第123話 「狼姫と、島の夕立」
「あっ、雨だーーーーー!!!!????」
「わー」
「夕立、でございますね」
突然降り始めた大粒の雨。
さっきまで青かった空が一気に暗くなっていく。
浜辺で遊んでいた咲蓮たちも朝日ヶ丘先輩を筆頭にして、俺と十七夜月先輩がいる巨大パラソルに駆け込んできたのだった。。
「おやおや、急に大世帯になってしまったね」
「言ってる場合ですか!?」
大雨の中、サマーベッドに座ったままの十七夜月先輩が愉快そうに笑う。
つい先ほどまでの様子を一切感じない、いつもの十七夜月先輩の姿だった。
十七夜月先輩は何を言おうとしたのだろうか?
そんな事を考える余裕は、この突然の大雨の中では流石に出来なくて。
「総一郎。総一郎。みんないる、ぎゅーぎゅー、おしくらまんじゅう」
「そうだけどそうじゃないぞ!?」
雨風が激しい。
そして俺のツッコミも激しくなる。
こんな状況でも咲蓮は平常運転で楽しんでいるようだった。
これもまあ……あの時に比べれば立場も状況も違うので成長と言えば成長なのだが素直に喜べない俺がいた。
「南の島、突然の嵐、狭いパラソルの下で避難する美少女四人と一人の男の子……何も起こらない筈が無く……」
「嵐の時点で起こってますからね!? 怒りますよ!?」
そして咲蓮以上に平常運転な朝日ヶ丘先輩が、頬を赤くしてくねくねしている。
大雨じゃなければ間違いなく俺もつられてドキドキしていただろうが、状況が状況過ぎて何も嬉しくなかった。
「柳様。落ち着いてくださいませ。海水が直射日光で温められ、急激に発達した雲が突然雨を降らせる事は南の島では日常茶飯事でございますので……ので」
「……ので?」
――ゴオオオオオオオオオッッ!!
――ザアアアアアアアアアッッッッ!!!!
横風が突風になる。
豪雨がパラソルを貫通して襲ってくる。
斑鳩宮さんの長い銀色の前髪が、一気にびしょ濡れになって。
「避難した方が、よろしいかと」
「ですよねぇ!?」
俺達も、ずぶ濡れになった。
台風並みの暴風雨に巨大パラソルが今にも吹き飛ばされそうなのである。
「あっはっはっはっはっ! こういう時でも柳クンは柳クンで安心するよ!」
「安心する要素どこですか!?」
十七夜月先輩が暴風雨に負けないレベルで大笑いする。
なんていうか、台風の時に大雨暴風警報が出て休校が決まったが、既に登校してしまった時みたいなテンションだった。
そんなこと、言ってる場合じゃないんだけどさ!!
「まあまあ安心したまえ。少し濡れてしまうが、すぐ近くにちょうどよく避難できる施設があるんだよ」
「ほっ、本当ですか!?」
「あぁ。誠、準備は出来てるんだろう?」
「はい。もちろんでございます、お嬢様。それでは未来様、咲蓮様、そして柳様。雨風で大変危ないのですが、私についてきてくださいませ」
「えっ!? ちょっとぉ!?」
こんな時でも冷静に笑いをしながら、十七夜月先輩が斑鳩宮さんに目配せをする。
すると斑鳩宮さんは俺達に一礼をしてすぐに、パラソルから暴風雨の中に飛び出してしまったんだ。
「ほらみんな、行こうか。なあにすぐに着くから安心したまえ。さあ、未来?」
「うんっ! 莉子ちゃんとずぶ濡れびしょびしょツアーだねっ!!」
そこに続く十七夜月先輩と朝日ヶ丘先輩。
二人も手を取り合って、雨の中に飛び出していく。
「総一郎。行かないの?」
「……そんなの、決まってるだろー!!」
「わー」
そして。
咲蓮の手を強く握って、俺も大雨の中に飛び込んでいった。
冷たい雨と容赦ない風が叩きつける。
まともじゃない視界の中で、前を走る先輩達の背中だけがわずかに見えていた。
「……ろー」
「咲蓮、手、離すなよ!?」
「……ん。……しい、ねー」
「……だなっ!!」
豪雨の中、隣で手を繋いでいる咲蓮の声も聞こえない。
だけど言いたい事はよく分かった。
こんなとんでもない状況が、俺と咲蓮にとっては《《懐かしい》》と思えるものだったからだ。
……まあ、流石に状況が違いすぎるけど、ある意味で極限状態なのには変わりないのである。
「ぜぇー……ぜぇー……っ」
「総一郎。楽しかった、ね」
「お疲れさまでございます。柳様、咲蓮様。ささ、タオルをどうぞ」
そんな中で、俺達は走り切り、ある建物の中に入った。
雨に濡れたからだろうか、中はとても暖かく感じて、心なしか落ち着く、良い匂いがしたんだ。
「ありがとう……ございます……」
「総一郎。ふかふか、タオル。すごい」
「アメニティの数々にもこだわっておりますので」
斑鳩宮さんに手渡させた大きなタオルで俺と咲蓮は濡れた身体を拭く。
咲蓮が言う通りとても良い生地で、肌触りがすごく良かった。
「やあやあ。みんな無事に辿り着いて、なによりだよ」
そこに俺達より少しだけ先に辿り着いた十七夜月先輩が話しかけて来る。
際どいV字の水着の両肩に首から下げたバスタオルを垂らしていて、何とも言えない格好をしていたんだ。
「まあ、何とか……それにしても、凄い雨ですね……」
「びしゃびしゃ。ちゃぷちゃぷ、ごーごー」
外はまだ雨が降っている。
今いるログハウスの入り口や窓も、風雨に叩かれまくっていた。
「そうだね。だけど、ある意味でちょうどよかったかもしれないよ?」
「……と、言うと?」
「莉子ちゃん! バッチリだったよー!!」
――ガラガラッ!
十七夜月先輩の言葉に俺が聞き返すと、ログハウスの奥にある引き戸が音を立てて開き、中から朝日ヶ丘先輩が手をブンブンと振って顔を出した。
それと一緒に、何やら独特な、どこかで嗅いだことがある良い匂いがより強くなっていく。
「十七夜月先輩。バッチリとは? それにここって……?」
「うんうん。流石は柳クン! 理想的なリアクションだ。ここはね、ボク達が泊まるコテージの離れにある、屋内外兼用で海が見えるとっておきの――」
そんな俺の問いに、十七夜月先輩はとても嬉しそうに頷きながら。
「――家族風呂、だよ」
一点も曇りの無い漆黒の眼で、そう……笑ったんだ。。




