結婚します!
ちょっと長め。
王城までの道のりはひどく単調で妨害等もなく、ちょっとした集団ピクニックみたいで、気付いたら目的地に到着していた。
入り口には申し訳程度の兵士が二人、顔を青ざめて立っている。こちらが武装していないからと言っても多勢に無勢だ。さすがに可哀そうになってくる。
「あなた、これ持ってて」
「え」
兵士の片方に旗を渡し、困惑するのを無視して、私はここまで付いてきてくれた者たちの方を振り返った。
「みんな! ここからは私一人で行ってくるわ。あなたたちは私が帰ってくるのをここで待ってて。大丈夫、必ず戻ってくるから。それと、兵士に攻撃されるまでは攻撃しないこと。約束よ。お利口なあなたたちなら守れるわよね?」
思い思いの承諾の声が上がり大気を揺らす。この熱量をぶつけられては、兵士も下手に手を出そうなどとは考えないだろう。
後顧の憂いはもはやない。行こう。
「じゃ、行ってくるわね」
ディナーに出かけるくらいの自然さで、私は王城へと入っていった。
/
ナンテコッタ国王陛下の葬儀と新国王の即位式が行われるであろう大広間へと行くと、事はすでに終わった後だった。
広間には捕らえられた第一王子とその一派の者と思しき数名が、縄に繋がれ地べたに座らされている。またそれを囲む兵士と、遠巻きに見ている貴族たちもいた。
入り口からここに来るまでの間に、緊張する胸を宥め、色々な策謀を巡らせていただけに、なんというか拍子抜けだった。
「お久しぶりにございます、アクジバーレル殿下」
努めて淡々と余裕たっぷりに振る舞う私とは対称的に、「か、カノン・アポクリファ……」目を大きく見開いた殿下は次の言葉が続かないご様子だ。どうやら私の登場は予期していなかったと見える。
「カノン様」
実行部隊を指揮したであろうユーノが殿下に代わって声を掛けてきた。おそらくだが、外に兵士が出てこなかったのはユーノが衛兵のほとんどを掌握していたからなのだろう。用意周到とはまさしくこのことだ。
「首尾のほどは」
「上々よ。今は王城を取り囲んで待機させているわ」
「おお、先ほどの喧騒はやはり。さすがにございます」
国民の声はこの広間にまでしっかり届いていたらしい。土壇場で檄を飛ばした甲斐があったというものだ。これで私は私の役割を十分にこなしたと言えよう。
「は、ははは、はは」
気でも触れたのか、この場の雰囲気には相応しくない笑い声をあげたのは殿下であった。殿下は周囲にぐるりと首を巡らして、私を見据えた。
「上手いことやったもんだな」
「どういうことかしら」
「あの晩餐会からこうなることを予想していたのか?
それとも、それ以前のどこかでか?
いや、婚約するとなった時からすでに描いていたのか?
何はともあれ素晴らしいな。こうも鮮やかに覆されるとは。関係各所への根回しと調整、敵対者でさえ味方に引き入れる魅力と度量の大きさ、周到な計画立案と大胆な実行、その全てが貴様の能力の高さを証明している。それを一番間近で見てきたのは我だ。そして、我の想像すら軽々と超えてくる。
そんな貴様が、我は、嫌いだった。
このような伴侶を抱くことを誇らしく思うことすら、我にとっては屈辱以外の何ものでもなかった。我はこの国の第一王子だ、次期国王だ、それが、こんな、こんな家格の低い小娘一人に劣るのかと。許せなんだ。お前も、自分も。
だが、それもこれまでだな。証拠を揃えられて、白昼の衆人環視のもとに捉えられたのだ。せめて最後は王族らしく、犯した罪はきっちり清算してやろう。
ただし、貴様も道連れだカノン・アポクリファ!」
瞬間、殿下を縛っていた縄が解け、ナイフを持った殿下が私に差し迫る。
もはや動けないだろう。諦めて大人しく牢に繋がれるだろう。その油断が、思考と行動の空白を生んで、私は、否、私以外の者たちも動けなかった。
一人を除いて。
「っ!」
私と殿下の間に割って入ったその人は、殿下の手首を叩いてナイフを落とし、追撃とばかりに蹴り飛ばす。カラン、と地面に落ちたナイフは、再起動を終えたユーノが一早く駆け寄り、蹴り飛ばして遠くへと滑らせた。
「お前も、お前もそっち側なのかセガヒクイ!」
私を助けたその男性は、名を呼ばれた通りなら第二王子殿下であり、しかし、
