178話 黒色軍団vs帝国軍 -前編-
魔獣軍団の魔獣にも、空中戦を得意とする者も存在する。
ただし、それは確固たる足場があっての話。
継続飛行能力に劣る魔獣では、海上での空中戦は不利となる。何しろ、着陸地点を予測されやすく、狙い撃ちにされると終わってしまうからだ。
にも関わらず、理性を失い暴れるだけとなった暴走魔獣7,700体に暴走獣人4,500名は、一斉に顔を上空へと向けたのだ。
今までの仲間だった者を仲間と認識する事も出来なくなり、互いに攻撃し合うだけであったのに――
飛空船200隻の上部甲板に放り出されたものの、その上部甲板は決して広いとは言いがたい。
狭くは無いのだが、好き放題動くには手狭である。
だからこそ、本能に従い彼等は力を誇示し始めていたのだ。
――それが、一斉に上空を見上げる。
理由は単純にして、明快。
彼等の本能を刺激する、根源の恐怖を呼び起こすような"脅威"が、接近してくるのに気付いたからであった。
テスタロッサは面白くないとばかりに顔を顰める。
魔王リムルへと献上する予定の飛空船の上で、愚か者どもが暴れているのを目撃したからだ。
そして、狂ったように自分へと向けて飛翔してくる魔獣達にうんざりする。
(あら? 嫌だわ。早く掃除しないと、汚されてしまいそう。
それに……獣のくせに、強者を見誤るなんて、愚かだわ。
もっとも――狂っているなら、仕方ないかもしれないのだけれど。
ならばせめて、慈悲の祝福を授けましょう!)
そう考え、躊躇う事なく飛空船が密集する地点へと、"死の祝福"を解き放った。
全ての飛空船を含む範囲に真球が形成され、内部に死を撒き散らした。
洋上所か、海中へも影響を及ぼす"魔死光線"により、ほぼ全ての生物が死に絶える。
「いきなりですか!? 我々の出番も無しですかね?」
ヴェノムが呆れたようにテスタロッサに問いかけるが、
「貴方はまだまだ駄目、ね。
よく気配を探って御覧なさい。生き残った者が居るようよ?」
そう言って、ヴェノムの経験の浅さを嘲笑った。
テスタロッサの『魔力感知』には、確かに生存者の気配を捉えている。
魔獣は魔と獣の性質を持ち、肉体に縛られる要素が大きい。つまりは、"死の祝福"に耐えられない。
人間を基本として魔獣の力を取り込んだ場合でも、結局は肉体依存であり"魔死光線"により崩壊する。
つまりは、この魔法の下で生き残れる者は、完全なる魔に適合する者か精神生命体のみ。
いや、或いは、仙人のように完全に身体を制御してのける者も、か。
どうであれ、ある一定の基準を超えた者のみにしか耐えられないのだ。
「生き残り、ですか。なるほど、俺達も楽しめそうですね」
ヴェノムは目を細め薄く笑うと、部下達に戦闘態勢へと移行させた。
獣王グラディムは、今こそ本当の意味において、恐怖と脅威を認識したといえる。
編成を行わせていた最中、突然に吐血しながら部下達が倒れ始めたのだ。
生き残ったのは、たった100名足らず。
元よりグラディムの部下として、ここ十数年ともに戦い抜いた生え抜きの側近達のみだった。
