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Night-mare  作者: せつ
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第一章 再来

 いつから目を開けていたのか、正直覚えていなかった。視界に入るのは風に揺れる木の葉とどんよりと光を遮る雲だった。どことなく自分が見慣れてきた空ではないと思い、やっとそこで意識がはっきりしてきた悠真は身を起こした。

 カラスの鳴き声が木霊する。暗い森に反響するそれは更に不気味さを引き出していた。見たことがある、と悠真は頭をがしがしと掻いた。まだ頭がボーっとしているのか、思考回路が上手く働いていない。


「ん?ここってぇ、魔界!!」


 やっと気付いて、立ち上がる。妙な霧が発ち込めているところを見ると、例の妖怪にも人間にも害のある森の中らしい。顔から血の気が引いていくのがわかった。視線を巡らせればすぐに大きな城が視界に入る。まだ自分の存在が妖怪に知られていないと幾分か安堵して、悠真は城に向かって走り出した。所々に人骨とは違う形をした骨が転がっているのを横目で一瞥しながら、彼は自己ベストタイムで森を走り抜ける。




 薄暗い部屋のソファに腰かける銀髪の男は口端を吊り上げる。窓の外を見やればそこには決して晴れることのない空と白い霧に紛れる森が広がっている。先程と何ら変わらない風景。だが、明らかに変わったことが起きた。

 長い髮を揺らして、彼は腰を浮かせる。何かに反応するかのように背中にしまわれていた翼がゆっくりと広がっていく。赤い絨毯の上に白い羽根が散らばる。


「あら、伯凰様。もしかしてまた会えるんですか?」


「そうみたいだ。よかったなお鵺。ユニークな彼にまた会えるよ」


「はいぃ。とっても嬉しいですわ。だけど、一番喜ぶのはもちろん、紫さんですわね!」


 いつからそこにいたのか。明かりが何も届いていない部屋の隅から小柄な女性が姿を現わす。淡い緑の髮はクルリ、と柔らかい曲線を描いて首もとまで伸びている。その髮から覗くのは拳くらいの尖った耳。


「さぁ、早く助けないと美味しいところ私が貰っちゃうよ?紫君」


 取れた自分の羽根を口元にあてて、伯凰は目を細める。彼が見つめる森は妖怪でも人間でも隔てなく正常ではいられなくする魔の森。悠真が一人でこの城に辿り着くのはかなり無理があるだろう。

 鵺は白い手を顎にあてて何かを思案する。いつもとは違い神妙な顔つきをする彼女に伯凰も気を引き締める。


「どうしたんだい?」


「いえ、今回悠真さんがこの世界にいらしたのは、もしかしたら」


 一拍、焦れったい空白が襲う。やっと重い口を開けて彼女が放った言葉はあまりにも残酷で期待外れなものだった。


「抜殻茶が飲みたかったからでしょうか?」




 紫がかった青い髮が三つ編みにされて、背中に垂れる。黒い毛が生えた獣のような耳がピクリと揺れる。人の大きさ程の岩が何個もくっついたような崖の上で彼は平然と佇んでいる。視線を巡らせて森の方を睨む。

 おそらくそこらにいる原型も止まらない妖怪には気付かない程微かな魂の気配。小さく舌打をして彼、紫はその場から飛び降りた。人間なら誰であっても死んでしまうような高さを楽々着地して、紫は森の中へと姿を消した。




「にしても、相変わらず不気味な所だよなぁ」


 走り疲れて結局歩いてしまっている悠真。まだ身体が怠くなるところまではいっていないが、気分的には既に参ってしまっている。青い顔をしながら、口調は明るく、一人言を長々と述べている。

 下に転がる骨はもう何十個と見て、カラスの鳴き声は止むことはない。不思議なことに今回はまだ一匹として妖怪は見ていないが、もし出逢うことがあるならばあの三人のどれかがいい。と心から祈っていた。

 男にしては丸く可愛らしい目を不安そうに回して、悠真は先を急ぐ。


「あぁ、くそ。こっちに来れる日がわかればいいんだけどなぁ。そうすれば色々用意して来れるのに」


 よそ見をしていた悠真に木から下がる大きな葉が襲う。びっくりして妙な叫びが上がる。


「うわぁ!何だ、葉か!びっくりさせんなよ!まったくもう。無意味にこんなにズルズル伸びて、少しは歩く人に身にもなれっての!あ?人は来ないのか?じゃぁ、妖怪か?」


 思わず葉を引きちぎって無意味に握り締める。悠真は遠足に行って道端で拾った木を無意味に持って振り回している小学生の気持ちがわかる気がした。何か手に持っていないと落ち着かないというあの真理だ。


