009
「見た目より傷は浅いです!急ぎ救護室に運びなさい。治癒魔法師と錬金術科の先生が待機しています!早く!」
そう周囲へ冷静に指示しながら、長剣を佩いた女が前に進み出た。艶やかな黒色の長髪を後ろでしっかりと結わえ、 透き通った黒曜石の瞳から放たれる眼光には一点の揺らぎもない。
彼女は鞘から長剣を抜きとると、レオンに向かって突き付けた。
「レオンハルト殿下!この国の次代を担う皇太子として、そのお姿は一体、どうなされたというのです。人の上に立つ者としての自覚を忘れてはいけません」
突然に浴びせられた説教に、レオンが不機嫌そうに顔を歪める。
「奇麗ごと抜かしやがって・・・テメェもどうせ、魔剣よりおべっかを使うほうが上手いタイプだろうがよッ!」
レオンが怒声とともに刃を振るう。数条の雷が束になって、女へと殺到する。
「ハッ!」
女は大きく横へとステップを踏んで、雷撃を躱した。
「威力とスピードはそこそこですが、動きが直線的すぎます。この程度でやられるとは、教師も生徒もまだまだ鍛錬が足りませんね」
そう独り言のように呟くと、もう一度長剣を構え直し、
「セレスティア・ベルモンド、いざ参る!」
レオンに向かって突撃した。
「しゃらくせぇ!」
向かってくるセレスに対し、再びレオンが雷撃を放つ。
だがセレスは少しも怯まない。今度は最小限の動きで雷撃を躱し、同時に神速の踏み込みで着実に距離を詰めていく。
「せいっ!」
セレスが間合いに入ると同時に、長剣を振るう。
轟音と衝撃が校庭を揺らし、火花と雷光が散る。レオンは双剣をクロスして、かろうじて受け止めていた。
「ぐぉぉぉ!!!」
レオンの咆哮が獣のように迸り、なんとかセレスの剣を押し返そうとする。
だが、彼女は表情一つ変えず、刃越しにただ冷たくレオンを見つめていた。
「ふむ。今の一撃を受け止められるとは、意外でした。ですが、それほどの力があるのであれば、自分の意志で暴走を抑え込むこともできるでしょう?」
冷静に諭すような言葉に、レオンの顔が朱に染まる。
「ちぃっ!」
吐き捨てるように舌を打つと、大きく飛び下がりセレスとの距離を取った。
セレスも追って、すかさず間合いを詰める。
レオンの操る双剣と、セレスの長剣が幾度もぶつかり合う。そのたびに轟音と衝撃が校庭を揺らし、火花と雷光が爆ぜた。
「 レオンハルト殿下!皇太子としての自覚を思い出しなさい!」
「うるさいっ!お前ら全員、俺なんか見ちゃいない」
レオンが吠えるたびに、雷撃が力を増す。
「もううんざりだっ!本当の俺なんか誰も必要としていないっ!」
激情に声が震え、目尻からは涙が零れる。
「そんなに皇太子が必要なら、人形に皇太子とでも書いて貼っておけ!」
放たれた最大級の雷撃が、奔流となってセレスを襲う。まともに食らえば、怪我どころでは済まない。
だが彼女の顔には恐れはなかった。
「応えよ、我が魔剣・星砕きの聖剣」
正中に構え、魔剣に力を籠める。
「我が振るうは星墜の軌跡。全てを砕き、万物を呑み込め!“星喰む幻獣 ”ッ!!」
魔力に満ちた刀身が、彗星のように煌めく。
星が堕ちるかの如き一閃は、荒れ狂う雷条を正面から呑み込んでみせた。
「雷を喰らっただと?バカなっ!」
目の前のあり得ぬ光景にレオンは慄然とする。
セレスはそんな皇太子を、ゾクリとするほどの冷たい目で見下した。
「誰もあなたを見ていない?それが一体どうしたと言うのです?」
そう吐き捨ててから、セレスは肩に担ぐようにして長剣を構える。
「貴族とは正しいこと--」
彼女はレオンに向かって一歩、踏み出す。
気圧された皇太子が、自分でも気づかぬまま、後ろへと退がる。
