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第一章 ◆3 「1700年来の盟友に初めまして」

<4月17日 早朝 イカロス城6階 休憩室>



「中身が元に戻るまで、わたしが飼ってあげてもいいんだけど」


 リアの放った風が、俺の浅黒い肌を切り裂いていく。

 俺の体は元々肌色だったはずだ。日本人だったはずだ。

 急げ。急いで思い出せ。攻撃手段を。武器、魔法、技術、なんでもいい。

 思い出すんだ。


 今俺が操っている物質(マテリアル)体の記憶を精神(エーテル)体に落としこむ事で『魔王イカロス』の記憶を思い出す。

 この体が魔法を使っていた記憶は見つけた。

 だが、使い方が思い出せない。


 この体の元の持ち主、魔王イカロスは契約した使い魔たちの『魂の形質』と魔法とを組み合わせた戦いを得意としたらしい。

 しかし前者は、精神が世界を離れてしまった為に契約が切れ使えなくなり、後者は前述通り思い出せない。


 魔王の体に入った俺、水上(みなかみ) (つばさ)は、現時点では無力だった。


「シヴァルデに、隷属契約の首輪をもらって来なくちゃ」


 白髪ロングに銀目の少女『魔人リア』は、赤黒の襤褸(ぼろ)切れのようなドレスをはためかせ、釣りあがった目でこちらを見上げた。

 俺のこの体は、電車に乗るなら屈まなければならないほどのでかさだ。

 リアはその胸までもない。


 上記一文には、身長が今の自分の胸までないという意味と、彼女の女性的部分が平坦であるというダブルミーニングも含まれている。


 襤褸のようなドレスの隙間から覗く肌の、陶磁器のような白さが目に痛い。


 いや、目が痛いのはたった今リアの風に瞼を少し裂かれたせいだ。

 この危機的状況でも気を取られてしまうのは男の性か。


「話がしたい! 平和的解決をしよう」

「もう、そういう段階にないのよ。イカロス様配下の魔人達は反旗を翻して、城を出ていくわ。

 片っ端から殺すつもりだけど」


 魔人、城、殺す。

 馴染みのないワードが並べ立てられ、俺の頭はフリーズしかける。

 ここで捕まってしまったら、自由はないだろう。

 やりかけのゲームがあるんだ、

 早く戻ってやりこまなければ友達に勝てなくなってしまう。


 戻る、って、どうやって?


「俺はどうすればいいんだ」

「大人しく捕まってお人形さんみたいに転がってれば、いいのよ!」

「それは御免(こうむ)りたい!」


 風で天蓋付ベッドのカーテンが飛んでくる。

 あれを被れば視界が途切れ動きも鈍る。

 なるほど、対象を一瞬でも無力化するには効果的だ。


 今の体はでかい割に物凄く軽く動ける。

 飛んでくるカーテンを大きな動きで回避する。

 俺を通り過ぎたそれは、真後ろで力を失ったように広がって落ちた。


 この部屋はイカロスの体を安置していた休憩室だ。

 布状のものならいくらでもある。

 それを、片っ端から飛ばしてくるだけで俺はいつか動けなくなるだろう。

 ジリ貧になる前に何かこちらから手を出さねば。


「にゃにゃ……お取込み中かにゃ……」


 入口の方で猫耳の何物かが様子を覗っている。

 セーラー服……というよりも水兵ルックに近い恰好の猫耳娘がチラっとこっちを見ているようだ。

 『にゃ』とかなんとか言ってるが『彼女は出会った頃からそうだった』という記憶を掘り出したので気にしない事とする。


「ミナモ? 急いで押さえつけるからちょっと手出さないで。

 この後シヴァルデのところにも行かなきゃならないんだから。

 ……いやそれより先にバーガンドラをなんとかする」


「りょ、了解したにゃ」


 扉からはみ出してぴこぴこ動いていたクリーム色の猫耳は引っ込んだ。

 リアはと言うと、こちらから顔を離す事はなく警戒したまま会話をしていた。


 二人の会話と表情から推測できる事がいくつかある。

 彼女らは憔悴している。

 時間がない。急がなければ。

 そんな印象を受ける。


 そして俺を『押さえつける』と言った。

 殺す気はなさそうな代わりに隷属という物騒な言葉も聞いた。

 何が何だかわからないうちに捕まって奴隷になるわけにはいかない。


 昔ながらの2D格闘ゲームの柔道着キャラで見たような、オーソドックスな構えを取ってリアに向き直る。


「ここまで追い込まれてマナを扱う素振りも見せないなんて、

 やっぱり使えないのね、魔法」


 それがわかったところで何が変わるわけではなし。

 こちらは、リアが使ってくる風の観察を続ける。

 観察力には自信がある。格ゲーでは見てから昇竜は余裕だし、シューティングでのパターン化はお手の物だ。


 集中する事で、時が見えるくらい時間の流れがゆっくりに感じる時もあった。

 その状態で対戦ゲームをするとほぼ絶対に勝てるが、憂鬱な気分になる。

 俺とお前とではこうまで次元が違うのかと、メランコリックな勝利の余韻に浸る。

 勝ちという美酒を呷り、酔っていいのは6秒までと決めているが、……これ以上は今思い出す事ではない。


 滅茶苦茶動きやすいこの体でがむしゃらに風攻撃を避け続けた結果、どうにか魔法のバリエーションを暴き、それぞれのパターン化に成功した。

 三角に指を振った時は身を切るような風が吹く風の刃(エアカッター)