がさがさ


 草むらから音がした。おそらく意味もない葉を前に突き出して身構える行動をした。案の定、そこには人でも動物でもない妖怪が一匹いた。まだ悠真の存在に気付いていないのか、妖怪はぎょろぎょろした目玉を左右に動かしている。

 悠真は音を立てないように身を低くしながら、ゆっくりとその場から離れる。


危ない危ない。こんなへなへなな葉で太刀打できるわけないしな。


「て!わぁぁぁあああ!!」


 目の前に現われたのはまた違う妖怪。今の叫び声でやり過ごせそうだったもう一匹の妖怪にも存在を気付かれてしまった。襲いかかろうとした目の前の妖怪に葉を投げつけて、悠真は走り出す。

 前にここに来た時よりもいくらか落ち着いている。周囲の状況が確認できる程だ。振り返れば二匹が必死になって追いかけて来ていた。

 逃げながらも向かう所はあの城。霧が濃くなってくるのを見ながら、具合が悪くなるのも時間の問題だと感じる。できるだけ足場の悪い場所を選んで、妖怪達との距離を大きくしていく。


「体力二倍使うわ!」


 叫んだ瞬間足元がもつれて倒れる。咄嗟に手をついて顔面直撃はまぬがれるが、そんなことしている間に妖怪に挟まれた。すぐさま立ち上がって立ちはだかる妖怪の顔面を蹴り上げる。しかし、足を捕まれて身動きが取れなくなる。


「だぁぁ!人の足を掴むな!気色悪い!いいか!俺は唐揚でもステーキでもおやつでもないぞ!美味くないからな!絶対に!俺なんか食べたら腹下して一生トイレから出れなくなるぞ!」


「相変わらずよく喋る奴だな」


 悠真の足元が紫色の炎で包まれる。一瞬にして足を掴んでいた妖怪は灰になる。声がした方に顔を向ければそこには懐かしの人物。青かった顔は一気に輝いた。


「紫ちゃん!」


「ちゃん付けするな!」


 始めてこの世界に来た時に悠真の生命を救い、助けてくれた人物。黒ヒョウの化身と言われる彼は世界で一番の足を誇る妖怪、紫。悠真、伯凰、鵺の四人の中で唯一突っ込みキャラと言えるまともな人物だ。


「よそ見はいけませんよ。紫さん」


 振り向けばもう一匹の妖怪を小さなナイフで突き刺し、木にぶら下げていた鵺がいた。血がいくつか顔や服に飛び散り、清楚な彼女の雰囲気が妖しくなる。口元についた血を舌で舐めて、彼女は木にぶら下がってピクピク動く妖怪を睨んだ。


「さぁ、美味しい美味しい抜殻茶にしてあげますわ☆」


ぎぃいやぁあああああ


 極悪人が浮かべるような笑みをする彼女の手によって、霧が広がる不気味な森に、負けないくらいの不気味な叫び声が響いた。


「うん、今日もお鵺は元気だねぇ」


 木の陰に隠れていた伯凰が身を出して、呑気な言葉を吐いた。残虐な光景に口元を押さえて、青い顔をしていた悠真は紫の方へ顔を向けた。いくら妖怪でもあんなことをしている姿を見たら、誰であっても気持ち悪くなる。


やば、胸が…………。


 三人と懐かしの再会を味わう前に悠真の意識はその場で途切れてしまった。完全に意識がなくなる時に聞こえたのは紫の余裕のない叫び声だった。




 窓が何もない真っ暗闇の部屋の中。少女は透き通った碧い瞳を揺らして、息をつく。傍目で考えると彼女は十二、三歳といったところだろう。彼女は縮こまって目を閉じる。背中から伯凰と似た白い翼が生える。身体の大きさと合った小さな翼はそのまま彼女を隠した。