今回、魔獣騎士へと進化に成功した者達も、取り込んだ魔獣の数が足りないせいで力不足だったのだ。
ユニークスキル『身体操作』を獲得したてでは、使いこなせずに死亡してしまったのである。
魔獣騎士級ですら死に至るのだから、その他の者がどうなったのかは調べるまでも無い話。
怒りと悔しさと恐怖。
そういった感情が、グラディムの心でせめぎあっていた。
たった一発の魔法で、大戦力が失われたのだ。
魔法防御など意味が無いとばかりに発動する強力無比な魔法。
もっとも、上位の魔導師達は上空の飛空船に移乗させてしまった為に、海面上に浮かぶ200隻の防御結界が手薄だったという落ち度はあった。
つまりは、グラディムの落ち度である。
敵が上位悪魔ならば、大規模攻撃魔法を使用して来るのは想定する必要があったのだから。
どっちにしろ、ここまで強力な魔法を使用されるのは想定外であっただろうが、それでも生存者は増えた筈なのだから。
「許さんぞ、悪魔め!!」
獣王グラディムは咆哮し、神話級の武装に包まれた身体へ魔獣の力を宿らせた。
獣人族とは異なる、統一性もなく強化され戦闘に特化した能力が、グラディムの身体を変貌させる。
その咆哮に同調するように、彼の配下の魔獣騎士100名も各々の力を解放した。
そして旗艦の上部ハッチを開き、上部甲板へと踊り出る。
ここに、悪魔と獣王は対峙したのだ。
上空から見下ろす"虐殺王"テスタロッサに対し、上部甲板に立ちその視線を真っ向から受け止める"獣王"グラディム。
テスタロッサの背後に控える悪魔騎士100騎に対し、グラディム配下の魔獣騎士100名。
拮抗する(ように見える)戦力が、雌雄を決すべくその時を待つ。
「喜べ、ヴェノム! 出番だ。私はあの美味そうなのを頂きます。
お前の部下達にも、丁度、一匹づつ餌が与えられそうだわね。
お前はこの空域から逃げようとする者を殺しなさい。
後は、そうねえ……
リムル様のお言葉を守るべく、一人も殺されないように見守ってあげなさい」
「俺の仲間だった者達ですぜ? そんな間抜けいませんよ……」
(そうだそうだ!)
ヴェノムの言葉に頷きたいのだろうが、テスタロッサが怖くて小声で同意する悪魔騎士達。
そんな馬鹿者どもをギロリとひと睨みで黙らせて、テスタロッサは目を細めた。
「黙れ、馬鹿ども! 一人でも殺されたならば、私が全員殺してやる。理解したら、散れ!」
え、俺の立場は? そう言いたげなヴェノムを置き去りにし、テスタロッサの号令に悪魔騎士達は一斉に動き始めた。
そして、テスタロッサにグラディムも。
一つの船の上部甲板に場所を移し、自然に対峙する。
「帝国軍魔獣軍団軍団長、"獣王"グラディムである!」
「魔王リムル様の忠実なる下僕、"虐殺王"テスタロッサですわ」
グラディムの武人の礼に対し、テスタロッサは優雅に挨拶を返した。
そして、勝負は始まり、一瞬で決着が付く。
「死ね、薄汚い悪魔め!! 究極付与『代行者』発動!
喰らうがいい、獣王の怒りを!!
