六章 忘れた神と人
「知らないんだけど?」
刻の顔を見た瞬間、イラッとした…
長々と山道を歩かされ、挙げ句の果てに、くだらない争い。
「お前、めんどくさい……」
煙を上げ、所々が焼け焦げた刻が立ち上がる。
「山を、街を、我が社とすれば――神になれるだろう……緑君」
……いや、本当に知らない。
「誰もお前のことなんて、覚えてない。
知らない奴に、誰が祈る? 祀るの?」
饒舌に身振り手振りで語っていた刻が、ぴたりと動きを止めた。
次の瞬間、私を睨みつける。
「愚かな」
刻が両手を広げると、地面から十体の黒い影が這い出した。
私に向かって一斉に駆け出してくる。
口をぱくぱくと開きながら、
「アァァ……あの女を、わしの元に……」
誰かの祈りの残骸か。
……気持ち悪い。
赤く熱を帯びた拳を、影に振り抜く。
「シッ」
爆発音。
影は一瞬で消え、私は刻へと歩み出した。
舞い上がった煙が晴れる。
「神とか知らん。勝手にやってくれ」
距離を詰め、刻の顔面を狙って右拳を振る。
――ガキン。
金属音が響き、片手で防がれた。
拳が弾かれ、腕に鈍い痺れが走る。
刻の指が、私の拳を包み込む。
そのまま――引かれた。
「ッ!」
身体が宙に浮き、背中から地面に叩きつけられる。
肺から空気が抜け、視界が白く弾けた。
「人は弱い。忘れる。離れる。
だから――縛るしかない」
刻の足元から、黒い影が滲み出す。
「願え。祈れ。すがれ。
そうすれば、我は在れる」
影が私の足首を掴み、引きずり込もうとする。
「……チッ」
歯を食いしばり、赤く染まる腕を叩きつける
着火、爆ぜる衝撃。
影が消し飛び、地面が砕け、社の前に亀裂が走る。
「なぜ……抗う……!」
爆発の反動で、舞い上がる埃を払う。
刻の顔が歪んでいた。
「忘れ去られる苦しみが……分かるものか!」
刻が腕を振り上げる。
無数の文字が空中に浮かび、円を描いた。
「ここに残れ、緑君。我と共に――」
「いや……無理」
短く言い切り、地を蹴る。
距離を詰める。右腕の呪印が赤に染まる。
――が、一瞬遅い。
刻の懐に飛び込み、腹へ拳を叩き込んだ。
「ぐっ……!」
刻の身体が大きく揺れる。
――打撃は、通る。
もう一度拳を構えた瞬間、
刻の描いた文字が地面に沈み、巨大な岩の塊が浮かび上がった。
咄嗟に距離を取り、見上げる。
「でかいな……」
右腕の拳を強く握り、呪印を繋ぐ。
「緑君、私に祈れ。まだ生きられる」
巨大な岩の下で、刻は勝ち誇ったように見下ろしてくる。
――神に祈ったこと、あっただろうか。
鬼に頼み事をしたことはあるが。
私は、笑った。
「お前に祈るくらいなら、鬼に願う」
刻が大岩を振り下ろす。
「……物を祀る、忘れ人よ。憐れな……」
迫り来る岩。
私は走り出し、跳ぶ。
赤く染まる拳を、岩へ振り抜いた。
空中で爆音が鳴り響き、岩が砕け散る。
煙が渦を巻き、刻は顔をしかめた。
爆発を見上げながら、刻は呟く。
「あとは……捕らえた、主を……」
「キュィン」
音に気づき、刻が振り返る。
血を滲ませ、左脚を踏み込む私が
その視界に映る。
目を見開く刻を見て、私は笑った。
「ぶっ飛べ……!」
赤い拳が、刻の身体を貫いた。
爆ぜる衝撃が、空気を裂く
刻の身体は宙を舞い、社の前に叩きつけられる。
私は拳を下ろし、息を吐く。
腕が熱い、額が岩の欠片で切れ、垂れた血を拭いながら刻を、確認する
全身から煙を上げ、片足は吹き飛び、焼け焦げる刻。
「ガハッ……」
血を吐き、ぼろぼろのまま、地面から私を見上げている
私は拳を握り、止めを刺そうと歩み寄る。
「……ん?」
刻の身体から、黒い煙が立ち上る。
地面から、黒い影を吸い上げ、少しずつ身体を修復している。
「お前……それ、祈りの残骸か?」
刻は身体を起こしながら答えた。
「人の祈りが、私に力を与える」
――主であるこの山と、神の名残
祈りの残骸が、こいつの力…
「それは……祈ってもらわないとな」
刻の髪を掴み、拳を振り下ろそうとした
その時…
一枚の紙が、視界に入った。
「……紙?」
四方に呪符が張り付き、動きが止まる。
「――封」
背後から声が響いた…
修復を続ける刻が、声をかける。
「光義、よくやった」
「神よ、あとは私が……」
刻の隣、石段にいた、退魔師が姿を現した。
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