温泉、完
私達が目を覚ました時には、もう緑さんと摩里ちゃんの姿はありませんでした。
亜子さんからの依頼があると、朝早くに出かけたらしいです。
「凛さぁ〜ん、おはようございます」
「おはよう、真希ちゃん」
昨日は遅くまで三人で起きていたのに、凛さんは朝からばっちりですね。
朝風呂で温泉に入り、朝食を済ませてから、凛さんと露店巡りをしながらのんびり過ごしていると、あっという間に日が沈んでいました。
「緑さん達、遅いですね」
凛さんは心配そうに時計を確認します。
「もう夕食の時間ですね。真希ちゃん、先に食べちゃう?」
「うーん……もう少し待ってみます?」
その時――
「ピリリリ、ピリリリ」
凛さんの電話が鳴りました。
「はい……摩里ちゃん?」
『凛さん、駐車場にいるんだけど……真希ちゃんと二人、手伝ってくれない?』
「……! 今から行きます」
凛さんはすぐに立ち上がり、
「真希ちゃん、駐車場まで行きましょう」
「わ、わかりました」
駐車場に着くと、摩里ちゃんが待っていました。
「ごめん……緑が急に倒れて……。とりあえず、部屋に運ぼう」
三人でなんとか緑さんを部屋まで運び込みます。
凛さんが右側を支えていた時、はっとしたように固まりました。
「……摩里ちゃん、何があったの?」
凛さんの声が震えています。
「……緑さんの、右手がありません」
「……! え……?」
摩里ちゃんは気まずそうに、ぽつぽつと話してくれました。
亜子さんの依頼のこと。
以前話していた、黒い女の人との再戦。
そして――摩里ちゃんを庇って、致命的な傷を負ったこと。
「私を……庇って……」
私達は、言葉を失いました。
凛さんが、静かに口を開きます。
「……摩里ちゃん、とりあえず、その……傷は治ったのですよね?」
「ええ……傷痕は残ったけど……」
「顔色はいいですね。眠っているだけみたいですけど?」
「そうなのよね……」
二人が話していると――
ピクッ。
緑さんの瞼が、わずかに動き、一瞬だけ開きました。
……!
起きましたよね!?
「ごめんなさい……二人とも……あたしのせいで……」
目を潤ませて謝る摩里ちゃん。
「……どうしようもないこと、だったのでは?」
「でも……あたしが油断したから……」
――これは。
緑さん、気まずくて寝たふりしてますね。完全に起きるタイミングを逃しています。
俯いて後悔する摩里ちゃん。
私は凛さんの肘を、ちょん、と突いて、
ヒソヒソと。
「緑さん……起きてますよ。たぶん……」
「本当に……?」
凛さんが緑さんを見つめると、
瞼が、ピクピク。
「……! 起きてますね」
「ですよね」
…………。
「緑は……強かったわ」
摩里ちゃんが、ぽつりと続けます。
「あの化け物と、正面から殴り合って……打ち勝ったんだから」
私と凛さんは、緑さんを注視していました。
――口元が、緩んでいます。
摩里ちゃんに褒められて嬉しいのでしょう
もっと言え、と言わんばかりに、堂々と寝たふりを続けています。
「あいつは……愚痴の一つも言わなかった。あたしのお陰で勝てた、なんてことも……」
いや……もう、完全にニヤけてます。
凛さんも気づいたようで、呆れた表情です。
「……頑張ったのですね」
「……えぇ……」
凛さんは優しく場を整えるように言いました。
「……まずは、夕食に行きましょう。摩里ちゃん、真希ちゃん」
「そうですよ、摩里ちゃん。なにか食べないと。夕食、美味しいですよ」
「でも……まだ緑が……」
私達は目を合わせて、声を揃えました。
「「緑さん、行きますよ」」
「……はぁ〜い……」
――普通に起きました。
「あんた……いつから気づいて……」
そう言いながら、目潰しを仕掛けて――
「ぎゃあああ!」
その後、若干の気まずさは残ったものの、
私達は無事、いつもの「緑屋」に戻りました。
失ったものは大きいけれど、
守れたものがあるから――と。
緑さんは、そう言って笑っていました。




