第122話 「狼姫と、そっくりなキミ」
「……俺は、そうは思いませんけどね」
「…………え?」
白い砂浜を風が通り抜ける。
長くて綺麗な黒髪が揺れて、黒の瞳が俺を見つめた。
十七夜月先輩はまさか言い返されると思っていなかったようで、珍しく目を丸くさせている。
「だって俺も。十七夜月先輩と一緒で、人の幸せを望んでる方ですし」
咲蓮とか、咲蓮とか、咲蓮とか、咲蓮とか、咲蓮とか。
そこには俺の幸せも含まれているかもしれないが、だからこそ十七夜月先輩を尊敬しているのである。
「何て言うか……例えば、仮にですけど……」
だって十七夜月先輩は、常に俺達や生徒、そして朝日ヶ丘先輩の為に行動しているのだから。
確かに何を考えているか分からず常に手のひらの上な感じは凄いけれど、十七夜月先輩の言う事を聞いて悪い方に転がった事は……事、は――。
「十七夜月先輩が自分の幸せは叶わない方が良いって言ったとしても、俺が十七夜月先輩の幸せを叶えたいって言ったら、それで終わりじゃないですか?」
――は、恥ずかしい思いをしている以外は無いのである!
だって、基本的に、男の俺にとって、役得でしかないのだから……!
口が裂けてもこんな事を、皆の前で、咲蓮の前では言えないがな!!
「なので、俺は、そうは、思いま、せん……が……」
言っていて、考えていて、恥ずかしくなってきた。
ひょっとして俺は、今現在進行形で死ぬほど臭い事を言っているんじゃないか?
そのせいでどんどん口調が、語尾が弱くなっていく。
「……少なくても俺はこうして南の島に招待してくれた十七夜月先輩も、幸せになるべきだと思ってます」
だけど、これだけは言わなきゃいけない気がしたんだ。
恥ずかしいし、精神的にも、肉体的にも、大変な目に合っている。
でもそれもきっと、十七夜月先輩が俺を含めて朝日ヶ丘先輩や咲蓮、それに斑鳩宮さんの幸せを想っての事だと思うから。
「何だったら、今言った欲張りな幸せ。このまま全部叶えたら良いじゃないですか。せっかく今、全員いるんですし」
だから言ったんだ。
頼れる風紀委員長で、学園一の大和撫子で、社長令嬢だと言う、欲張りな十七夜月先輩の普通の幸せを叶える為に。
だいたい十七夜月先輩の幸せが欲張りだったら、俺の外で友人と一緒に遊ぶという幸せは何だったって言うんだ。
そう言う意味だと俺の幸せは叶っているのかもしれない。
だとすれば、それをダブルデートと今回の旅行で叶えてくれた十七夜月先輩の幸せを、今度は俺が叶える番だと思うんだ。
「…………キミは、本当に」
長い長い沈黙の後に。
十七夜月先輩がゆっくりと口を開く。
呆れているような、驚いているような……。
いつもは聞かない、そんな声音で。
「……やっぱりキミは、未来とそっくりだよ」
「何でそうなるんですかね!?」
予想外の方向から、殴られたんだ。
今のどこに朝日ヶ丘先輩と似ているエピソードがあったと言うのだろうか。
前々から思っていたが、そろそろその根拠を示してほしい。
『咲蓮ちゃーん! ヒトデ! ヒトデだよ! ヒトデが打ちあがってるよ! これ、人魚姫みたいに胸に貼り付けたらどうなるのかな!?』
遠くから何か凄い事を言ってるのが聞こえる。
これだけ聞けば、ギリギリ怒って良いレベルだと俺は思うんだ。
「あっはっはっはっはっ! 未来は、相変わらずだね」
「誤魔化さないでくださいよ!?」
そんな遠くにいる朝日ヶ丘先輩を見て、十七夜月先輩が大きく笑う。
心なしか先ほど笑っていた時よりも、目の端に涙が溜まっているような気がした。
「ごめんごめん! でも、未来から……聞いてないのかい?」
「……何がですか?」
また指で涙を拭いながら、十七夜月先輩が笑う。
俺が朝日ヶ丘先輩から聞いたのは、十七夜月先輩が空から降ってきて運命的な出会いをしたとか何とかだけである。
何でこの流れで朝日ヶ丘先輩が俺に何かを言ったって話になるんだろうか?
「柳クン」
短く、十七夜月先輩が俺の名前を呼ぶ。
その顔は、先ほどまであった憑き物が落ちたような表情をしていて。
「ボクはね――」
そうして真っ直ぐ、俺の顔を見て。
「――おや?」
何かを言おうとした瞬間。
「……え?」
ポツリ、ポツリと。
パラソルの屋根を叩くように、大粒の雨が、降りだしたんだ。




