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第68話 これが現実だと分かったから


 吉永のご両親と妹の葵ちゃんが帰宅したのは17時手前。


「ただいまー、みんないらっしゃいねー」


 最初にリビングに現れたのは、何やら食材を詰め込んだ買い物袋を持った吉永の母と思しき人。


 と言う事で、俺も青島も服部も田邊も篠原も、全員席を立ってすぐに挨拶をしようとしたんだけど──。


「ただいまー! 冬ちゃーん!」


「おかえりー! 葵ちゃーん!」


 その前に、吉永の母のすぐ後ろから現れた妹と思しき女子が姫野に飛び付いてしまって、挨拶のタイミングがズレてしまった。


 と言うか、そこはお姉ちゃんに飛び付くものじゃないのか。


 なんで吉永じゃなくて姫野に飛びついてるんだ。


 妹さんは今年から中一とか言っていたけど、吉永と似ていると言えば似ているが、やっぱり姉妹と言っても別人なんだなー。


 とか、そんな事を考えながらも、とりあえず挨拶をする事にした。


「お邪魔しています! これ、詰まらない物なんですが、うちの母からで」

「ああ、そんなの気にしないでいいのにー、ごめんねー」


「お邪魔してます。これはうちとそこの服部の家からで」

「ありがとう。後で皆で食べましょうね」


 姫野と吉永妹に面食らったのも一瞬で、気を取り直した俺と青島が、吉永母に手土産を渡した。


「はじめまして、田邊夕花です。紅葉さんとはいつも仲良くして頂いていて、あ、荷物持ちますね。愛実」

「はーい。これ持ちますので、何処に運ぶかだけ教えて下さい」


「いえいえ、こちらこそいつも紅葉がお世話になっていて。じゃあこっちまでお願いしてもいい?」


 だが、田邊と篠原の完璧な動きに男子トリオは惨敗。


 流石は田邊と篠原だ。


 とにかくまずは挨拶をしなければと必死だった俺達と違って、なんだあの余裕は……。


 こう言う事に慣れておられる。


「いいからいいから、夕花も愛実も座ってて。私がやるから」


「そう? でも、これから夕飯の準備なら何か手伝うよ?」


「大丈夫大丈夫。それはこっちでやるから、皆はのんびりしてていいよ」


 手土産を渡して所在なさ気に立っていた俺と青島と服部は、軽く見合う。


 そして、何もやる事が無いと理解すると、再び椅子に座り直した。


 そんな俺達に対して、のんびりしててと吉永に言われたはずなのに、田邊と篠原は吉永と一緒にキッチンへと向かってしまったと言う……。


「田邊達行っちゃったけど、座ってていいのかな」


「わからん」


「何かした方が良いのか、それとも──」


 いくらのんびりしていろと言われたからといっても、男女平等の時代において女子にだけ家事をやらせるなんて、炎上案件ではないだろうか。


 そんな事を考えた俺達三人だったんだけど、視線の先には、吉永の妹を抱っこしながらグルグル回って遊んでいる姫野の姿があったわけで──。


「……まあ、俺等は勉強でもしてるか。康太も服部も気になる事あれば聞いてくれ」


 姫野あれが許されているなら、たぶん俺らが何をやっていても大丈夫だろう。


そう判断した俺達は、夕飯が整うまで勉強を継続する事に決めた。


「ただいまー。ん? おお、いらっしゃいいらっしゃい」


 だけど、車を駐車していたであろう吉永の父親がリビングに現れた事で、結局勉強は中断する事となった。


「お邪魔してます!」

「お邪魔しています!」

「お邪魔してます!」


 再び教科書を開いた俺達はまたすぐに閉じて、素早く立ち上がると同時に深々と頭を下げた。


 今現在も剣道をしている服部に、俺も青島も運動部に所属していた経験があるからか、目上の人、年上の人への反応速度は全員早い。


 女子が吉永の母と行動すると言うのであれば、男子は吉永の父と行動を共にすれば良いだけの話である。


「ああ、まあまあ、そんなに固くならないで。そのままで大丈夫だよ。今日は皆で勉強会をしていたんだろう?」


「おじさんお帰りー!」


「ただいま、冬ちゃん。葵はちゃんと手洗ったか?」


「洗ってなーい」


「だったら洗って来なさい。最近また色々と流行りだしてるから、しっかりしなさい。冬ちゃんも一緒に洗っておいで」


「はーい! 行こっか、葵ちゃん!」


 流石は二人の娘を持つ父親と言った所か、非常に落ち着いている。


 と言うか、吉永家では姫野はどう言う立ち位置に居るんだよ。


 君は吉永家の家族か何かなのか、姫野?