 ちょんちょんっとつつく動きをした時は物質に羽が生える風輸送(ウィングオブポート)

 指を回転させた時は広範囲に即時風を吹かせる大風の法(ハイウィンド)だ。


 技名は使う時に時々叫んでるからわかった。


 そしてそれらに織り交ぜて、決め手と思われる風の鞭を神がかった速度で巻きつけようとしてくる。

 しかしこの体にかかっては回避できないというほどの速度ではない。


「……『観察する力』か、女々しい形質ね」

「なんの事だよ」


 形質とは掻い摘んで言うと、魂に生まれつき備わった力の事のようだ。

 俺の形質が『観察する力』だって?

 こんなことならもっと強い力が欲しかった。などと考えながら、リアから飛来してくる布団を回避する。

 それは俺の後ろの布山に重なる。


「もう逃げ場はないわ。風の束縛(ウィンドバインド)!」

「何、あっ」


 周囲は ベッドと布に埋もれ、どこへ逃げても包み込まれそうだ。

 風輸送と大風の法で吹き飛ばしてきた布は、攻撃でもあり布石でもあったのだ。

 しかし、詰んだという感じはしない。


「やっと捕まえたわ、あんた」

「あんたじゃないチビスケ。水上翼だ」


 頭を傾けると、風の鞭が俺の首を掠めて後方の布山に突き刺さる。

 同時に駆けだした。

 見えている。格ゲーをやっている感覚で相手と対峙ができる。

 傷つき血も流れているのに恐怖心はない。

 いける。


「なっ」

「長物使いと魔法使いは懐が弱点ってのはゲームじゃ常識だよな」


 一気に距離を詰めて、飛び込む。

 このままコンボか必殺技に繋げるのが常だが……。

 俺が格ゲーでよく使っている、ヴォイドというキャラクターならば、『サンダーストーム』を始動で撃つのが効率がよかった。


 しかし、今の俺の体は『そんな魔法などない』という返答を返した。

 格闘技も、厳密に習ったことなどない。

 格闘ゲームで技を見て動きを覚えるのと、実際に自分の体でやってみるのは全くものが違うのだ。


 鉄山靠(てつざんこう)を試みたが結局ただの体重をかけた体当たりになった。

 揉みくちゃになり、辺りに散らばる布の山へ倒れ込む。

 その拍子に頭を金属のパイプのような何かにぶつけた。


「くぅ……」

「……う」


 それでも倍近い身長差による突進は効いたらしい。

 しかし俺も頭をぶつけた、あたりが暗闇になる。

 ど、どうなった……意識ははっきりしているみたいだが、暗闇が消えない。

 顔から暖かいものが広がる。もしかして血か?


 ああ、何故か異世界へ来てなんか魔王の体に入って、そのまま死んでしまうのかこの俺は。

 いや、そうはいかない。まだ意識だってあるし体だって動く。

 この先どうなるかわからないし帰れるかもわからないけど、やるだけの事はやらねば。

 うつ伏せのまま、両手を地面について起き上がろうとする。


 ふよん


 これは? 左手は硬い床を捕らえたが、右手は柔らかく暖かく、

 そして微振動するものに触れた。

 なんだろう。ほんの少し体重をかけてみると、

 なめらかで薄い柔らかさの奥に並んだ細い棒のような感触が伝わる。


 むにむに


 嫌な予感がする。いつも俺がゲームで負ける直前にある嫌な予感だ。

 または友人から借りたギャルゲーのバッドエンドルートに入った時のような。

 俺が暗闇の中に居るのはもしかして。

 体を少し起こしてみる。お、だんだん見えるようになってき……。


「……」

「……」


 ぼやけた視界の焦点が合った時、その中心に居たのは勿論リア。

 それも、襤褸が(はだ)けて半裸になっている。

 俺の視界を遮っていたのは彼女自身と彼女の纏っていた布。

 俺の右手の向こうにあったのは――――


「そんなベタな」

「……っ言い残す事はある?」


 (ごう)と響くような音が鳴り、恐ろしい速度で風が集束していく。

 髪の白さが際立つくらい顔を真っ赤にしてキッとこちらを睨んでくる。

 逃げ場はなさそうだ。ここで終わりか?


「ちょちょちょ、それはやめるにゃー!」


 そんな声にも風の威力は増すばかり。

 魔王の体はリアの怒りに吹き飛ばされ、俺が発したはずの『言い訳させてくれないかー!』という声が遠くに聞こえる。

 そのまま壁に叩きつけられて昏倒させられた。




 その時の感触は俺にとっても、魔王の体にとっても(・・・・・・・・・)初めての感覚で、

 その後の痛みは俺にとっても、魔王の体にとっても久々の経験であった。


 あとで聞いたがこの時食らったのは『一陣の風(ブラストウィンド)』で、彼女の最大魔法だという話であった。



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