11:キッポの魔法
「なるほどな。それで『北』か。そんなことを、あの老師は言ってたんだな」
ルカスが腕を組む。わたしも、こんなところでつながることがあったとは、思いもよらなかった。キッポのすごさを垣間見た気がする。そこでふと気付いた。
「ねえ、あの男たち。このまま黙ってるとは考えにくいんだけど。どうするの?」
だって、去り際に『心理吸収』をかけて来ようとしたんだもん。『守護盾』の魔道だと分かったら(それもそんな遅くなく)、また何か、手出しをしようとたくらむに違いないわ。
ルカスは腕を組んだまま、
「キッポだけを標的にしてるからな。考えから外すわけにいかない。リムノ。『守護盾』の魔道はどのくらい持つ?」
「相手の力量にもよるけど……。あの中の魔道士、かなりの力を持ってると思うの。勝てたのはギリギリの差だったと思うから。このまま上手く行ったとしても、明日の夜にはかかってるフリを見抜かれちゃうと思う」
悔しいけど事実。経験と力量の差は、素直に認めないと火傷しちゃう。
「こっちから、『心理吸収』をかけることは出来ないのか?」
ちょっとだけ首を横に振る。
「ごめんなさい。いまのわたしじゃほとんど不可能。使ったことの無い魔道だし、構造式を発動させたとしても、今度はこっちがはじかれると思うわ」
「――そうか」
ぷちっと、無精髭をルカスは抜いた。
「ボクの」
「うん?」
「何だ、キッポ?」
キッポがゆっくり話し始めた。
「初めて使う魔法だから、成功するとは決して言えないんだけど。ドルイドの魔法の中に、こんなのがあるよ。『飛石思考』って言う。『心理吸収』にすごくよく似た魔法なんだけど、その場の石や植物に、考えてる思いを伝えてもらうって。森の中だったらどこでもかけられるけど、加工した石造りの中でも、石に頼んで伝えてもらうんだ。考えてることや、話し合ってることを」
――すごい! キッポ! 初のドルイド魔法ね。
ルカスも感心して、
「そんなのがあるのか。やってみる価値は充分にあるな。今、使えるのか?」
キッポがこっくりと首を。
「よし。それが手掛かりになると信じよう。頼んだ、キッポ」
もう一度うなずいたキッポは、立ち上がると両手で複雑な印を切り始めた。そして目を閉じ、呪文を唱える。
「見習いドルイド、キッポとしてお願いします。さっき会った男たちの居場所・会話・思いを私に伝えてください。その場の植物と石たちにお願いします。私の飛石思考を、どうか聞き入れてください……。了!」
部屋の空気が一瞬震えた。キッポの背後が揺らいで見える。キッポのカラダから、陽炎が上っているみたいに。キッポの目が開かれた。
「――成功した、みたい。だよ。石が笑ってうなずいてくれた」
一発でかかったんだ! キッポ自身も驚いてるみたい。それにしても独特な魔法ね。わたしみたいに構造式を唱えるんじゃなくて、ことばにしてお願いするんだ。はあー。ドルイド魔法もすごいのね。
「どんな感じだ?」
ルカスの問いかけに、
「うーん……。ちょっと待って。感じる。――明日。明日だって。良くないことが起こる。それに協力する。お金をもらえる。さっきのフォクスリングをつかまえる。差し出す。探し出す」
「明日!?」
わたしは思わず声にしてしまった。今までのイヤな予感……。それが明日なのね!?
「待って、リムノ。――祭りの初日。だから誰もが油断している。その時がチャンスになる……。ダメ。感じられなくなっちゃった。石の微笑みが薄れちゃって……。森の中じゃないから」
残念そうなキッポのつぶやき。でも……。でも!
「それだけでも大収穫だ。よくやってくれたな、キッポ。たいしたもんだ」
大きく息を吐き出して、ルカスが言う。
「本当よ。――お祭りの初日を狙ってたのね。確かに絶好の機会だもの」
その狡猾さに、わたしも息を付いてしまった。考えたわね。さすがに『死を弄ぶ者たち』、と言ったところかしら。それでもこれだけ情報が得られれば、こちらも手の打ちようがあると言うもの。明日起こると言う『良くないこと』と、あの男たちから身を守れば、確実とまでは行かないものの、安全な牌は手にしているも同じ。
「ルカス。どうするの、明日?」
髭をぷちっと抜いたルカスは、
「キッポの安全が第一だ。それで余力があれば、『良くないこと』を阻む。あの男たちはほぼ確実に、突っかかって来るだろ。争いごとになっても仕方が無い。切り抜けよう」
「――そうね。キッポ。わたしたち、全力で守るわ。攻撃系の魔道は、出来れば使いたくないけど……。そんなことを言ってる場合じゃないものね」
わたしは腹をくくった。魔道士なんだもん。こんな時に魔道を使えなかったら、役立たず以外の何者でもない。
「ボクも頑張るよ。たとえ見習いでも、自分の身を守れないんじゃ、本当のドルイドにはなれないもの。――ありがとう。ルカス、リムノ」




