失くした黒い渦
巻き上がる砂煙。
「入った……」
そう呟き、摩里が私より一歩前に踏み出した。
薄く霧が晴れていく視界。摩里が私を気遣うように振り返る。
――その瞬間。
摩里のすぐ目の前に、黒い女の影が現れた。
「摩里っ!」
私は摩里の襟首を掴み、後ろへ強く引き飛ばす。
その勢いのまま、摩里は後方へと弾き出された。
直後――衝撃が走った。
………………
爆風の中、あたしは確信していた。
「入った……」
持っている呪符を、すべて注ぎ込んだ。
視界の悪い中、一歩踏み出す。
緑を振り返る。
――傷だらけだ。
「摩里っ!」
叫ぶ声と同時に、身体を力強く引かれた。
後ろへと吹き飛ばされながら、視界に映ったもの。
黒い血を流し、尖る脚は半分欠け、ぼろぼろになった黒い女。
振り被られた横薙ぎの一撃が、あたしを引き体勢を崩した緑に直撃する。
「バキッ」
鈍い音を残し、緑は吹き飛び、地面に叩きつけられた。
ゴロゴロと転がる身体。
………………
「ガハっ……」
血を吐き出し、視界が滲む。
胸に焼けるような痛みが走り、震える手でなぞる。
――熱い。
胸から腹にかけて、斜めに抉られていた。
……だが、致命傷ではない。
まだだ、まだ……。
まだ、動ける。
よろよろと手足を動かし、立ち上がる。
黒い女を睨みつけた。
黒い血を流し、尖る脚が半分欠けたままの女が、笑っている。
「緑っ!」
摩里が駆け寄ってきた。
「あたしを庇って……」
「摩里、もう一発だ。次で決める」
「あ、あんた……傷が……」
余力はない。
血を流し過ぎた。ふらつく身体。限界が近い。
「呪符が……もう無い」
摩里が唇を噛み締めて言う。
私は摩里を見つめ、
右手に握り締めた呪符を見せた。
「私の合図で、起爆してくれ」
強い目で摩里を見る。
「……わ、分かった」
「摩里、頼んだぞ」
黒い女が、嬉しそうに口を歪める。
「ワタシと、同じ……」
お互い、ぼろぼろだった。
「ああ……同じだな……」
足に力を込め、一歩踏み出す。
ぼろぼろだからこそ、速く走る。
黒い女の間合いへ踏み込み、尖る脚の槍を、
顔を傾けて掠りながら躱す。
二撃目――震える拳で弾く。
「ガキン」
最後の脚による横薙ぎ。
距離を詰め、肘で弾いた。ほんの数歩の距離。
私の攻撃より一瞬早く、
残った人の腕で両肩を押さえ込まれる。
裂けた口が開き、噛みちぎろうと迫る。
両肩を掴まれ、振り払えない。
私は重心を下げ、腰を落とし、地面に手をつき、回転しながら女の両脚を蹴り払った。
黒い尖る脚は弾かれ、
人の両足は、蹴り払われる
空中に浮いた黒い女へ、
遠心力を利用した回転蹴り。
だが黒い女も、一瞬で戻した、尖る脚で私の顔を襲う。
――防御は無理だ。
私は右腕を差し出し、軌道をほんのわずかに逸らす。
蹴りと、尖る脚が――炸裂。
「グチャ」
嫌な音が耳に響き、同時に弾け飛ぶ。
………………
意識が一瞬、途切れる。
ぼやける視界の中、激痛が私の意識を繋ぎ止めた。
右腕の感覚が無い。
震える左腕で身体を起こし、右腕を見る。
――肘から先が、抉り取られていた。
跪いたまま、黒い女を見つめる。
「ひっひ……ひっひ……」
黒い棘の脚を、翼のように広げ
人の両腕で、えぐり取った私の腕を抱え、
愛おしそうに頬ずりしている。
奪われてもなお、
私の拳は、固く握り締められたままだった。
「緑っ!」
摩里の叫び声。
焦点の合わない目で摩里を見て、私は笑う。
奪われた自分の腕を指差した。
摩里は、私の指す先を見る。
えぐり取った腕を抱き、
愛おしそうに頬ずりする黒い女を。
赤い呪符をありったけ握り締めた、私の腕を
摩里は顔の前に腕を構え――
叫んだ。
「滅っ!」
黒い女は最後まで、私を“視”ながら笑っていた。
「ドンッ!」
激しい音。
地面が削れ、爆風が渦を巻く。
跪いたまま、
私の意識は、闇に飲み込まれていった……。




