プロローグ:純潔の結晶と女神の盛大な勘違い
「……ううむ、ここはどこじゃ?」
ふと目を覚ますと、わしは真っ白な空間にぽつんと立っていた。 つい先ほどまで、病院のベッドの上で薄れゆく意識の中、「あぁ、最期にもう一度、熱いお茶と羊羹をいただきたかったのう」と考えていたはずなのだが。
『――目覚めましたか、清らかなる魂よ』
どこからともなく聞こえた荘厳な声と共に、目の前に光り輝く美しい女性が現れた。背中には純白の羽。どうやら天使か、さもなくば女神様というやつらしい。 孫がよく読んでいた『ライトノベル』とやらの展開じゃな、と妙に冷静な自分がいた。
『私は転生の女神。田中茂男、あなたは天寿を全うしました。しかし、あなたの魂はあまりにも特殊……いえ、規格外すぎるエネルギーを秘めています。このままでは輪廻の輪が壊れてしまうため、異世界へと転生していただくことになりました』
「はえー、異世界。なるほどのう」
『……驚くべきはその魔力です。私たちの世界では、現世で純潔を保った期間が長ければ長いほど、転生時に強力な魔力を得ることができます。通常、長くても30年や40年ですが、あなたはなんと……88年間!』
女神様がなぜか頬を赤らめ、コホンと一つ咳払いをした。
『88年もの間、己の欲を律し、ひたすらに純潔を守り抜いたその凄まじい精神力! それが極限まで圧縮され、あなたの魂は神である私すら凌駕する【レベル999】の【大賢者】として生まれ変わるのです!』
女神様の瞳が、感動の涙で潤んでいる。 両手を胸の前で組み、わしをまるで救世主か何かのように見つめていた。
「……あの、女神様や」
『はい、なんでしょうか! 異世界を救う使命感に燃えているのですね? 魔王軍の脅威から人々を救う、その気高き御心……っ!』
わしは、皺ひとつない、若返った自分の両手を見つめながら、ポツリとこぼした。
「わし、欲を律しとったわけじゃないんじゃ。ただ、絶望的に奥手で、ご縁がなかっただけで……」
『えっ?』
「……今度の人生では、その、女の子と手くらいは繋げるかのう? できれば一緒に下校とかして、クレープとか食べてみたいんじゃが」
『えっ……あっ、は、はいっ! その圧倒的なお力と若返った肉体があれば、ええと、選び放題かと!』
女神様が少し引き攣った笑顔でサムズアップしたのを確認し、わしは目の前が眩い光に包まれるのを感じた。
レベル999だか大賢者だかはよく分からん。 だが、今度こそ、今度こそわしは……青春を謳歌してやるんじゃーっ!!




