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第一章 ◆19「魔人リアと初めての共闘をする」



 マナがもうない。エーテルを少しずつ切り崩しながらなんとか戦いの体を成しているけれど、こちらの不利は圧倒的だ。

 エーテルの量を見るに、わたしと奴では5倍くらいの差がある。


 もう何日戦い続けたのか。場所を変え、手段を変え、攻撃し続けてきた。

 こいつをわたしが引きつけ続ける限り、みんなが逃げる時間を稼げる。

 そう思っていたわたしは、現実を突き付けられた。

 わたしが戦っていたのは、ボスではなかった。とある通路の付近へ移動した時、そいつの10倍はあろうかと思われるエーテルの持ち主に、不意打ちを食らった。

 あんなもの勝てるわけがない、と思っていたが、『今戦っている奴』よりは非好戦的だ、近寄らなければ、刺激しなければ危険はない。

 シューターの近くに居るのが気になるが、大丈夫だろう。

 上にはほとんど残っていないはずだし、人間たちの避難が完了したらあとはシヴァルデとミナモ、ガカーノン、リズィあたりと、ツバサとか言う……アレだけだ。


 体が休眠を欲している。なんとか風の束縛を当てて、1分だけでも休まないと。

 そう思う時にこそ当たって貰えないものだ。

 ここまでずっと戦い続けてきたのに、動きに精彩を欠いている。このままでは、死ぬかもしれない。

 死ぬくらいなら人間など見捨てて逃げようか。いや、そんな事をしようものなら契約不履行によるペナルティを受けてしまう。

 それに、元人間として、わたしに同族同胞を見捨てる事なのできるだろうか。いや、できない。


 左右から大風の法で追い込み、正面に風の束縛を放つ。先ほどからよく成功しているコンビネーションだ。これで休める。


「ウガァアアアア!!」

「なっ」


 ぬるりと、合成獣は風の束縛を真正面に向けて駆け出す事で回避してきた。そこに居るのは無論、わたし。

 大丈夫、回避はできる。


 ザグッ


「え?」


 体の動きが鈍い。四本の鉤爪を左の肩口から腹を通り右腰くらいまで受けてしまう。

 途方もない痛みがわたしを襲う。纏っていた襤褸があたりに散る。腹を押さえて屈みこむ。


「まだ、大丈夫、復元魔法を……」


 そのまま突進を食らう。傷口の端から内臓の一部が零れ出る。

 原型復元をするための、マナがない。痛覚を遮断する生魔法が、使えない。

 頬を脂汗が伝う。エーテルを溶かし始めるが……。


「ギャウゥウウウアアア!!」


 体勢が崩れている。

 もう一度爪撃が来る、回避を、と思ったが右足が動かない。最初の一撃で足の付け根の健まで切られていたようだ。

 ここは一応密閉空間だ。ソウルストリームが流れていない。つまりマテリアルが壊れてしまっても、エーテルとマテリアルの繋がりが切れなければ蘇生ができる。

 だが、一定時間が過ぎればエーテルはマテリアルを離れる。そして空気や石、死骸などや別の下等な生き物に流れ込んで無機物生命体や魔獣となる。

 そうなるのは、嫌だな。そう思いながらギュッと目を閉じた。


 ボギュッ、と音が鳴ったのが聞こえた。わたしの首の音かな? となんとなく他人事に思った。

 浮遊感に包まれる。これが死ぬっていう事かしら。


「だ、大丈夫か……?」


 声がかけられる。まだ生きてるみたいだ。

 目を開けてみる。するとそこには。


「……ロ……ス………………?」

「ほんと痛てぇ! ツバサだよ、覚えとけよマジで! 死ぬとこだったぞ!」


 腐れ縁のアイツが、若かった頃の姿で、ボロボロになって、左手一本でわたしを抱えていた。



---



 間一髪かよ……。

 なんとなくどこかに居るんじゃないかって気はしていた。そして確かに、彼女を助ける手段はこの一本道しかなかった。

 もっと早く来ることもできたが、能力なしでは何の力にもなれず足手まといにしかならない。

 ギリギリのギリギリまで耐えてもらって、能力を得た後シューターで直行して命からがら大きい方の合成獣から逃げ、本当に死ぬ直前で助けに入る。

 それだけがただ一本限りの、か細い彼女の生存ルートだったのだ。


 それが正しいかどうかと言われても俺にはわからないけど、シヴァルデは正しいと思って行動したんだ。

 あいつは独善的で自分本位の協力しかしないけど、誰よりも先を見ているんだ。クソ野郎だけど信頼してやらねば。

 本当に助けられてよかった。思い返せばリアとは戦った記憶しかないんだけど。あとは『柔らかさ』か。


 そういえば飛び出した時勝者の憂鬱を使ったんだが何故か一瞬で切れた。その時に左足の骨が折れた。マナ切れか?


