第一話:戦国乱世――。
飽き神のキキョウの物語。キキョウが異世界転生し、九尾の忍びになるまでを描きます。
第一話:戦国乱世――。
かつて平安を誇った京の都は、将軍家と三好家の果てしない抗争に明け暮れていた。
美しい街並みは灰に消え、行き交う民の目は飢えと怨嗟に濁っている。
その惨状を、一人の武士が苦い思いで見つめていた。明智十兵衛光秀である。
「一刻も早く、この戦さを終わらせねばなりませぬな……」
馬上で呟いたのは、家臣の明智秀満であった。
その瞳には、戦火に焼かれ、日々の糧すら脅かされる民草への深い同情が宿っている。
彼もまた、主君と同じく、この地獄のような世を終わらせるための「静謐」を求めていた。
もう一人の重臣、斎藤利三もまた静かに頷く。
「織田信長様に仕えたのは、正解でございました。あのお方の苛烈なまでの推進力があれば、一気に畿内を掌握することも叶いましょう」
光秀は、遠く北の空を見据えた。
「ああ。だが、まずは織田家内における我らの地位を揺るぎないものにせねばならぬ。越前の地は、かつて我らも身を寄せた馴染みある場所。一気に一向宗の根を断ち、信長様に我らの真価を示してみせるぞ」
「「御意」」
二人の家臣が力強く応じた。
時は流れ、天正三年八月。
織田信長は、越前一向一揆を根絶やしにすべく、数万の大軍を動かした。軍列の中には、後に「山崎」の地で天下を争うことになる宿命の二人――明智光秀と羽柴秀吉の姿があった。
「光秀殿! 我らは海岸線へと突き抜け、海沿いに越前へ入る。これで相違ございませんでしたな!」
陽気な、それでいてどこか計算高い声を張り上げ、羽柴秀吉が軍馬を並走させてきた。
光秀は乱れることなく、落ち着いた声で返す。
「ええ、その通りです。此度の戦、我らの標的は敦賀郡・杉津口の海岸沿いに築かれた『杉津口の海城』。そこを守る若林長門守を討ち果たしまするぞ」
「ほう……若林、長門守?」
秀吉はわざとらしく眉をひそめ、光秀に問い返した。まるでその名を聞くのが初めてであるかのような素振りだ。
「ええ。昨日の軍議でも、殿はそのように仰せでしたが?」
「そうであったかなあ? どうじゃ、秀長?」
秀吉が背後に控える弟を振り返ると、秀長は呆れたように嘆息した。
「これ、兄者。しっかりなされ。光秀殿の仰る通りだ。あの杉津口の猛将・若林長門守は、近隣の一向宗門徒と密に連携しておる。隙を見せれば一気に食い破られかねませぬぞ」
「わかっておるわい! 光秀殿の武勇は聞き及んでおるし、この猿とて負けるわけにはいかぬからな!」
秀吉はガハハと笑い飛ばしたが、その目は一瞬たりとも緩んではいなかった。
進軍を続けることしばし。潮騒の音が風に乗って聞こえ始め、ついに前方に「杉津口の海城」がその姿を現した。急拵えの城とはいえ、断崖と海を背負ったその構えは、寄せ手を拒む険阻さを備えている。
そこへ、土煙を上げて伝令が駆け込んできた。
「報告! 敵将・若林長門守は籠城の構え! 門徒勢、背後の山中へ伏兵を展開中!」
「信長様より厳命! 『短期決着せよ。光秀、秀吉の両名は、正面より徹底して攻め立てよ』とのことにございます!」
「うわちゃあ! 信長様も無茶を仰るわ!」
秀吉が顔を歪め、苦虫を噛み潰したように叫んだ。
光秀も内心、冷静な計算を働かせる。
(確かに……。いかに急拵えの城とはいえ、我らは長旅の強行軍。その直後に、戦上手と聞こえ高い若林長門守を正面突破で破れとは。多くの血が流れるは必定……)
しかし、織田家において「不可能」という言葉は許されない。信長の命は絶対であり、それを完遂してこそ、この乱世を終わらせる力が得られるのだ。
光秀は迷いを振り払うように、采配を高く掲げた。
「……相分かった。秀吉殿、命は命。もはや迷うている暇はござらぬ。早速、取り掛かるといたしましょう」
「おうよ、致し方ねえ! 派手に行こうじゃねえか、光秀殿!」
光秀の号令と共に、明智軍の鉄砲隊が波打ち際を砂飛沫を上げて前進する。
日本海の荒波が岩に砕ける音をかき消すように、戦国乱世を象徴する乾いた銃声が、越前の空に響き渡った。




