たどる、記憶と空白
私が憑かれてから、時折、視線に気づく。
――視られている。
建物の影や、木々の隙間から……
人でも、物の怪でもない。
あの女の視線みたいで、不気味な視線……。
「ねぇ、見た? ニュース。電車で刺されたってやつ」
「見た、見た。怖いよね」
「ありがとうございました~」
コンビニの駐車場に止めた車に乗り、事務所へ向かう。
通りの街を眺めながら、ぽつりと呟く。
「増えたかな……」
街に住まう物の怪や、霊的な存在が増えた気がする……。
事務所のドアを開けて入る。
「おはよー」
「「おはようございます」」
先に二人が来ていて、私が最後だった。
「緑さん、ニュース見ました? 電車で刺されたの」
「見たよ。危ないよね」
「最近、物騒になりましたね」
……この街での違和感や視線。これは、もう
――。
「コン、コン」
「朝からお客様ですね」
「凛さん、私が出るよ」
玄関へ向かい、ドアを開けた。
六十代くらいの、スーツを着たおじいさんが立っていた。
「緑さんは、おりますかな?」
「はい。緑は私ですが?」
「少し話がありまして……」
話……依頼かな?
「中へどうぞ」
不安を与えないよう笑いかけ、事務所に通す。
ソファに案内すると、マッキーが気を利かせてくれた。
「お茶です。綺麗な着物ですね」
「ありがとうございます」
おじいさんは、マッキーに笑いかける。
…………着物?
スーツを着たおじいさんしかいないはずだが。
「黒子が……お世話になったようで」
黒子?
……誰だ、という言葉を呑み込む。
背筋がざわつき、私は二人に振り向いた。
「鏡を出して!」
そう叫ぶと、二人は私の顔を見て察し、すぐに動いた。
一瞬の静寂が広がる。
私は口を開いた。
「黒子とは、誰ですか?」
目の前のおじいさんは、若い男の姿へと変わっていく。
顔が溶けるように、切り替わる。
「クックク……おわかりでしょう?」
「黒い女のことですか?」
不安を押し殺し、冷静に、悟られないように。
「私は、刻。そう名乗っています」
「なぜ……私に?」
「緑さんだけではありません。
今、すべての主に挨拶に行ってますよ。
あなたは……別枠ですが…」
叔母わらしに亜子、仁さんにも……。
「いったい何が狙いだ?
すべての山を治めることか?」
「全部ですよ。山も……」
笑いながらお茶を飲み、私を視つめる。
……「街も」
私は刻の目を視て悟った。もう、避けられない、話も何も無いだろう。
「私の山に招待しましょう」
「遠慮しますよ」
「でしたら、街に出向きます」
こいつ……笑いながら……。
「緑さん、降りられませんよ。
君は、そちら側についたのだから」
「真紀さん、凛さん。
こんな場所で、鬼を呼びますか?」
二人は、鏡を持つ手が震えている。
「では、三日後。元帥山で会いましょう」
刻は立ち上がり、
「あぁ、そうだ、術師のお二人もお誘い下さい。摩里さんに……清さん」
どこまで、そして、どこから視ていたのか。
冷や汗が流れる。
目の前の存在は、私を――見下しながら。
「忘れ物……思い出せたら良いな。
名も、生まれも、親も……何もない物よ」
……そう言い残し、刻は消えていった。
その言葉で、胸に空白が広がる。
それも、今、気がついた。
刻の言葉で、記憶を遡る。
便利屋、緑屋、緑
……字名だ
私は誰なのだろう?
まるで、何もなかったかのように。
空白で、欠片もない――。