「力が………足りない」


 震える声音がその部屋に響く。陰でその姿を見守るのは小さな毛に包まれている妖怪。




誰か、助けて。

力のある人………。




 視界に入ってきたのは普通の家ではありえない高い天井だった。西洋の神殿的な様々な模様や文字が刻まれているそれを何も考えずに見つめて、彼は瞬きをする。まだ微かに残る気持ち悪さに気付かないふりして、身を起こす。抵抗の少ないクッションに身が沈む。


「ここは?」


 呟いてみて、それが愚問だと気付く。この世界にこれ程立派な建物があるのはあそこしかない。というより、建物自体がここにしかないのだ。悠真はレースがついたフリフリの布団を見やる。これは、鵺の好みなのだろうか。と、思わず思案してしまうくらい少女チックな部屋だった。

 布団から身を出して、立ち上がると足がスースーすることに気付く。ちらりと下を向けば見事に硬直する。首のところがもぞもぞすると思っていたらそこには胸が小さい人なら喜びそうな純白なフリルが首もとから腰くらいまで縫われて、腰には同じ色の幅の広い布がまかれて、リボンが作られている。そこからふっくらとビラビラにスカートが広がっている。足には何もなく、素足で透明なガラスの靴が履かれていた。


「何だこりゃぁあああああ!!!!」


 高校生の男が普通の女性でも着るのを戸惑ってしまうような乙女系服を着ていたら、絶叫しても仕方がないだろう。頭を触ってみたら、ちゃっかりと腰まで伸びる緩いウェーブがかかったエクステが付けられていた。悠真は顔を真っ青にしてそこらに自分の服がないか探し始める。だが、自分の服はおろか、他の服でさえも一切存在しなかった。

 思わずその部屋から飛び出して走り出す。こんな姿を誰かに見られたら嫌だ、ということよりも早く着替えたいという気持ちの方が強かったからだ。

 ガラスの靴を履いているせいでカコカコと妙に高い音が廊下に木霊する。部屋の扉を見つけるとドアノブに一つ一つ手をかけていく。が、どれも鍵が閉まっているせいで何も開かない。


「どうなってるんだ!?大体、何で皆俺にこういう女物の服を着せたがるんだよっ!普通に女の子が着ている方が可愛いじゃないかよっ!びらっびらのきらっきらのスースーする服なんて俺は興味ない!興味あった方がヤバいだろっ!こんな服着て、『あら、やだ。私可愛い?』なんて言ってたら明らかにオカマじゃないかよ!しかも俺だと相当似合っちゃう?いやいやいや、流石の俺でもそこまで似合わない!」


「そうですかぁ?私が思わず『本当はヒーローじゃなくて、ヒロインなの。わ・た・し☆どう?この恰好を見るだけで助ける気になれるでしょう?』という題名を付けたい程似合いますのに。そこまで否定しなくてもよろしいのでは?」


 いつの間にか隣りを同じ速度で走っていた鵺は明るい声で言った。だがそれは悠真にとってダメージにしかならなくて、ちっとも嬉しくない。こんなに輝いた表情をしているということはやはりこの恰好をさせたのは鵺であろう。


「ちょ、お鵺さん!俺の服何処にやったんですか?」


「悠真さんの服はとっても汚れていたのでひっぺ返して洗濯させて頂きましたわ☆まだ乾いていないので渡すことはできませんわ」


「そんなぁ!他に服はないんですか?」


「ありますけど、私はその服が気にいっているので渡したりなんてずぇっっっっったいしませんわ☆」


 虐めを受けている。と今彼は心から思っているだろう。ふらりと一瞬意識を失って彼は壁に手をつく。すると、がこんという軽い音が聞こえると共に触れた所の壁が正方形の切れ目にそってへこんだ。間もなくして微かな地響きが伝わり、床が無くなる。


「うっそぉぉぉおお!!落し穴ぁぁぁぁ!!!」


 足場を無くした身体は地球とは違うのに万有引力と同じ作用で自由落下していく。暗闇の中に落ちていく悠真をじっと見つめて、鵺は目を細める。いつも浮かべられている笑みはいつの間にか消えて、いつもよりトーンの低い声音で小さく呟いた。



「やっぱり、悠真さんがこの世界に来たのは…………あの方が呼んだから?」




えっと、かなり話の展開が早い気がします。第二シリーズはどこまで進めるかあまり考えていませんが、できる限り話の筋が通っているものを書いていきたいと思っています。頑張ります!

感想、評価、いつでも受けつけているので、よろしくお願いします。

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