「セガ?」
見知った顔だった。透けるようにきれいな金糸の髪に、幼い顔立ちと華奢な体格、そして私と同じくらいの身長。それは、まぎれもなくセガ本人だった。
「すみませんカノン嬢。あなたを騙すことになってしまった」
「そんなの」
「はっ、そうだよな。その背の低さじゃ第二王子ですって名乗り出ることもできないよな! 女と肩を並べたら惨めになるもんな! それが嫌で外に出なかったし、それが嫌で厚底の靴を履いたりしてたもんな! 我は、そんな王族にあるまじき惨めなお前も、認めんぞ。能力があろうと、民衆を騙していたお前も我と同類だ。王になる資格などあるものか、認めん、我は認めんぞ!」
「言いたいことはそれで終わりですか兄上」
「くっ、その透かした態度も気に食わん」
「おい、連れて行け」
セガは、いや、セガヒクイ殿下は短く言って兵士に命じた。
兵士は再びアクジバーレル殿下を縄で縛り、他の貴族連中も連行していく。
先ほどまでの喧騒が嘘のように、広間は静まり返っていた。
「さあ、目的は果たした。これより、父上の葬儀と即位式を執り行う」
殿下は指示を飛ばし、細かい調整はユーノが請け負った。
どこか名残惜し気に、集まっていた者たちが散り散りになっていく。
私はどうしたらいいか分からず、その場に立ち尽くしていた。
「カノン嬢」
「なんでしょうか」
「怒っているだろうか」
「いいえ。殿下にもお考えあってのことでしょう」
「そう言ってくれるとありがたいな」
「でも、私の見ていたあなたはどちらだったのですか」
「どちら、とは?」
「市井に紛れるための演技だったのでしょうか。私とカフェに行って、服を選んで、露店で買い物をした、あの日のあなたも、私を騙していたと。セガなどという人物は、はじめからいなくて、私の記憶の中の幻か夢だったと。そういうことなのでしょうか」
言葉にしたものとは比べようもないほどの膨大な記憶が、私の頭の中を巡っていく。そうして気付くのは、このたった半日にも満たない思い出が、かけがえのないものであったと心に刻んでいた事実だ。
そうか、これが。と同時に、儚い妄想でしかないと切り捨てる。
ただのわがままだ。言っても殿下を困らせるだけ。これから国王になろうという人物を私利私欲で縛り付けようなど、さすがの私でも遠慮する。
殿下はそんな私の胸中を察してか、ふっと笑みを見せ、頭に手刀をおろした。
「あなたらしくもない」
「殿下に私のらしさが分かるのかしら?」
「言ったでしょう。あなたは太陽のような人だと。周りを巻き込み、振り回し、でも明るく照らす奔放な人だと。遠慮なんて、心の赴く方を見ないフリするなんて、あなたらしくない。
それに、あなたとの約束はまだ有効ですから」
約束、と言われて今朝の別れ際に言われた言葉を思い出す。
『もし逃げるなら僕もお供いたしましょう』
でもこれは逃げるなら、だ。もし私が殿下を連れ出してしまえば、この国は、国民は、路頭に迷う。それは本意ではない。
ただ、じゃあ、他にどうすれば?
「さあ、カノン嬢。あなたにはまだ役割がある」
思案する私をよそに、殿下は手を差し伸べてきた。
「役割って?」
「集めた民に報告しなければ」
「そういえば、そうね」
「さあ、行きましょう」
私は殿下の手を取って歩き出した。
その手が冷たく震えていることを知った。
ああ、なんだ。殿下もそうなのか。それなら……。
私はぎゅっと殿下の手を強く握り、一歩前を行く。
/
王城の二階のバルコニーに出ると、眼下には大勢の人が固唾を呑んで緊張している様子が見えた。
誰かが私たちに気が付き、それは瞬く間に伝播して、ガヤガヤとにわかに期待が高まっていくのを感じる。殿下の手はじんわりと汗が滲んでいた。
その手が、ぱっ、と離れて空に掲げると、拳を握って見せた。たったそれだけで、民衆の喧騒がぴたりと止んだ。
殿下は空気を肺一杯に吸い込むと、
「余は第二王子のセガヒクイである」
普段の柔和なイメージからは想像もできないほど威厳のある声で言葉を紡ぐ。
「まずは国のために立ち上がり、こちらのカノン嬢を支え、導かれ、行動を起こしてくれたことを嬉しく、そして誇らしく思う。ありがとう。
そのおかげで、革命はなった。革命は、なったのだ!
