温泉
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私の窓辺の黄昏席には今、叔母わらしが座って紅茶を飲みながら日向ぼっこをしている。
そしてマッキーの淹れた高級紅茶を飲み、ソファで静かに座る白髪の亜子。
私はその二人に、先日神社で起きた出来事を話していた。
「仲間にならないなら殺す、みたいに言ってましたよ」
叔母わらしが、ぼそっと呟く。
「あいつにとっても、鬼は強力さぁね」
亜子も静かに頷いた。
「そうじゃろうのぅ」
私は少し迷いながら、尋ねる。
「あの……人の身体に、脚が生えた化け物……なんなんですか?」
亜子は何か知っている様子だった。
「あれは、元人じゃ」
「元、人ですか?」
「あの大喰いと、似たようなもんじゃな」
――偽物鵺と、同類?
「物の怪を食べる、とかです?」
「そうじゃ。人ではなくなるほどにな」
私は苦笑いを浮かべる。
「……化け物ですね」
叔母わらしが、どこか遠くを見るように言った。
「目覚めが近いことは、間違いないねぇ」
亜子も頷く。
「目が離せぬのぅ……ところで緑よ」
「なんでしょう?」
「少々、手伝ってくれぬか?」
嫌な予感しかしない。だが、断れるはずもなかった。
白夜山――山の主が、人に頼みごとをするなど……。
…………………………
「綺麗ですねー。温泉、久しぶりですねぇ〜」
こうして白夜山へ向かうことになった。
山の麓には多数の温泉が湧き出ており、なかなかの観光名所でもある。
もうこの際、社員旅行ということで予定を調整することにした。
皆を乗せ、車を走らせる。
助手席のマッキーは、久しぶりの泊まりがけ温泉にテンションが上がっている。
「凛さん、狐がいますよ!」
「どこにいるの?」
二人は狐を探すのに忙しそうだ。
私はバックミラー越しに、凛さんの隣を見る。
チラッ…、目が合った。
「……何見てんのよ」
退魔師の摩里が座っている。
どことなく、その表情は楽しそうだった。
月に一度、呪符の新作をプレゼンしていた時に、誘ったのだ。
「摩里さん、いました。ほら、そこ」
「えっ、どこ?」
「そこですよ。あの木の近く」
そんなこんなで、予約した宿へと車を走らせる………
お高い宿につき、一日目はのんびり自由行動に、なった。
マッキー、凛さんは、たくさんある露店巡りに出かけていく。
「気をつけてね〜」
「は~い」
「行ってきます」
楽しそうで何よりだ。
目の前には、露店巡りに行きたくてウズウズしている摩里がいる。
「何よ、話って?」
「摩里を誘った理由があってさ。白夜の主がさ、」
「主って、王のことでしょ」
「そう。その王が、川の水が石で塞がれてるから、どかしてくれないかってさ」
「はぁ? それだけ?」
どこの山にも、物の怪はいる。
そして神と言われる神聖な存在も、物の怪が立ち入れない場所に、川の水が止まる原因がある。
「そう、それだけ」
「明日、付き合ってくれない?」
「分かったわ。じゃあ行くわね」
二人を追って、摩里は早足で去って行く。
よっぽど行きたかったのね……。
仁さんの山、鏡を洗う場所みたいな感じだろう。
しかも今回は、物の怪が立ち入れない
イージーゲームだ。
温泉入ろう……。
私は舐めていた……なめなめだった。
温泉に入り、食事を楽しみ、夜は女子会が
開催され、私は一人、景色と共に黄昏た…
次の日の朝。
たくさん寝た、清々しい目覚め。
準備をし、旅館を出る。
車の前で摩里を待った。少し眠そうな摩里が歩いてくる。
「おはよう、すまないな、早くに」
「おはよう。仕方ないわ。お得意様だから」
そう、緑屋は摩里の呪符を買う太客だった。
移動中、車内で。
「昨日は楽しめた?」
「凛ちゃん、真希ちゃんと仲良くなったわ」
「あんた、窓を眺めるのが仕事らしいわね。観察者って言われてたわよ」
……観察者?
朝から胸に重い一撃をもらい、ふらついた。
なんとか、山の麓に到着。
広大で深い山、そんな印象。
温泉があるのか……いや、あるな。湯気が上がっていた。
「ここから歩きだな」
紺色のコートに、動きやすい服装とブーツ。
山歩きの準備万端な摩里は、
「そうね。でも、勝手に入って良いの?」
うん……それもそうだな。
私は山の入り口で周りを見渡した。
すると、目の前に白いリスがいた。しゃがんでリスに、
「亜子さんの手伝いに来ました。山に入る許可をお願いします」
そう言った。
リスに話す私を見て、摩里はドン引きする。
「あんた……気持ち悪いわね」
いや……目って言ってたから、リスが番人だろ。多分。
しばらくして、「カサ、カサ」と草をかき分ける音がする。
白い狐が二匹現れた。
山に向かい数歩進んで、私達を振り返る。
付いてこいと言っているみたいだった。
摩里と目を合わせ、頷く。
「行こう」
摩里と二人、狐の後を歩き出した。