 なんだその自然なやり取りは、羨ましい。


「おっと、悪いね。元気なのはいいんだけど、紅葉と違って中々元気過ぎてね。まあまあ、座って座って」


 吉永父に促された俺達は口々に返事をして、パパさんが座るのを待ってから再度椅子に腰掛けた。


「それで、三人は紅葉と深山で友達になった感じかな?」


「あ、はい。僕とこっちの──」

「はい。自分とこっちの青島は高校からで」


「あ、僕は一応同じ中学で。と言っても、中学では一度も同じクラスになった事もなかったので、話すようになったのは同じ高校を受けるとわかってからですが。えっと、鹿島蒼斗です。この度は勉強会の為に家を使わせて頂いて有り難うございます!」


 ペコペコと頭を下げながら自己紹介をした俺に続き、青島と服部も自己紹介をしながらペコペコと頭を下げる。


「ははは、そんなに畏まらなくてもいつも通りでいいって。普段通りに話してくれた方が私も気が楽だしね」


 入学式の時にチラリと見た時の印象通り、やはりと言うか何と言うか、吉永パパは爽やかで話しやすい男性だった。


 自分の娘が男を家に招いて勉強会をしている事を、全く何とも思っていないわけではないのだろうけど、それ以上に娘の事を信頼しているのだろうと言うのがわかる。


「了解です!」

「うっす!」

「わかりました!」


「みんなはアレかな? 結構がっしりした体型してるから、何か運動してるのかな? 深山に入って運動部に所属すると勉強する時間確保するのも大変だろう」


「あー、えっと、僕は中学まで野球部で高校は文化系の部活に」


「僕も青島と同じで、中学まではサッカーをしてたんですけど、高校では吉永さんと同じ料理倶楽部に入る事になりまして」


「自分は小さな頃からは剣道一筋だったので、高校でも続けてます」


「そうかそう。どれもいい選択だと思うよ。うちの紅葉も吹奏楽部に入ると思っていたけど、突然料理倶楽部に入ったと聞いたからね。高校生にもなったら、そろそろ何をするかを自分で考えて決めていく方がいいだろうね」


 なんて話やすい大人の男性なんだろうか。


 カッコイイし自信に溢れているし話やすいし、これが家庭を持つ大人の余裕なのだろうか。


「紅葉は冬ちゃん以外の友達を家に連れて来る事もあんまりないから、それこそ鹿島君だったかな?」


「あ、はい!」


「うんうん。中学の頃と言えばそれこそ、鹿島君と同じサッカー部にいた、三好君って子は知ってるかな?」


「あ、はい! 三好とは友達です!」


「おお、悠馬君の友達だったか。紅葉がうちに連れてくる子と言えば悠馬君くらいだったから、男子人口が少ない我が家に三人も男の子がいるのは心強いな、ははは」


「あ、そうなんですね」


 そりゃ俺らが招待されているくらいだから、三好だって何回も来ていて当然だろう。


 何も落ち込む必要はない。


 などと考えながら愛想笑いを浮べる俺を、青島と服部が微妙な表情で眺めている事には気付いたが、気にする事はない。


「なになに! 悠馬君も来るのー?」


「え、悠ちゃん来るの? 久しぶりかもー」


 しかし、微妙なダメージを受けて平常心を保っていた俺だったけど、手洗いから戻って来た姫野と妹ちゃんの言葉に再び受けて、笑顔が引きつってしまう。


「いやいや、こちらの鹿島君が悠馬君と同じサッカー部だったと聞いたから。そう言えば昔はよく遊びに来たなと」


「なんだー、悠馬君来ないのかー」


「いつでも来ていいのにねー」


「ねー! また皆でお泊りしたいねー!」


「高校は他県に行ってしまったみたいだけど、悠馬君も夏休みにはこっちに帰省するんじゃないかな。その時また遊びに来て貰えばいいんじゃないか。去年行けなかったから、今年は三好さん所と旅行に行こうかって話もしている所だよ」


