第13話:ポンコツ聖女の襲来と、究極の温泉
「うーむ……今日は少し気圧が低いな。沿岸部から発達した低気圧でも近づいておるのか、18歳になったというのに、どうも関節に幻の痛みが走る気がするわい」
わしは立派に完成した和風の天守閣の縁側で、空を見上げながら一人ごちた。 こんな気圧の乱高下する日は、無理をしてはいけない。前世からの教訓である。
「よし、今日は一日、新しく湧かせた露天風呂でゆっくりと湯治をするぞ!」
タオルを片手にウキウキと城の裏手にある自慢の温泉へ向かおうとした、その時だった。
「――そこまでです、民を惑わす邪教の主よ!」
凛とした声と共に、庭先に一人の少女が降り立った。 銀色の長い髪に、透き通るような碧眼。豪奢だが動きやすそうな純白の法衣に身を包んでいる。獣耳や尻尾といった亜人の要素は一切ない、わしの好みにど真ん中ストライクの、見目麗しい人間の美少女であった。
「おや、どちらのお嬢さんかな? 随分と綺麗な銀髪じゃね」 「気安い言葉をかけないでください! 私は大陸最大の宗教国家『神聖帝国』より遣わされし特使、聖女ルミエル! 辺境の地で神の御業を騙り、民を洗脳する異端者の化の皮を剥ぎに来ました!」
ルミエルと名乗ったその少女は、ビシッとわしに向かって杖を突きつけてきた。 どうやら、わしが適当に道を直したり雨を降らせたりしたことが、「邪神の所業」として遠くの国まで伝わってしまったらしい。
しかし、生真面目そうな顔でツンケンしている姿もまた、青春の1ページとしては悪くない。
「まあまあ、そんなに肩肘張らずに。長旅で疲れたじゃろ? ちょうど今から温泉に入ろうと思っていたところなんじゃ。ルミエルちゃんもどうだい? 混浴でもわしは一向に構わんよ?」 「こ、こんよく!? 破廉恥なっ! やはり貴方は邪神……いえ、ただのスケベオヤジですか!」 「オヤジとは失礼な。心は88歳でも、体はピチピチの18歳じゃぞ」
顔を真っ赤にして怒るルミエルを尻目に、わしは露天風呂の脱衣所へ向かった。 「逃がしませんよ!」と、なぜか彼女もズカズカとついてくる(さすがに脱衣所の外で待っていたが)。
湯船に足を入れると、少しぬるかった。 「おっと、湯加減が足りんな」
わしは湯船に浸かりながら、右手の人差し指でチャプンとお湯をかき混ぜ、ほんの少しだけ火魔法と治癒魔法の魔力を混ぜて温度を上げた。 ただ、自分が快適に入浴するための、給湯器の温度設定ボタンを押すような感覚である。
「ふう……極楽、極楽」
「ちょっと! いつまで入っているつもり……えっ?」
しびれを切らしたルミエルが露天風呂の入り口から顔を覗かせた瞬間、彼女の動きが石像のように固まった。
「な、なんですか、この異常な魔力濃度は……! まるで湯船全体が、神の涙と呼ばれる『万病を治す究極の聖水』に変質している……!? た、ただ指先でお湯をかき混ぜただけで!?」
ルミエルの碧眼が、これ以上ないほどに見開かれている。 「いや、ちょっとぬるかったから温めただけで……」 「ありえない……! 帝国でエリクサーを一滴精製するのに、高位聖職者が十人がかりで一ヶ月祈り続けなければならないのに! これほどの奇跡を、入浴剤がわりに……っ!」
ルミエルはガクガクと震えながら、その場にへたり込んでしまった。 わしのただの湯沸かしが、生真面目な聖女の常識を根底から破壊してしまった瞬間だった。




