176話 暴風之剣
ヴェルドラの解放に成功した。
次は脅威の除去である。
つまりは、"灼熱竜"ヴェルグリンドと帝国皇帝。後は、ヴェルドラを銃で撃った軍服か。
それ以外にも何名か"脅威"と呼べる者が居るようなので、纏めて始末する事にする。
実の所、俺にとってはその3名以外は"脅威"に感じない。
身体が竜種になり魔素量が最大値まで満たされた現在、以前よりも力の質も量も大幅に上回ったからである。
今ならば、ミリムやギィとも良い勝負が出来そうな気がするほどなのだ。
だが、ここで慢心すれば面倒事が起きるかもしれないので、油断してはならないだろう。
血の一滴すらも残さずに、この場で決着をつけるのだ。
とはいえ、既に黒色軍団が大暴れして、目ぼしい者しか残っていない感じではあった。
被害が出ていなければいいが……。
死ぬなという命令は守られているのだろうか?
まあ、その心配は後回しだ。
目の前には、今にも飛び掛ってきそうなヴェルグリンドが居るのだから。
先ずは、暴風竜解放によりヴェルドラを自由にさせようと思う。
俺の魔素量が常に満タンではなかったのは、多分だがヴェルドラを自由にさせていたからなのだろう。
だが、ヴェルドラからのオーバーフローが俺に流れ込んでくるという循環効果で、俺の身体への活性効果があったのだとわかった。
竜種と同質の身体になる以前なら、大半をヴェルドラの維持に使用していたが――その事に俺は不便さを感じる事なく、気付きもしなかったのだが――今ならば、30%程度の容量を割り振るだけで済みそうである。
まあ、余程の大規模魔法を使用しても問題なかったのだから、深く考える事もないだろうし。
そう思って暴風竜解放を実行しようとした時、
(待て。智慧之王のヤツに、我の能力の最適化を依頼した)
《告。我が主と個体名:ヴェルドラの能力の同期を行っています。
究極能力『究明之王』を元に、究極能力『混沌之王』へと進化させています。
完了まで暴風竜解放の実行はお待ち下さい 》
同時に制止された。
どうも、ヴェルドラが依頼したようだ。
俺に確認せずに実行しているのだから間違いないだろう。
今やるなよと思ったが、解放してからだと出来ないのだろう。
まあ仕方ないか後からだと面倒だし、そう考えた時、
《告。個体名:ヴェルドラの能力解析により、究極能力『暴風之王』の進化が可能となりました。
その際、究極能力『誓約之王』が消滅します。
究極能力『星風之王』へ統合させますか? YES/NO 》
ついでにという感じで、智慧之王が告げてくる。
やっべ……智慧之王さん、自重する気がまるでない。
戦闘中に能力の改造とか、どれだけ余裕かましてるんだ。
もう"灼熱竜"ヴェルグリンドは眼中にありませんと、そう言っているようなものである。
取りあえず、Noである。
そりゃあ、暴食之王があるけど、今は油断してはならないのだ。
というか、強敵相手に、暴食之王だけでどうしろと?
俺を買いかぶり過ぎなのではないだろうか? そう心配になる程だ。
この戦いが終わったら俺の部下の魔王覚醒も併せて、能力の大改造が待っている予感がする。
一体何を目指しているのか判らないけど、それは後で考えるとしよう。
さて、"灼熱竜"ヴェルグリンドをどうするか。
力の質と量が大幅に上がっているので、能力も強化されている。
今の力を確かめるべく、全力で相手をしてみようと思っていたのだが、智慧之王がヴェルドラに能力を付与しているのなら、接近戦は不味いかもしれない。
別に近付いて戦っても良いのだが、ダメージを受ける上に魔素の消耗が激しそうである。
変にダメージを受けて影響を受けてもつまらない。
なので、出来るなら足止めしつつ、遠距離から仕留めたい訳だ。
これは戦術なので、卑怯なわけではないのである。
楽して勝てそうなら、躊躇う事なく楽をすべきであった。
とはいえ、俺には遠距離攻撃の種類が少ないのだ。
誓約之王の切断系能力も強力だが、効果範囲は広くない。
空間を次元切断する恐ろしい能力なので、限定空間内でしか効果を及ぼさないのも当然だ。
だとすると魔法、か?
