第1話 弟を呼んだはずでは?
最初に感じたのは、空腹だった。
お腹が空いた。
そう思ってから、日和はゆっくりと目を開けた。
視界に入ったのは、見覚えのない天井だった。薄暗い石造りで、蛍光灯もなければ照明らしきものもない。代わりに壁に取り付けられた燭台の火が、ゆらゆらと揺れている。
「…………」
どこ、ここ。
身体を起こそうとして、床に座り込んでいることに気づいた。冷たい石の感触が手のひらに伝わってくる。
ベッドですらない。
周囲を見回して、日和はさらに首を傾げた。
黒いローブを着た人たちがいる。
剣を持った兵士らしき男たちもいる。
少し離れたところには、いかにも身分が高そうな服を着た老人。
そして日和の足元には、見たこともない模様が描かれていた。円と文字のようなものが複雑に組み合わさり、床いっぱいに広がっている。
何かの儀式。
そうとしか思えない。
「……女?」
誰かが呟いた。
その声をきっかけに、部屋の中がざわめき始める。
「なぜ女がいる」
「召喚対象が違うぞ」
「術式に問題があったのか?」
「そんなはずはない。座標も対象も確認した」
日和は黙って彼らを見ていた。
何の話だろう。
分からない。
分からないけれど、1つだけ確かなことがある。
どうやら歓迎されてはいないらしい。
「すみません」
声を出すと、全員の視線が一斉にこちらへ向いた。
ちょっと怖い。
「ここ、どこですか?」
誰も答えない。
日和は少し考えてから、質問を変えた。
「というか、あなたたちは誰ですか?」
やはり誰も答えない。
代わりに、黒いローブを着た若い男が慌てた様子で近づいてきた。年齢は日和と同じくらいだろうか。淡い茶色の髪は寝癖のように跳ねていて、目の下にはうっすらと隈がある。
「あ、あの……まず、お名前を確認してもよろしいでしょうか」
「名前?」
「はい」
どうしてそんなことを聞くのだろう。
不思議に思いながらも、日和は答えた。
「穂積日和です」
「ホヅミ、ヒヨリ……」
男の顔が引きつった。
嫌な反応だ。
「年齢は?」
「29です」
今度は周囲から小さなどよめきが起こった。
日和は眉を寄せる。
「何なんですか?」
黒いローブの男は答えない。
代わりに、後ろにいた別の男が何かの紙を確認しながら声を上げた。
「対象者はホヅミ・ミナト。22歳。男だ」
日和は瞬きをした。
ホヅミ・ミナト。
聞き間違えるはずがない。
「…………弟ですけど」
部屋が静まり返った。誰かが息を呑む音まで聞こえた。
日和は周囲を見回す。
「穂積湊なら、私の弟です」
誰も何も言わない。
「……もしかして」
日和は足元の奇妙な模様を見る。
もう1度、黒いローブの人たちを見る。
そして、恐る恐る尋ねた。
「私、弟と間違えられました?」
沈黙。
誰も答えない。
けれど、その場にいる全員の顔を見れば十分だった。
どうやら私は、弟と間違えて異世界に召喚されたらしい。