獣王――」
「煩い。そして、口上が長すぎるわ」
獣王グラディムの胴を、輝く神話級の鎧ごと、抵抗を許す事なくテスタロッサの持つ黒の大剣が切り裂いた。
"死の祝福"の発動の鍵となる黒い炎を凝縮させた死の剣。
テスタロッサが覚醒と同時に獲得した究極能力『死界之王』の死滅効果を付与されて、絶対的な即死効果を与える事になる。
――究極能力『死界之王』とは、ルミナスの能力に似て、"生と死"を司る。しかし、ルミナスの能力よりも"死"に特化したものとなっているのだ。格の上では、ルミナスの究極能力『色欲之王』に劣るものの、こと戦闘だけで考えるならば、決して劣る事なき性能を有しているのである――
仮に致命傷を免れていたとしても、テスタロッサは全然本気ではなかった。
ただ黙らせるつもりで振るったテスタロッサの剣で、結果として死に至らしめるダメージを与えただけなのだ……。
ともかく獣王グラディムにとって、今回は相手が悪すぎた。
覚醒魔王へと進化する前であったならば、まだ少しはマシな戦いになったかも知れないのだが、覚醒したテスタロッサは魔物の国でも上位の強者である。
油断なき紅い髪の悪魔に対し、為す術は無かったのだ。
「ぐ、は……ば、馬鹿な……つ、強すぎる。だが、俺の部下達が、き、貴様を……」
グラディムが最後の気力でそう言ったのだが、彼の希望は既に打ち砕かれていた。
誰一人、悪魔騎士達に勝つ事は出来ず、敗北していたのである。
それなりに良い勝負となったようだが、それは悪魔達に経験を積ませるだけの結果となったのだ。
「……そ、そんな。へ、陛下、申し訳……」
それが、帝国内でも上位者であった、獣王グラディムの哀れな最後であった。
かくして、魔獣軍団は死滅し、この世から消え去ったのだ。
それを一瞥し『魔力感知』にて生命反応が無くなった事を確認すると、テスタロッサは艦を飛び立つ。
不要だろうと思いつつ、他の者の応援へと向かったのだ。
テスタロッサに続き、悪魔騎士達も後に続く。
「あ〜あ……やっぱ俺、出番無かったよ……」
ヴェノムが呟いたが、相手にする者は誰もいないのだった。
………
……
…
テスタロッサ達が去った後、旗艦の中から一人の男が歩いて出て来た。
上空を伺い、悪魔達が居ない事を確かめると、
「やれやれ。この俺様も、あんな化け物にはまだ勝てねーな。
だが、丁度良い。
殺そうと思ってたグラディムも料理されたようだし、喰っておくか」
そう言うなり、真っ二つになったグラディムの死体を貪り喰う。
どんどんと、喰い続ける男。
その身体に力が注ぎこまれ、大きく力を増したのが見て取れた。
「ふむ。まあまあか。だが、まだまだ足りんな。
今は大人しくしておくとするか……」
そう呟くと、グラディムの着用していた切り裂かれた神話級の鎧を手に取り、力を注ぐ。
鎧は男を主と認めたかの如く明滅し、新品のように修復されていった。
男は当然のような顔で鎧を身に纏う。
完全に全身を覆い、顔も兜面にて隠されて正体が判明しなくなる。
男は頷くとその場を後にし、旗艦内部の転移魔法陣へと足を向けたのだった。
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ウルティマとカレラは、ディアブロの指示に従い皇帝を目指す。
どちらにせよ、小煩いゴミを掃除する必要がある。
敬愛する主であるリムルの活躍を見られない鬱憤を晴らすべく、さっさとゴミを片付けるべきなのだ。
見れば、各飛空船には、魔法防御が施されている。
各種結界が多重に張り巡らされており、核撃魔法であっても通用し難いだろう。
先程ディアブロが見せたような、収束させた魔法ならば、一部結界破壊を可能とするだろうけれど……
面倒だな、というのが、ウルティマとカレラの共通認識であった。
まあ、目ぼしい戦力は皇帝が乗っている旗艦に集中しているようだ。
ならば、先にそこを叩けば良い。
悪魔公は全部で7柱。
ディアブロの副官である、伯爵級ヴェノム。
テスタロッサの副官である、公爵級モスと男爵級シエン。
ウルティマの副官である、侯爵級ヴェイロンと男爵級ゾンダ
カレラの副官である、子爵級アゲーラと子爵級エスプリ。
それぞれに強力な力を有する、冥界の王とも呼べる存在となっている。
しかしそれでも、爵位の違いは実力の違い。
今回の軍事行動に於いて、一人の死者も出さないのが至上命令である以上、一切の油断は出来ないのだ。
故に、
「ゾンダ。君は、旗艦以外を殲滅して回れ。
可能なら、モスに合流し、補助せよ!
