失敗のような成功
あれから……どれくらい経っただろう。
先生と摩里の二人が、義手に針のような道具で小さな文字を削り込んでいる。
最初は銀色で光沢のあった義手は、今では肘の先から、親指と人差し指を除いて、真っ黒な呪印で埋め尽くされていた。
摩里は疲弊しながらも刻み続けている。
先生も頬を伝う汗を拭うことなく、日が落ちても手を止めなかった。
私は寝ていた。
そして今、二度寝をしようとしている。二連休だから問題はない。
「先生、今日はここで寝てもいいでしょうか?」
こちらを見向きもせず、刻みながら先生が答える。
「ん? ああ、好きな場所で寝ろ」
「すみません、ありがとうございます」
二人を眺めているうちに、自然と瞼が落ちていった。
………………
白い霧がかかった場所で、誰かが私に語りかける。
『忘れるな……』
いろいろな声が、重なりながら響く。
『忘れるな……』
……何を、だろう。
「……夢か」
目を覚ますと、朝日が差し込んでいた。
先生と摩里はもう起きている。いや、もしかすると寝ていないのかもしれない。
「おはようございます」
「起きたか」
「すみません、寝てしまって……」
「構わん」
摩里がお茶を出してくれた。
「完成したわ」
私は二人と目を合わせ、黙って頷いた。
疲れ切っているはずなのに、二人の顔はやりきった表情をしていた。
「緑……話がある。こっちへ来てくれ」
「……はい」
三人でテーブルを囲み、中央に義手が置かれる。
先生が静かに口を開いた。
「結論から言う。爆破の呪符は、付加できた」
……な、なんだと?
それ、もはやビームじゃないか。
「拳を握り込めば、無数に刻んだ呪印が連結し、力を繋ぐ。だが、それだけじゃ使えない。緑、お前は発動できん」
「そ、それで……?」
「親指と人差し指には赤い呪印を刻んだ。懐に入り、拳を当てる瞬間に赤の呪印を擦れ。火花が散る。それを前方に押し出すんだ。爆破の衝撃は前に飛ぶ」
「いいか。握る、振る、最後に着火だ。分かったな」
「は、はい」
手元で爆発するんじゃなく、押し出す……なるほど。
「いいな。間違うな。レーザーみたいに飛ぶわけじゃないからな」
……私の頭の中では、レーザービームが飛んで山に穴を開けていた。
「摩里、裏の訓練場に連れて行け」
「分かりました」
「試した方が早い」
先生の家から少し離れた山の中、大きな岩が点在する場所へ連れて行かれた。
「試してみろ」
義手を受け取り、左手で持って右腕にはめ込む。
少し回すと――
「カチッ」
音がして、しっかりとロックされる。
腕に吸い付くような感覚。
「完璧だ……」
思わず、独り言が漏れた。
「当たり前でしょ。先生とあたしが本気で作ったんだから」
摩里はどこか誇らしげに胸を張る。
先生も自信満々だ。
黒い義手に、親指と人差し指だけが赤く染まっている。
震えるほど、格好いい。
私は大岩の前に立ち、左脚を前に出して半身になる。
拳を握る。
「キュイン」
音が鳴り、無数の呪印が連結する。
手首から先が赤く熱を持つ。
ここから拳を振り抜き、指を鳴らして
着火……。
先生と摩里を見ると、二人は無言で頷いた。
「……行きます」
左足に力を込め、腰を回転させる。
「シュッ」
赤く熱を帯びた拳を振り抜き、当たる瞬間に
――
「パチッ」
「ドゴンッ!」
指先で爆発が起きた。
大岩は大きく抉れ、衝撃で木々が揺れ、砂煙が舞い上がる。
「グェェ!」
私は後方へ回転しながら吹き飛び、蛙のようにひっくり返った。
摩里が駆け寄ってくる。
「先生、生きてます! 成功です!」
……生きてます、だと?
「うむ。義手も無事だ。手足もついている……成功だ」
耳鳴りがし、視界が焼け付くように痛む。
涙を流しながら、私は聞いた。
「こ、これは……成功なんですか?」
摩里はニヤニヤしながら答える。
「成功よ。死んでないし、手足もちゃんとついてるから」
先生は、岩があった場所を見つめながら言った。
「威力も、申し分ないな」
……ちょっと待て。
失敗していたら、手足が吹き飛んで死んでいたのか?
赤い爆発を受けた大岩は、半分以上が抉れ、吹き飛んでいた。
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