転生した原作者、最推し悪役たちをハピエンに上書きする。
すっかり日が暮れた、王宮の裏庭。
アリー・ハーセン子爵令嬢は、ダンスホールで行われている夜会から抜け出し、植栽の影に隠れ、とある人物の様子を窺っている。
銀糸模様の施された、ライトブルーのドレスに身を包む金髪碧眼の貴族令嬢には、前世の記憶があった。しかもただの記憶ではない。
「やっぱり。この世界は……わたくしが前世で書いた物語だわ!」
動揺でへたり込みそうになるアリーは、無理やりに気を奮い立たせる。
眼前で起きようとしている悲劇を、どうにかして止めなければ、と。
✻
アリーが夜会に参加する、四十日前。
ハーセン子爵家にもたらされたのは、衝撃的なニュースだった。
「アールステット侯爵夫妻が、馬車の事故で亡くなられた……!」
執務室に据え付けられたプレジデントデスクで、手紙を持つハーセン子爵の手が震えている。
「えっ!」
アリーは驚きのあまり、手に持っていた穀物高の報告書を、床に落としてしまった。
「幸いご子息のルードヴィグ様は、家に留まっていたから無事だが……」
「とはいえまだ五歳。後継問題が勃発しますわね」
「アリーの言う通りだ。あの強欲な夫婦から解放されたのは良いが」
「お父様」
「いや、すまん」
ハーセン子爵の愚痴ももっともだ、とアリーは眉尻を下げる。
ハーセン子爵家は、はるか昔の戦争でアールステット侯爵の配下となり、以来領経営の補佐を担っている。
補佐といいつつ、ほぼすべて。
しかも当代の侯爵夫妻の金遣いの荒さには、ほとほと困り果てていた。
「取り急ぎ葬儀の手配を……っ!?」
冷静に動き出そうとしたアリーのこめかみに、強烈な痛みが走る。
「アリー!?」
焦るハーセン子爵の声を聞きながら、アリーは気を失った。
――それから三日間。
前世を夢に見続けたアリーはしばらく寝込んでいたが、アールステット侯爵をセルジュが継ぐことになると聞き、飛び起きた。
(セルジュ・アールステット! 魔王の側近!)
前世の記憶が正しいならば、現在五歳のルードヴィグ・アールステットは、成人――十六歳で、魔王化する。
ルードヴィグの叔父であるセルジュは王国騎士団長の地位にあるが、かつて隣国との小競り合い中に、武功を妬んだ兄の画策で前線に置き去りにされたトラウマを持つ。
怜悧冷徹な人間不信、という評価はそのせいだ。
急いでハーセン子爵の執務室へ向かったアリーは、難しい顔をしながら書類を眺めている父に問いかける。
「お父様。セルジュ様がアールステット侯爵を叙爵するのは、いつでしょうか」
「最短で、喪が明けた四十日後だそうだ」
「……準備期間が足りないですわね」
「ああ。ただし国王陛下から叙爵の条件に『結婚』を挙げられたそうだ。伴侶を決めるための夜会を開催せよとのお達しがきた。忙しくなるぞ」
領経営の補佐を担うハーセン子爵家だからこそ、候補となる令嬢を持つ家に打診するなど、やらなければならない仕事がたくさんある。
アリーは当然それらを手伝う側のつもりであるが、ハーセン子爵は苦笑いで告げた。
「アリー。念のため、ドレスを新調しよう」
「わたくしが選ばれるわけございませんわ」
「そうは言ってもな。ほら、こういう機会がなければ作らないだろう?」
「……わかりました」
渋々了承したアリーの脳内は、別のことでいっぱいである。
(原作通りなら、夜会での事件で、ルードヴィグが闇落ちに一歩踏み出す……いやまさか。夢、よね?)
