にね、えっと──」
「また小学生の話ー。姫ちゃんは可愛いなー、中学の時とか誰かいなかったのー?」
「うーん……」
「でも初恋は大事なものだからね。小学生から続く恋だってあるわよ。ね、冬華」
「う、うんうん!」
話をばっさりと切った愛実にたじろいだ冬に、夕花が優しい声を掛ける。
夕花の言う通り、初恋は大切だと思う。
出来る事なら、鹿島の初恋は実って欲しいと思う。
たとえその相手が私じゃなかったとしても、たとえそれで泣く事になったとしても。
鹿島の初恋は実って欲しいと考えている。
だからこそ、間違っても恋愛がわかっていない冬のような子にだけは、惚れないでいて欲しい。
気になって何も手に付かなくなる