強者の存在は感知出来ないけど、油断はしないでよ?」
「畏まりました、ウルティマ様。このゾンダ、命令に従い速やかに行動に移ります」
ウルティマはゾンダへ殲滅命令を下す。
600体の上位悪魔が周囲に展開し、逃亡者を防止する結界構築を行っていた。
故に、この戦闘空域からの離脱は困難。
さっさと敵を打ち滅ぼし、ディアブロのように主の活躍を見に行こうという魂胆もあった。
ゾンダを心配しつつも、自分の利を優先する。
それが、ウルティマである。
こうして雑魚の掃討も実行に移させると、自分達の獲物を仕留めるべく、皇帝の居る旗艦の上部甲板部へと侵入したのだ。
そして両者は対峙する。
"残虐王"ウルティマに"破滅王"カレラ。
そしてヴェイロンと、アゲーラにエスプリ。
対する帝国側は、皇帝ルドラ。
近藤中尉を筆頭に、帝国皇帝近衛騎士。No.01〜No.10の最強騎士、10名。
決戦が開始されようとしていた。
皇帝ルドラは、完全なる防御領域に守られている。
その防御は絶対であり、何人であっても破壊は不可能。
ただし、条件があった。
周囲の者の皇帝への忠誠心をエネルギーとし、周囲に皇帝の忠実なる部下が居る必要があったのだ。
そしてもう一つ。
この防御は常時発動型の完璧なものではあったが、発動中の一切の攻撃行動不可という制約である。
この能力こそが、究極能力『正義之王』の"王宮城壁"であった。
ギィが皇帝を直接狙わないのも、この能力に要因がある事も確かな事実だったのである。
もっとも、それはここ千数百年もの間に形骸化してしまった理由、ではあったのだが……。
故に皇帝は動かない。
自らが攻撃行動を取る時、それは絶対防御が消える事を意味するからだ。
「虫ケラどもが……。余の理想の実現を邪魔しおって!
近衛騎士ども、目障りな下賤の虫ケラを排除せよ!」
皇帝が勅命を下す。
『御意!!』
皇帝の忠実なる騎士達は、速やかに命令遂行を行うべく行動を開始した。
対し、
「ねえ、カレラ。虫ケラって、もしかして、ボク達の事?」
「あはは。そんな訳ないだろう? もしそうだとすると……」
ウルティマの質問を笑いながら否定するカレラ。
だが、その目は笑っていない。
危険な色を湛え、今にも爆発しそうである。
「皇帝陛下の命令だ。さっさと邪魔者を始末するぞ」
その言葉が引き金となった。
「死んだぞ、お前等!!」
「我等がムシケラだと!? 人間風情が!! 殺す。魂ごと砕いてやる!!」
激怒するウルティマ。
冷静に、しかし決して敵に赦しを与えぬ事を決意するカレラ。
楽に死なせる事を慈悲とするならば、苦しませながらも殺す事を赦しという。
どの道、殺す事に変わりは無いのだが、彼女達にとっては違いがあるのだろう。
付き従う悪魔達ですら、その覇気に恐れ戦く事になった。
「ね、ねえアゲーラ。私達までヤバイんじゃない?」
「諦めなさい。
ソレよりも、我等の主まで侮辱された以上、それ相応の報いを与えるべきでしょう!」
「げ! アンタ、めっちゃ切れてるじゃん」
いつもは止めに入るアゲーラが憤激しているのに気付き、エスプリは溜息をつく。
こうなってはもはや制止は不可能。
諦めて、本気を出すのが正解だった。
ヴェイロンはそんな子爵級二人の遣り取りを眺め、気楽なものだ、と内心で頭を抱える。
上司たる悪魔王達は、決して怒らせてはならないものを、と。
(愚かなる人間ども。その愚かさの代償は、お前達の"死"だ!)
上司の恐ろしさを、ヴェイロンは良く知っていた。
そして、ヴェイロンの予想通りに、悪魔王二柱は、その恐るべき悪魔の能力を解放する事になるのだ。