核撃魔法の中にも、遠距離攻撃に向いた放出系のものがある。
"熱収束砲"という、一種のレーザー砲である。
比較的制御が容易な魔法で、大魔導師級の人間が好んで使う魔法なのだ。
こう言っては何だが、核撃系の中でもっとも制御が簡単な魔法であった。
しかも、コストパフォーマンスが良い。今の俺ならば、回復速度の方が早いので、魔素の消費を気にせずに連射可能だろう。
けれど、間違いなくヴェルグリンドには通じない。
この魔法は、魔素と分子の結合したものを放出するわけだが、結局つきつめれば熱攻撃であるからだ。
"熱"を司るヴェルグリンドに、熱攻撃は無意味だろう。例え究極能力の効果を上乗せしたとしても、余裕で抵抗されるのが目に見えていた。
放出系の単体攻撃魔法でもっとも威力が高いのだが、通じないならするだけ無駄であろう。
さて、どうしたものか……
ふと思い出す。
究極能力『暴風之王』に、新たな能力が追加された事を。
"破滅の雷嵐"という、"破滅の咆哮"を魔改造したような能力が生み出されていた。
事実上、俺の持つ最強の遠距離攻撃のようである。
これならば、遠距離からヴェルグリンドを相手に出来そうだ。
という訳で、さっそく"破滅の雷嵐"を使おうとしたのだが――
――またまた見逃せない能力がある事に気付いた。
暴風之剣化:結晶化し、刀の核に変化する……?
さっきは、ふ〜んと聞き流していたが、これはどういう能力だ?
さり気なく言うから、智慧之王さんは油断出来ないのだ。
この上何をどう弄れば、暴風之王を星風之王へと進化させられるのか全く理解出来ない。
誓約之王との統合らしいが、使い勝手が良くなるのだろうか?
まあいい。
この暴風之剣化に興味はあるが、どうせ接近戦用だろう。
今は無視するとしよう。そもそも結晶化って、何を結晶化するのか判らないし。
《解。"暴風之剣化"は遠距離攻撃可能です。
各種の暴風之王の魂ごと全能力を剣に凝縮し、指向性のエネルギーに変換し放つ事が可能です。
暴風竜解放と異なり、個体名:ヴェルドラの魂が接続している為、現在でも使用可能です 》
つまり結晶化というのは、ヴェルドラ解放に用いる全てを、そのまま剣に封じると言う事か?
だとすれば、それはヴェルドラのエネルギーを秘めた剣という事になるんじゃ……
《解。その認識で合っています 》
あ、そう。
多分、俺とヴェルドラが二人同時に攻撃するようなものだから、今持てる攻撃手段の中では最強だろう。
油断しないと決めた以上、迷っていても仕方ない。
俺は恐る恐る、暴風之剣化を実行した。
《告。個体名:ヴェルドラの了承を確認。結晶化を実行します 》
直後、俺の持つ剣の柄に輝く紫の結晶が嵌め込まれた。
俺の手と剣を通して、そのままヴェルドラに繋がっているのが感じられる。
どうやら、剣も俺の身体の一部になっているようだった。
魔素量が予想通り、30%近く減ったような感覚がある。
やはりヴェルドラを召喚ではなく解放するには、俺の魔素の30%は常時消耗状態になるようだ。
それは剣化も同様らしい。
つまりこの剣には、ヴェルドラの全エネルギーが込められているに等しいのだ。
俺が暴風之剣化を行ったと同時、タイミング良くヴェルグリンドも動き出す。
丁度良いので、俺は軽く試すつもりで、ヴェルグリンドに向けて剣を振ってみた。
いや、俺としては、本当に何の気なしの素振りだったのだ。
その動きから、ヴェルグリンドが回避行動を取った。
彼女としても、気紛れで動いた、その程度のものだったのだろう。
或いは、危険予知が働いたのかもしれない。
だが、結果的には、その回避行動がヴェルグリンドを救う事になったのだ。
その剣の一振りは、天を裂き、海を割る。
事実。
破滅の剣風が剣の素振りの線上を走りぬけ、回避行動中のヴェルグリンドの翼を切り裂いた。
勢いはそれで衰える事なく、直線上に残っていた帝国の飛空船数隻を真っ二つにしてのける。
それだけではなかった。
振り下ろした際のエネルギーが、そのまま海を切り裂いたのだ。
海が割れる。
その言葉でしか表現出来ないような現象が、眼下で繰り広げられていた。
何やら、海面の裂けた部分に放電現象が生じ、割れた海面の断面を維持しているのだ。
生じたエネルギー余波により大量の魔素が発生し、海水を押し退けている様子。
何の冗談だ、一体……
俺がそう思ったのも無理がないと思う。
だって、そんなつもりもない、単なる素振りだったのだから。
しかし、結果は御覧の通りで、俺の魔素量は大幅に減少を実感している。
《解。"暴風之剣"の制御に失敗しました。少し予想以上の魔素を消費した模様です 》
いや、失敗って……そっちじゃないだろう!
魔素の消耗はどうでも良いんだよ!