頭で原作のストーリーをなぞりながら、手ではさまざまな手配をこなし、あっという間に夜会の日となった。
✻
裏庭に据え付けられた噴水周辺は、人通りがない。
あるのは、ダンスホールから漏れ出るシャンデリアの灯りや、オーケストラの奏でる旋律ぐらいだ。
ところが突如として――
「うあーーーーん!」
男児の泣き声が、静寂を破った。
彼は、夜の闇に紛れてしまいそうなほど真っ黒な髪と瞳で、五歳ぐらい。
夜会には相応しいが年齢には相応しくない、小さなタキシード姿で、号泣している。
保護者や従者、騎士の姿が見えないのは異様だが、何より彼の周囲の空気が、歪んでいる。
その彼から数歩離れた場所で、令嬢が一人、へたり込んでいた。
「なに……なんなのよ……!?」
たっぷりパニエとフリルなデザインの、ド派手なピンク色のドレスを身にまとい、真っ赤な口紅が目立つ令嬢は、呆然と男児を見上げている。
(ああ、やはり原作の通りだわ! ルードヴィグを助けなければっ)
植栽の影で様子を見守っていたアリーは、二人の様子を見て確信した。
この世界は、自分の書いた物語だ、と。
それからの行動は、早かった。
「魔力暴走ですわ! お逃げくださいませ!」
巡回しているはずの近衛騎士の姿が見えないのは、へたり込んでいるジュリエッタ・マルテーゼ伯爵令嬢がそう画策したからだ。
アリーが無遠慮にジュリエッタの肘を掴んで起こそうとすると、たちまち激昂された。
「無礼な!」
ジュリエッタは立ち上がるや否やアリーを睨みつけるが、今はそれどころではない。
なんとかしてルードヴィグを落ち着かせなければならない。
彼の周囲の空気は歪み、小さな体から、一層強い魔力が迸りはじめた。
噴水は水面を激しく波立たせ、台座から中身を溢れさせる。
石畳の一部が壊れ、大小様々な破片が宙に浮いた。
庭のあちこちに植えられた木々や植栽が尋常でなくさざめき、夜行性の鳥たちが悲鳴のような声を上げてバサバサと飛んでいく。
(このままじゃ……闇の魔力が覚醒してしまうわ!)
闇の魔力の覚醒は、魔王への第一歩である。
だがそれだけではない。
王宮で危険な魔力暴走を起こしたとなれば、必然的に収監される。
血の繋がった叔父であるセルジュは、現在王国騎士団長だ。当然、この件の責任を取らされることになる。
そうして二人は王国を恨み、敵対勢力になっていく。
いよいよルードヴィグの周囲を、ゴウゴウと風が渦巻き始めた。
「きゃあ! なんて恐ろしい化け物なのかしら!」
ジュリエッタの罵声で、ルードヴィグはますます激しく泣く。
目をこする、しゃくり上げる、咳き込む。
動く度に、黒い霧のようなものが体から漏れ出て、さらに空気を歪めている。
「化け物なんかじゃない!」
アリーはドレスの両脇を掴んで持ち上げると、ルードヴィグに駆け寄り、強引に抱きしめた。
「イッ」
たちまち肌が焼けるような痛みに襲われたが、構わず抱きしめ続ける。
視界の隅でジュリエッタが逃げていくのを確かめてから、アリーは口を開いた。
「いやな人は、いなくなったわ」
アリーは努めて優しい口調で語りかけながら、ルードヴィグの頭頂を撫でる。
「よしよし。もう大丈夫よ」
「!? ぐす。ひっく。ひっく」
ルードヴィグが少しずつ落ち着きを取り戻していく様子に胸を撫で下ろしていると、男性が一人、こちらへ近づいて来るのが見えた。
月光でも眩しい、金糸で装飾された鮮やかな青のジュストコールに、儀礼用の剣を腰に帯びている。
(あのお方は……!)