「とりあえず逃げるつもりだけど、なんか意見あるか」

「……」


 返答がないので片手でリアを抱えたまま部屋を飛び出る。この世界の重力が軽いのか、リアが軽いのか、俺の筋力が高いのか。

 いずれにせよ縮んだ今の状態でも、白髪銀目の少女は片手でも軽々抱くことができた。

 左足は折れてはいるが、死ぬほど痛くて青くなってるだけで体を支えることはギリギリできる。けど痛いもんは痛い。

 俺たちを追って部屋を飛び出してきた合成獣は、俺たちに睨みを利かせている。


「ウィンドバインドだっけ? あれで足止めってできるか?」

「……」


 涙目でこくりと頷く。体勢的にそれを見ることはできなかったけど、肩に触れる彼女の顔の感覚でわかった。

 この合成獣には、頭が一つしかない。怨嗟の声もない。意思が統一されていて、明確な目的を持って襲い掛かってきているとわかる。

 ならば狙いは一つ。


「でも……当たらない……かも……」


 ここまでの戦いで自信を失っているのか、その声は気弱だった。最初に会った時の気迫が感じられない。


「気が逸れればそれでいい。俺に任せろ」

「え……?」


 何を言ってるんだって顔をしてる。自信があったわけじゃない、けど、ここでやらなきゃ次はない。

 精一杯虚勢を張ってやろうじゃないの。

 俺はリアを後ろにそっと降ろし『小さな』合成獣に向き直る。


『美学だな。よいぞ』

「ダメだったら、ごめんな」


 合成獣が飛び込んでくる。こいつは小さい。さっきのに比べたら遅い。弱点も観察で見えた。なら。

 リアに目配せする。泣き顔で頷く。勝負は一瞬だ。


「風の束縛!」「勝者の憂鬱」

「ギ、ガアアアァアアアァアァアァァァ!!」


 怪我の治療の為に使わなくてよかった。20個ある魔晶石からマナを半分くらい吸い出す。

 整ったベクトルのマナが俺の形質を満たす。スムーズだ。時間の流れが鈍化する。


 ボロボロの俺から、付近に発生する風に意識が一瞬向いたところを俺は見逃さない。この速度なら体感で2秒くらいそのタイミングはある。

 束縛を避けようと体を捻ったその瞬間が狙い目だ。防御に意識が向いたところを攻め立てる。

 左手のナックルダスターで、鼻先を殴る。加減して生き残られても困る。

 反動で腕がシヴァルデの時みたくなるだろうが、そうこう言ってられるか!


