010
皇城の中庭に広がる訓練場は、百人は同時に剣を交わせるほどの広さがあった。長方形の地面は小石一つなく整然と均され、周囲に建てられた傷だらけの案山子は、修練を積む騎士たちの流した血と汗の歴史を感じさせた。
普段は剣戟と気合の雄叫び、そして悲鳴が絶え間なく響く場所なのだが、今日は皇族の使用日(といっても実際使うのはレオンぐらいだが)であり、聞こえるのは晴天を吹き抜ける秋風の音ぐらいであった。
「さぁ、殿下。いつまでも渋ってないで、中央に行って構えてください」
「はぁい」
セレスに無理やり連れて来られたレオンは、面倒そうに返事をする。
とはいえ彼は別にセレスとの訓練を本気で嫌っている訳ではなかった。鋭い一撃を繰り出せば、この家庭教師はきちんと褒めてくれるのだ。レオンは自分のことを(セレスに)褒められて伸びるタイプだと思っている。
そして、レオンがセレスと一緒に訓練場に入ろうとしたとき---
「セレスお姉さまーーー!!!」
突然、遠くから若い女のそう叫ぶ声が聞こえた。
レオンとセレスが視線を転じると皮鎧姿の女騎士が、明るい赤色の長髪をなびかせて、こっちに向かって懸命に掛けてくるのが見える。
背中に負った大剣を留めるバックルの金属音がカチャカチャと鳴っていた。
「・・・マチルダ!」
相手の姿を認めたセレスが懐かしそうな表情で微笑む。
だが女騎士--マチルダが近くまで来ると、セレスは厳めしい顔つきで額に手を当て、規律どおりの敬礼を行った。
駆け寄って来た彼女もまた、懐かしそうな表情を浮かべるものの一旦、背筋を正し、セレスに向かって、軍人としての礼を返した。
「セレス様、この度、私は、辺境警備の任を解かれ、皇城の護衛騎士を拝命することとなりました!どうぞよろしくお願いいたします!」
「うむ、ご苦労!」
そして、形式ばったやり取りが終わると、二人は急に破顔し合った。
失われた時間を少しでも取り戻そうとしたのか、親しげに手を握り合う。
「本当に久しぶりですね、マチルダ。ええと、2年ぶりですか?」
「いえ、貴族学校を卒業してからですから3年ぶりです。本当にお懐かしいです、お姉様」
マチルダの髪色と同じ明るい赤みがかったオレンジ色の瞳はまるで太陽を写し取ったかのように溌溂とし、小麦色に焼けた肌は健康的に輝いている。
ちなみにこの間、レオンは完全に置いてけぼりだった。
「えーとセレス、こちらはどちら様?もしよければ紹介してくれないかな?」
彼はなんとか話題を見つけ、隙間に入り込もうする。
「あ、これは大変申し訳ありません。この者は、マチルダ・バーンハートと言いまして、この度は辺境から戻り、皇城の護衛騎士を務めることになったそうです。マチルダ、こちらが皇太子のレオンハルト殿下です。礼を捧げるように」
「はっ!」
セレスに言われ、マチルダがその場に片膝をつき、頭を下げた。
「皇太子殿下にお目にかかれるとは、光栄の至りでございます。この度、私、マチルダ・バーンハートは、皇城の守護の任務を務めさせて頂くこととなりました。実力不足のこの身ではございますが、精一杯あい務めさせて・・・」
忠勤の言葉を述べるマチルダに向かって、困ったように頭を掻いた。
「あー、いいから、いいから。謁見室じゃないんだから、そういうのナシにしよう。ほら立って」
そう言って、レオンが手を差し伸べる。
さすがに恐れ多いと思ったのか、マチルダはその手を取らずに自分で立ち上がった。
「ありがとうございます。殿下はとても気さくな方でいらっしゃるのですね」
「いえ、殿下の場合、気さく過ぎるのも問題で・・・」
セレスのお説教が始まりそうな気配を察知したレオンが素早く口を挟む。
「ほ、ほら。マチルダの紹介が、まだ途中だったでしょう?セレスとはどういう関係?お姉さまって呼んでたけど、姉妹ってわけじゃないよね?」
艶やかな黒髪と黒曜石の瞳を持つセレスと明るい赤の髪と瞳のマチルダでは、全く似ても似つかない。
セレスもその通りだとうなずいた。
「ええ、彼女は貴族学校の後輩でして、姉妹ではありません。彼女が勝手にそう呼んでいるだけです。」
だが、マチルダはその返答が気に入らなかったのか、拗ねたように頬を膨らませた。
「え~、セレスお姉さまとの仲は、本当の姉妹以上ですよぉ。貴族学校では、相部屋でずーっと一緒だったんですから」
「・・・ッ!」
相部屋と聞いてレオンの表情筋がピクリと動いた。
もちろん、彼にはセレス(というか、年頃の女性)と同じ部屋で寝泊まりした経験などない。
それでも色々と駆け巡ったに違いなかった。レオンもまた年頃の男の子である。
「なるほど、随分と仲が良かったんだねぇ」
それでも皇太子としての威厳?を保つため、柔らかな表情と当たり障りのない言葉で返し、
「なら、旧交を温めたいでしょ?今日の剣闘訓練は中止にしようか?」
と度量のあるところを見せた。
だが、そんなレオンに対し、セレスはあっさりと首を振った。
「いえ、私事で、殿下の訓練を中止にするわけにはいきません。マチルダ、今日のところは下がりなさい。またこちらから、連絡しますから」
いかにも厳格な家庭教師らしく、そうキッパリと言い切った。
「え、でもせっかく3年ぶりに再会したんだし・・・」
「3年ぶりだろうと100年ぶりだろうと、私事は私事です。お気遣いは感謝いたしますが、殿下の訓練より優先させる訳には・・・」
「あの~、それなら私がレオンハルト殿下の訓練のお相手に立候補するわけにはいきませんか?」
言い争いを続ける二人に向かって、マチルダが小さく手を上げた。
「レオンハルト殿下が相当にお強いという噂はよく耳にしておりますが、私も僭越ながら腕には多少の覚えがあります。訓練相手でしたら、十分、務まると自負しております」
「えぇ、君がぁ?」
「なるほど、それは面白いかもしれませんね」
戸惑うレオンに対し、家庭教師はあっさりと頷いた。
「魔剣使いは、様々相手と戦ってこそ、より広く深い経験が得られるものです。それに殿下もいつも私が訓練相手では、つまらないでしょう」
「いや、それは別に全然・・・」
レオンの本心からの呟きだったが、セレスは既に決めてしまっていた。
それに---
「お願いします、殿下。訓練が終われば、私、セレス様と一緒にそのまま帰れますし」
「なるほど、ちゃっかりしてるなぁ」
レオンはマチルダの抜け目のなさに、感心してしまった。
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