ルードヴィグの実の叔父である、セルジュ・アールステット、その人だ。
作者――アリーの前世――の好みを詰めに詰め込んだ『最推しキャラ』である。
最推しと豪語していただけあり、紺色の髪と目はクールな印象で、キリリとした目元に端整な顔立ちをしている。
セルジュは立ち止まるや、低く艶のある声を放った。
「っ、魔力暴走か」
ぶつぶつと何かの魔法を唱えるとすぐに、ルードヴィグを覆っていた魔力の波は収まった。
「まさか抱えて収めるとは、無茶なことを。レディ、怪我は?」
「大丈夫ですわ」
細かい切り傷は多少あるものの、問題にするほどではない。
何よりルードヴィグの傷ついた心に、これ以上負担をかけたくない、とアリーは気丈に笑ってみせる。
「落ち着いたみたいですね。よかった!」
「ごべ、ん、なさい」
アリーは腰を屈めて、ルードヴィグと目線を合わせる。
「いいえ。セルジュ様がきてくださったから、もう安心ですよ」
「……」
不安げな目で見上げるルードヴィグに、セルジュはどう反応して良いのかわからないようだ。
眉根を寄せ、ただ頷いてみせる。
「さ。涙、拭きましょうね」
アリーは持っていたハンカチで、ルードヴィグの頬を優しく拭いてやる。
その様子を、セルジュはただ黙って見つめた後で――
「……貴女の名前を、聞きたいのだが」
ぶっきらぼうな口調でアリーに尋ねてきたので、淑女の礼を執る。
「これはご挨拶が遅れ、大変な失礼をいたしました。ハーセン子爵の娘で、アリーと申します」
「アリー・ハーセンは貴女だったか。先ほどハーセン卿からは、領経営に精を出しすぎて婚期を逃したと聞いたが、真か?」
アリーは吹きそうになったのを、かろうじて堪えた。
(お父様ったら、もっと別の言い方はなかったのかしら!?)
「ええ。残念ながら縁談とは無縁ですわ」
「そうか」
「くしゅん」
セルジュと会話をしているアリーの横で、ルードヴィグが小さなくしゃみをした。
「あら。お体が冷えますわね。中へ入りましょう?」
アリーが手を繋ごうとすると、ルードヴィグは驚いた顔をした。
「……あの、ぼく……触ると、だめって、ママが……」
「っ。そんなことはございません。さ、繋ぎましょう」
アリーの差し出す手を見て、またルードヴィグが目に涙を浮かべる。
「ぼく、はじめて……ハグも、手を繋ぐのも」
今度はアリーが、泣きたくなった。
人間の魔力は、見た目に現れる。
髪の色や目の色、肌の色や爪の色。
畏怖や差別に繋がり、人との軋轢や繋がりを生む。
魔王を筆頭とした魔王軍。
人間の中から選ばれた勇者。
使い古された対立のモチーフだが、さまざまな人間ドラマを書いた。
悲劇と、希望、それから愛憎。
そういう風に、前世のアリーは世界を形作ったが――流行をなぞらえただけの物語だと評され、失意のうちに亡くなった。
だがルードヴィグは生きて、髪や目の色で恐れられ軟禁されてきた過去を持つ。
こんなにも傷ついているのは自分のせいだ、と今のアリーは思っている。
(自分で書いた物語かもしれないけれど、実際に目の当たりにすると……なんて残酷なことを私はしたのだろう。決めた。未来を変えよう。この子を、幸せにしたい)
✻
「アリー。セルジュ様から結婚の申し込みが来ているが、どうする」
「え!」
王都にあるタウンハウスで、ハーセン子爵が複雑そうな顔をしている。
アリーは内心、過去の自分の推しであるからと高揚する心と、ルードヴィグを救うためならと快諾したい気持ちと――父の心労を労わりたい気持ちがごちゃ混ぜになっている。
「受けるか否かはアリーが決めて良い、と仰ってくださっている。ハーセンとしては嬉しいが、父としては心配だ」
「心配、ですか」
「マルテーゼ伯爵家がどう出るのか、とね」
ジュリエッタが選ばれなかったら。
原作通りなら、マルテーゼ伯爵家は没落する。
資金繰りが悪化しており、アールステット侯爵家の財産を欲しているからだ。即現金化できるような資産も産業もない。
アールステット所有の鉱山が、現状打破の特効薬だと思っているから、強引な手段を使ってくる可能性があった。
「幼いルードヴィグ様を脅したぐらいですものね。でも平気ですわ。わたくし、アールステットに嫁ぎます」
「そうか。では了承の返事をしよう」
――翌日にはセルジュ様がタウンハウスを訪れ、結婚誓約書へのサインを済ませ、王宮での叙爵式に臨むことになった。
「結婚を了承してくれて、感謝している」
国王との謁見の間を歩くセルジュが、アリーをエスコートしながら言った。
「こちらこそ。婚期を逃したわたくしを拾っていただき、感謝しておりますわ」
「そう言うが……まだ二十歳だろう?」
「ええ。でもずっとそう言われておりまして」
「私は二十六だが」
「存じております。最年少にして最強の騎士団長様」
仏頂面のセルジュの眉根が寄るのを見て、アリーは足を止め尋ねる。
「本当に、良いのですか。団長という地位に誇りを持たれていたのでは」
セルジュは、表向きは侯爵位に注力するため、団長を辞任している。
実情は、国王が権力集中を嫌い、当主と団長の兼任を許可しなかった。
「良いのだ。ルードヴィグが冷遇されていたことすら、私は知らなかった」
「っ……」
「これは契約結婚だと思ってもらって構わない。力を貸してくれ」
自分の書いた物語とは違い、セルジュは自分の意思で生きている。
アリーが妻になったのなら、運命は変えられるに違いない。
「お力になれるのであれば、喜んで」
気を取り直して歩を進める二人の先に――なぜかジュリエッタとルードヴィグの姿が見えてきた。
(まさか、原作の強制力は、変えられない!?)