「今!」


 シャドウの反動軽減が発動したのを感じる。小さな小さな左手が、犬のような顔の横っ面を撃つ。

 そいつは目を閉じる暇もなく、ナックルダスターの金属部分をその顔面に受ける。どんどんめり込んでいく。痛みはまだない。


 そのまま左拳を背骨から背中側へ穿ち抜ける。この小さな体でも加速によるエネルギーの増大は著しい。

 俺の手首と指数本から甲高い音が聞こえたが、合成獣からは、伐採された木が倒れる時のような音が鳴ったので、俺へのダメージ自体は軽減されているだろう。

 合成獣の頭は吹き飛び、血が噴き出す。骨の白さが鮮やかだ。


 どすん、と肉と骨の塊が地面にぶつかる音が響く。痙攣しているが、また起き上がって襲い掛かってくる素振りはない。

 高速で動く為に血流を加速させた心臓が早鐘を打つ。痛みが増していく。

 またワンパンでなんとかなった……とりあえず大丈夫だ。振り向いてリアに声をかける。


「ハァ……ハァ…………終わったか」

「ゆ、油断しないッ!」


 はっと合成獣の方を見やる。あばら骨が俺たちを目がけて高速で伸びてくるのが見えた。

 もはや生物の常識は通用しないのか。最後の生命を使って体内のマテリアルを骨の強化及び攻撃に使っているのだろう。


「ハァ……やれるか……?」

「……やれる」

「どっち」

「? ……支援!」

「任せた」


 用意していただろう風の束縛が発動するのが見える。もう奴は動かないのだ、今度は当たる。

 骨の伸びるスピードが少しだけ緩む。また同時に伸び始めたばかりの骨数本に巻き付いてバキリと折り砕いた。

 ……束縛(バインド)……? 威力高いなおい、以前戦った時喰らわなくてよかった。


「お前の骨が尽きるか、痛みで俺の精神力が尽きるかマナが尽きるかの勝負だ」


 この密閉空間に、浮遊しているマナは残っていない。

 魔晶石は最後の在庫があるが、いつ俺が痛みで気絶するかわからない。

 ……シヴァルデから生体麻痺薬も貰ってくればよかったな。

 勝者の憂鬱を使うタイミングを計る。よく観察するのだ。

 こちらに伸びてくる骨は12本。体を動かすとそちらに伸びる方向を修正する。回避は不可能だ。

 伸ばすのに使っているのは体のマテリアルだ。骨が伸びるほど体が縮み干からびていく。文字通りの最終攻撃である。


 前に出る。リアは致命傷に近い傷を負っている。1発でも食らったら魔法の束縛が切れ、合成獣が骨を戻して生き返るかもしれない。

 攻撃されるわけにはいかない。

 4本の骨がほぼ同時に射程に入った。直前に勝者の憂鬱は使ってある。左手でまとめて根本から3本叩き折る。

 残った1本は地面すれすれだったので踏み砕いた。マナはあと3秒分くらいだ。思ったより減りが早い。

 次に来た2本は右腕を肩から振るって威力を逸らし、左手で折った。

 更に迫る1本は顔に近かったので頭突きで逸らす。壁に突き刺さったのを見届けて合成獣に向き直った。額がちょっと裂けて顔に血が垂れる。


 そこがタイムアップだった。

 集中を切らして1本を腹部に、もう1本を右腕に刺されてしまった。


 いや、切れたのは集中だけじゃない……。


 超速で迫る白い殺意。本体はもはや事切れているだろうか、最後に残ったエネルギーだけが暴れ狂っている。

 余裕があったはずのマナは使い切った。思った以上に燃費が悪いみたいだ。生体接着薬のこと今後笑えねえな。

 今後があればな。


 ニヤッと笑う。こっちに来て滅茶苦茶痛い目に遭って死にかけるのはこれで2回目だ。もう痛みは麻痺した。なんも怖くない。

 手を広げてリアを庇う。最後に残った3本が俺の胴体の皮膚を突き穿った。 




 …………あれ? 死んでないぞ?


「何死のうとしてるのよ、支援は任せたって言ったのはツバサでしょ」


 空気を固体化して相手の動きを阻害する魔法『大気固定(エア・フリージズ)』という魔法が、すんでのところで発動したらしい。

 骨は皮膚を穿とうとしたところで完全に止まった。気温が一気に下がる。

 刺さった骨を抜き、シャツを千切って適当に止血をする。もう血量が相当少ないので頭がくらくらする。ここまで戦い抜いて失血死しましたなんてくだらなさ過ぎる。


 合成獣は完全に干からび、その本体から伸び続ける骨はスピードを失ってなおも意思なく伸び続ける。そのうち停止するだろうが、気味が悪いな……。


 そういえば今の魔法、現実離れした効果からして相当マナを食いそうなんだけどどこからそんな……と思いながら、シヴァルデから拝借したモノクルを目に当てると驚愕した。

 リアは立ち上るような青白いオーラを纏っていた。物凄い量のエーテルを解凍したみたいだ。


 エーテルというのは『自分自身』だ。器を超えて増やし過ぎると大きい方の合成獣のように自我をなくすが、減らし過ぎても自分を失う。

 それを大量に溶かすというのはどういう事か。


「リア……さん」

「リアでいいわよ気持ち悪い」


 にっ、と笑ってこちらを見てくる。終わったのだ。


「君、イカロスよりも『いい』わね」

「いいって言われてもね」


 リアの方を見直す。血まみれだが傷は完全に塞がっていて、普通に歩けそうだ。

 魔人たちのエーテルによるマテリアル体の自然治癒力はズルすぎる。

 ただ、身に纏っていた布は使い古した雑巾のようになっていた。胸が開けているので手でそれを隠している。


「あんまりじろじろ見ないでよね」


 リアは顔を赤くしながら縮こまる。いや身長は現状近いとは言え小学生並の子に欲情する趣味はない。

 陶磁器のような、白とピンクの間の色をした肌と、さらっとした白色ロングの髪は美術的で、身長と胸が相応なら扇情的ですらある。


 だが1700歳だ。成長の余地はない。非常に残念である。


 以前問答無用でぶっ飛ばされた事を思えばちょっとは許されてるんだろうか、戦いを通じて心の距離は縮まったように思える。

 緊張の糸が切れた事で、足が立っている事を拒否し始めた。


「は、え?」

「ちょっ、危ないわよ」


 瞼が落ちる。ただでさえ血が減ってたし、疲れもある。もはや限界だ。正面に枝垂れかかるように倒れそうになる。

 しかし膝を付く前に、リアが抱き留めてくれたみたいだ。ふわっと甘い香りが漂う。


「…………まぁ、エーテルが全然ない人間にしてはよくやった方じゃないの、褒めてあげるわ」

「うん」


 気の利いた返事もできずに、微睡んでいく。

 少女の熱い体と、甘い香りと、布越しでないその『柔らかさ』に包まれて、俺のマテリアル体は意識を手放す準備を始める。

 小さな手が俺の頭を撫でる。

 この感じはちょっと、いいかも。


 なくはないかな。




 そうだよ、ダブルミーニングだよ。

 くだらなさ過ぎる事を考えながら、俺の意識はシャドウの居る暗闇へと落ちて行った。


「あー!! ずっこいにゃ!!!!!」

「何がよ!」


 落ちて行ったのである。


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