いや、良くはないけど、今はいい。
そうじゃなくて、威力だよ。
海が大惨事になっているじゃねーか! 環境破壊も甚だしいぞ……
というか、攻撃射程も長いし、威力も絶大。
絶大過ぎて、使用出来ないレベルである。
(クアハハハハ! すまんすまん。ちょっと張り切り過ぎた)
コイツが原因か……。
本当に、ここが海の上で良かった。
都心部だったら、町が消える所か、国家崩壊に至る大災害規模である。
どうやら、俺とヴェルドラの意思で威力が変動するようで、今はヴェルドラの意志だけでこの威力となったようだ。
という事は、俺も攻撃の意思を持っていたら、更に威力が上がるのだろうか?
怖過ぎる。
この剣は危険過ぎて、ちょっと使い物にならない気がしてきた。
(いや、マジでやり過ぎだぞ?
見ろよ、お前の姉貴だって、何が起きたのか理解出来ずに、呆然となっているじゃねーか!)
(何、大丈夫だ。我が姉ならば、直撃を受けても死にはしなかっただろうよ)
(そういう問題じゃねーよ……。もういい、次からは魔素は俺が調整するぞ?)
(うむ、わかった。了解である!)
本当にやれやれだ。
毎回これでは、その内人が住めなくなってしまう。
ヴェルドラも了承した事だし、抑え目でいかなければ。
「き、貴様! 何だ、それは? 何なのだ、それは!!」
我に返ったヴェルグリンドが、怒りと恐怖が混ざった声で、俺に叫んできた。
そんなの、俺が聞きたいよ。
だがまあ、答えるとするならば、
「"暴風之剣"、かな?」
そう答えたのだった。
この一撃により、大勢は決したと言える。
天を裂き海を割った一撃は、帝国将兵の心を挫くのに十分だったのだ。
多重に張っていた結界すら、無意味とばかりに切り裂かれ、海の上では逃げ場もない。
音速を超える移動速度を出したとしても、逃げ切れなければお仕舞いなのだ。
帝国軍将兵の心を絶望が満たし、その感情は悪魔達にとっては極上の餌となる。
そして……
「馬鹿な、何故だ?
何故、余の王権発動が……"王者の支配"が消えるのだ?
何故、ヴェルドラが倒されるのだ!!
有り得ん、有り得んだろうが!
たかが魔王が、しかもスライム如きが!
力の根源たる主を奪われ、何も出来ぬ筈の下等な魔物が……
何故、主を喰い、その力を奪えると言うのだ!!
もう直ぐ、もう後一手で、ギィに勝利出来たのだぞ!?
余の計画を邪魔しおって……許さぬぞ、下等なる魔王め!!」
激昂する、皇帝ルドラ。
彼は怒りで現実が見えていない。
長きに渡るギィとの勝負に勝機が見えた事で、浮かれすぎていたのだ。
勝利の間際こそ、気を引き締めるべき。
その鉄則すら忘れ足元を見なかったツケが、たった今、回って来たのである。
そんな皇帝を守護する者達も、現実に対し有効な手立てを講じ損ねていた。
余りにも急速に、事態が動きすぎていた為である。
決定的な方策を見出す事も出来ないままに、事態は最終局面へと移行したのだった。
蛇足だが、余談がある。
『大災害』を引き起こす原因となったのが"竜種"同士の戦闘であった事は後世の研究家により証明されている。
だが実は、それだけが原因ではなかったのだ。
後に『大災害』が原因とされるこの海域の大海魔獣の発生は、この"暴風之剣"による一撃の影響が原因だったのである。
溢れ出るばかりの魔素を込め放たれたエネルギーが、海水を押し留めて海を割っていた。
その現象は数十分も持続し、大気に満ちていた濃密な魔素を海の底深くにまでも行き渡らせる結果となったのだ。
海水面から徐々に浸透する魔素の大量摂取により、生態系を大きく狂わせる事になるのである。
"灼熱の暴炎風"と名付けられた『大災害』であったが、海水の蒸発と大豪雨だけでは、そこまで大きな生態系への影響は起きないハズであったのだ。
事実、ヴェルドラとヴェルグリンドの争いだけでは、そこまでの被害にはならなかったのである。
当然、場所が良かったからなのは言うまでもないし、彼等が配慮していた訳でも無いのだが……。
ともかく、結果として多大なる影響を与える事になったその一撃が、後世の歴史学者を悩ませる要因となったのだが、それは世に出る事のない知られざる真実となるのだ。
更新を優先させており、修正が追いついておりませんでした。
申し訳ありません。
明日あたりは、落ち着いて修正と返信をしようと思います。
全員へは返事ムリかも知れませんが、全て読ませて貰っております。
ご了承下さいますよう、お願いします。