原作では、ルードヴィグの魔力暴走で怪我を負ったジュリエッタが、責任を取れとセルジュへ迫り、妻に収まる。
夜会でのことはアリーが止めたが、今また同じようなことが起きようとしている。
(今、セルジュ様の力になると誓ったばかり。また起こるのなら、また止めるだけよ!)
「何をしている!」
セルジュが声をかけると、ルードヴィグがびくりと肩を揺らした一方で、ジュリエッタは不敵な笑みを浮かべた。
「ごきげんよう、閣下。わたくし、そちらの方とお話がございますの」
「わたくし、でしょうか」
アリーが意外さで目を瞬くと、ジュリエッタはゆっくりと扇を広げ口元を隠した。
「ええ。先日わたくしの肘を引っ掻いたでしょう?」
裏庭で助け起こした時のことを言っているのは、すぐにわかった。
なるほど、それを怪我として何らかの補償をしろと言うつもりだろう。
アリーは深呼吸をしてから、口を開いた。
「まったく覚えがございませんが」
「白々しい! 裏庭でこの子が魔力暴走を起こした時よ!」
セルジュが忌々しげな息を吐き、何かを言おうとしたところを、アリーは遮って言った。
「魔力暴走。そのようなことがはたしてあったのでしょうか」
「はあ!?」
「わたくし、裏庭で休まれていたルードヴィグ様とお話はしましたが、貴女様をお見かけした記憶がございません」
「何言ってるの!? そんな嘘」
「嘘ではございません。護衛の騎士様方にお尋ねになってはいかがでしょう」
「っ!」
あの夜、ジュリエッタはルードヴィグを脅迫するため、賄賂でもって護衛騎士たちを下がらせた。
つまり、目撃者はいない。
自身の画策で墓穴を掘ったジュリエッタに、アリーはさらに追撃すべく、ルードヴィグに水を向けた。
「ルードヴィグ様。あの時この方、いらっしゃいましたか?」
アリーがじっと見つめると、ルードヴィグは下唇をきゅっと噛み締め、首を横に振った。
どうやら正しく意を汲んでくれたようだ、と彼の賢さに感心したアリーからは、自然と微笑みが漏れる。
「っ、そんなの嘘よ! セルジュ様! このような嘘つきな方と結婚だなんて、おやめになられた方がよろしいかと」
「嘘つきなのはどちらだ。あの夜、私はルードヴィグを助けに裏庭へ向かったが、貴女の姿はなかった」
「それは!」
早々にルードヴィグを見捨てて逃げたからだ、とアリーは溜息を吐きそうになるのを必死に耐える。
「っ、もう、結構ですわ!」
顔を真っ赤にして、ジュリエッタは去っていく。
その背中に聞こえるように、アリーは最後のダメ押しをした。
「セルジュ様。あのようなことを言われては黙っておれません。あの日の夜の護衛当番表は、お手元に?」
「ああ。当然持っている。賄賂で任務放棄したと判明したら、即刻罷免させてやる」
甲高い声で「ひい!」と言われた気がしたが――アリーは聞こえないフリをし、ルードヴィグに手を差し出す。
「勝手にここまで来たなんて。迷子になったら大変です。手を繋ぎましょう」
「だって。アリーに聞きたかったの。ぼくのママになるって、本当?」
「っ! そう、ですね。本当です」
「やったあ! 嬉しい……あのね、ぼくのこと、ルーディって呼んでね?」
ぎゅっと手を繋ぎながら嬉しそうに見上げるルードヴィグに、アリーはにっこり笑う。
「ええ、ルーディ。よろしくね」
「うん! あの。パパ、も……ね?」