「去年はお姉ちゃんと悠ちゃんが受験だったせいで行かなかったもんねー」


 吉永父、妹ちゃん、後ついでに姫野も。


 家族の口から当たり前のように三好の名前が出てくる度に、中々に心が抉られる。


 近所に住んでいる幼馴染とは聞いていたから、そこは知っている。


 知っている──つもり、だったんだけど、そう言えば、家族ぐるみのお付き合いも普通にあるんだよな、吉永家と三好家。


 いや、これ。俺が勝てる要素あんのか。


「三好とは、サッカー部でよく遊んだんですけど、吉永さんともよく遊んでたんですね」


「そうだねぇ。小学校は別だったんだけど、紅葉は小さな頃から悠馬君にべったりだったからね」


「お姉ちゃんいっつも悠ちゃんの話だばっかりだもんねー。でも私は冬ちゃんと遊ぶ方が好きー!」


「私もー!」


「鹿島君も大学受験が終わって、またいつかサッカーを再開したら、悠馬君と一緒にプレー出来る日も来るかもしれないね。一度繋いだ縁は途切れたように見えて、また交わるのが世の中だから。青島君も、大学に行けばまた野球をやってみるといい」


「……はい!」

「一応、そのつもりです!」


 吉永のお父さん良い事言ってるなー。


 と思う一方で、割としんどい自分がいるのも確かだったりする。


 いやいや、青島も服部もそんな心配そうな目で見なくても大丈夫だって。


「あ、すみません! 晩御飯ご馳走になる予定だったんですけど、ちょっと母に呼び出されたみたいで。自分はこの辺で失礼しますね」


 だけどまあ、一緒に楽しく晩御飯を食べる元気はなさそう。


 これ以上、三好の話はあんまり聞きたくないかも。


「おお、そうなのかい? よかったら送っていくけど」


「ああ、いえいえ、僕はすぐ近所なので大丈夫です! お気持ちだけ有り難く受け取らせて頂きます!」


「えー! 一緒に食べようよー!!」


「……あーっと、蒼斗。用事なら俺も一緒に手伝おうか?」


「いや、家庭の用事だから二人は晩御飯食べて、勉強終わったらうちを訪ねてくれたらいいよ。大丈夫だから」


 最初からわかっていた事だろうに、我ながら今更なにを凹んでいるんだか。


 でも、わかっていたつもりだったんだけど、ちょっと認識が甘かったのかもなぁ。


「じゃあ、紅葉さんにも宜しく言っておいて下さい。また明日の朝にお邪魔する予定なので、その時はまた宜しくお願いします!」


「ああ、いつでもいらっしゃい」


「なんでなんで! 前みたいに晩御飯食べながら映画見ようよー!」


「まあ待てって。蒼斗にも色々事情があるから……。一人で大丈夫か」


 食い下がってくる姫野を制止した服部が小さな声で話しかけて来たので、とりあえず頷いておいた。


「では、今日は朝からお邪魔しました!」


「鹿島君またねー!」


 いつも通り元気よく手を振る姫野に少しだけ元気を貰えた気もするが、今はとりあえず一人で落ち込みたい。


「え、何々? え、鹿島帰るの?」


 そうして玄関に向かうと、今一番会いたくない人に遭遇してしまった。


「んー、ああ、ちょっと用事があって。また明日な」


「ま、待って待って待って! 渡す物あるから! 朝鹿島達が来る前にチーズケーキ焼いたから夕食後に出そうと思ってて、ちょ、ちょっと待っててね!」


 慌てて台所に走っていく吉永の背中を見送った後、俺は黙って帰宅した。

潔く逃げる事にした

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