第一王子のアクジバーレルは逮捕された。詳細については後日、中央広場にて掲載するものとするが、裏で様々な悪事に手を染め、卑しくも王座を簒奪しようとナンテコッタ国王陛下を亡き者とし、そしてカノン嬢を貶めたアクジバーレルの罪は白日の下に晒され、今日ここに、その野望を打ち砕いたのだ。
約束しよう。この国の暗雲は晴れたと。余がいる限り、皆の平和と安寧が長きに続くことを。再び安心して暮らせる国を作っていくことを。
それが叶ったのも偏に、皆のおかげである。重ね重ね、感謝申し上げる」
殿下は演説を終えて深々と頭を下げた。
パチパチとまばらに拍手が聞こえてくるが、多分、聞いている者たちのほとんどが困惑しているのだろう。なにせ急に第二王子がやってきて、第一王子を捕らえたと言ったばかりか革命が成ったのだと口にしたから。
私としても今の演説で疑問に思うところがないわけではない。例えば国王は第一王子に殺されたというところとか。ああ、そういうストーリーにしたのね、と勝手に納得できるが、嘘が捲れたらあとが怖い。
何より、民衆は誰に率いられたのか。喉につっかえたように殿下の言葉を咀嚼できないのは、彼ら彼女らの立ち上がった理由と微妙にずれているからだ。
誰が先導してここまで連れてきたのか。誰のために立ち上がり、支え、並んで歩いてきたのか。
私だ。私が先導したのだ。なればこそ、私には言葉を届ける義務がある。
では、何を?
革命が成ったとはすでに報告した。同じことを口にしても驚きに欠けるし、印象には残らないだろう。かと言って、他に聞かせることもないし……あっ。
私が殿下の肩をつつくと、殿下は首だけこちらに回して顔を向けた。
私はその唇にキスをして、勢い余って歯と歯がぶつかった。
だって、初めてなんだから仕方ないでしょ。
殿下は殿下で、何が起こったのか分からないとでも言いたげに固まっており、ぱちくりと瞬きを繰り返していた。
「みんなに報告があります!」
殿下と同様に呆気に取られている民衆に向かって、私は言葉を投げた。
「私は、セガヒクイ第二王子と結婚することにしました!」
私の言葉が届き、浸透するのにそう時間は掛からなかった。
寄る波がぐぐぐっと引いて、より大きな波が迫るみたいに、民衆は一斉に声を上げる。もはやそれは爆発であり、ある種の破壊兵器でもあった。
聞くだに大半は祝福の言葉を思い思いに述べているのだが、中には恨み言や羨望、悲哀や悔しさのようなものが混じっており、阿鼻叫喚と言った具合だ。
しばらくは止められそうにもない。
「カノン嬢」
今度は殿下が私の肩をつつき、私を呼ぶ。
「その、僕でいいのかい」
「どういうことかしら?」
「僕はほら、兄上みたいに男らしい体格や顔つきでもないし、父上のような威厳や品格が足りない。なにより背が低い。僕としてはあなたのような美しい女性を娶れるのは喜ばしいが、あなたはそれでいいのかと」
「愚問ね。私らしくって言ったのはあなたでしょ。それに、さっきのキスがその答えよ。むしろあなたの方こそ、私が隣にいて迷惑だったりしないの?」
「そんなことはない。僕は、あなたを一目見た時からずっと気になっていたんだ。ただ、兄上の婚約者だと知って、諦めていた。近くであなたの笑顔が見れればそれでいいと自分に言い聞かせていた。でも、あなたと過ごした半日が、どうしようもなく忘れがたくて、欲が出てしまった。王族という身分を捨てさえすれば、あるいはと。同じ空の下にいられればいいと、そう思っていたのに」
「同じ空の下にいるからって、隣にいちゃいけないわけじゃないでしょ」
はっとしたように殿下は顔を上げ、その瞳いっぱいに私を捕らえる。
瞳の中にいる私は、笑っていた。
「ほら、あなたからも言ってあげて」
「そうだね」
殿下は再び民衆の方へと向き直った。
「余はカノン・アポクリファを第一王妃として妻に迎え入れる!」
宣言をして、歓声は一際大きくなり、殿下はまた私の方を見ると、今度は殿下の方から私に唇を重ねてきた。とても柔らかく、やけに手慣れた印象を受けた。
「もしかして初めてじゃなかったのかしら」
「これで二度目だよ」
それから祝賀ムードから一転して、国王陛下の葬儀は嘘みたいに厳かな雰囲気で粛々と執り行われ、一般の参列と手向けも済み、また第二王子が正式に王太子へと任命された。
これからの数年間は国王が不在となり、政治が不安定になるかもしれない。もしかしたら、殿下だけでは困難なことがあるかもしれない。
だけど、私がいる。私が隣を歩き、支え、二人で乗り越えるのだ。
私たちにはそれができる。そんな確信があった。
だから、セガと二人だけの逃避行はおあずけだ。
お読みいただきありがとうございます。
はじめて婚約破棄ものを書きましたがいかがだったでしょうか?
「実はカンジャジャが第一王子の間者だった」とか「国外逃亡を無理やりやろうとして一悶着起こる」とか「当初の予定では国王を殺したのは本当にカノンだった」とか、まあ色々と書きたい(書いてたけど消した)部分もあったのですが、文字数的にきびしかった(短編の枠に収めたかった)のと恋愛要素に比重を置きたかったことから、このような形に落ち着きました。
あまり革命って感じになってなくてすみません。血湧き肉躍る闘争はまた別の物語に期待してください。
そんなこんなで、あとがきも以上です。それじゃあ、またね、バイバイ~
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