セルジュは戸惑いつつも、差し出されたルーディの手を握った。
「ああ、ルーディ。よろしく」
『黒の呪い子』と揶揄される黒髪黒目のルードヴィグを真ん中にし、並んで手を繋ぎ歩く姿に、すれ違う人々は驚きや恐れを隠さない。
アリーは不満をそのままに、独り言を放った。
「居心地悪いわね。せめて家では、過ごしやすくしなくちゃ」
✻
それから、恐ろしい魔力を誇るはずのアールステットの男子たちは、不思議な知識を持つ子爵令嬢と共に、様々な困難に直面しながらも乗り越えていった。
原作通り聖剣を得た勇者と、隣国の竜騎士団長とのいざこざを、セルジュの圧倒的な武力で介入し穏便に収めたり。
アールステット侯爵領が溶岩に覆われ全滅の危機に陥った時は、原作者知識を生かして火山の竜を助けることで、溶岩流を回避したり。
ようやく、家族揃っての穏やかな時間が取れるようになった。
「え。セルジュ様って、甘いものがお好きでした……?」
中庭を臨むバルコニーで、アリーはテーブルに着いている。
向かいには、セルジュが座っていた。
「実はな」
照れ笑いをするセルジュの視線の先には、芝生で飛び跳ねるルードヴィグの姿がある。
「ぼくもすき!」
「わー。もっとクッキー焼けば良かった」
「ぼく、お願いしてくるね!」
びゅん、と魔法で飛び上がるルードヴィグを、アリーは慌てて止める。
「庭はいいけど、お家の中はだめよ!」
「はあい」
ルードヴィグは素直に地面へ降り立つと、タタタと走っていく。
「はは。やんちゃだな」
「セルジュ様が止めないからですよ」
「うん。そのうち、な」
「それ、絶対止めないやつじゃないですか」
「バレたか」
前世で書いた物語の中では、決して笑わなかった二人が、笑っている。
アリーの胸には、温かな思いが満ちている。
ティーカップを傾け中身を飲むと、セルジュがいたずらっぽく笑った。
「ところで。夫婦の寝室を作ろうと思うのだが」
「ん!?」
危うくお茶を吹き出すところだったアリーは、ハンカチで口元を押さえてから、ようやく口を開く。
「契約結婚て、言ってませんでした?」
「そのつもりだったんだが……」
ほんのり頬を染めるセルジュに、アリーもつられてしまう。
セルジュらしい物言いだからこそ、心を許してくれている、と感じられた。
(残酷で、人の命を奪い、最後には勇者に倒されたこの人が。今、幸せそうに笑ってくれている)
「嬉しい、です」
自然に漏れたアリーの言葉に、セルジュは目を見開くと同時に席を立ち、アリーの横で跪いた。
「アリー。私もだ。幸せをありがとう」
手の甲に優しくキスを落とすセルジュに、アリーは「わたくしも」と答えてから、頭頂にキスを返す。
「あー! ずるーい!」
遠くから歩いてくるルードヴィグに見られてしまったようだ。
アリーは椅子から立ち上がると、満面の笑みで両手を広げた。
「ルーディ! おいで!」
腕の中に飛び込んできたルーディの頭頂にも、アリーがキスを落とすと、セルジュは対抗するように腰を抱き寄せてきた。
「んもう、危ないですよ!」
「そうか?」
――そうしてアールステット侯爵家は、以後膨大な魔力と知識を生かし、繁栄の道を辿っていくのだった。
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