「常に正しくあろうとする精神こそが、貴族としての矜持、存在意義。皇太子とは、いずれその頂に立つお方なのです!」
セレスがまた一歩を前へと踏み出す。
「だけどそんなの辛いだけじゃないか!」
「楽しんでしまえばいい。全てを楽しめるよう強くなってしまえばよいのです」
「そんな、そんなこと・・・」
あまりなほどの強者の論理に、レオンは自分に向かって振り上げられた剣を、ただ虚ろに見つめることしかできなかった。
「もし納得できないのであれば、私が殿下のお側でその道を照らしましょう。命を懸けてその道に添いましょう」
「えっ---」
セレスの言葉にレオンは目を丸くした。顔が火照り、どうしようもないほどに高鳴る。
気付けばセレスティアの整った顔が、目の前にあった。鋭い光を放つ瞳が、真っ直ぐに自分を見つめている。
「殿下、愛しています・・・。ずっとおそばに居させてください」
そして二人は熱い口づけを交わし、永遠の愛を誓い合ったーー。
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「圧倒的な暴力、とんでもない暴論からの、一転して愛の告白、そして口づけ。いやぁ、これは惚れざるを得ないよね」
「はにゃぁ?」
うんうんとうなずくレオンに、ミーシャはなんだかなぁ?と首を捻る。どうにも嘘くさい--特に最後のあたりが納得できない。だが、彼女とて宮仕えの身、口に出しては言わなかった。
「それでその後、気絶した僕をセレスが看病してくれてさ。目を覚ました時、彼女の居眠りしちゃってたんだけど、その寝顔が見惚れてしまうほどに美しくてね」
その光景を思い出したのか、レオンの頬が緩む。
「で、傑作なのが、そのうちセレスが目を覚ましたんだけど、寝顔を見られたのが恥ずかしかったみたいでね。『私、寝てませんけど?』みたいな顔で、必死に澄まして取り繕おうとしているの。これがまた、かぁ~わいくてねぇ」
レオンが目を瞑ってしみじみと呟く。
これならミーシャもちょっと分かった。
「ただ、その後が問題でね・・・。魔剣使いは魔剣と同調すればするほど力を引き出せるから、ちょっと矛盾してるけど、暴走を制御してこそ一流みたいなところもあるんだ。それで、その制御法を教えてくれたのがセレスだったんだけど・・・これがまた“貴族学校に棲むデーモン”、“人の皮を被ったボストロール”、“高級肉専用挽肉製造機”の面目躍如と言った教え方で・・・って、あれ?」
目を開けると、ミーシャの姿が消えている。
よく見るとベッドの下から尻尾が伸びているのが見えた。
そして---
「殿下、剣闘訓練の時間でございますよ」
そう背後から声を掛けられると同時に、ポンと肩に手を置かれた。
レオンの心臓が跳ね上がり、全身がガタガタと震え始める。
「ど、どこから聞いてたの?」
引きつった笑顔で、レオンはセレスを振り返った。
「“貴族学校に棲むデーモン”、“人の皮を被ったボストロール”あたりですね」
セレスはレオンに向かって笑いかける。だが、瞳の奥はちっとも笑っていなかった。
「ああ、良かったぁ・・・」
一方のレオンはほっと胸をなで下ろした。肝心な部分が聞こえていなかったことに、心から安堵した。
もし聞こえていたら、これほど間抜けな告白はないだろう。レオンは自分から告白するなら、もっとムードたっぷりにすると決めていた。それになによりセレスが、帝国への忠誠と自分への愛を天秤にかけ、悩んだ末に自分を選んでくれることを願っている。
だが目の前の家庭教師の方は、そうはいかなった。レオンに向ける笑顔が更に力を増した。
「ほほう。私に陰口を聞かれて良かったとは、殿下もなかなか頼もしいですねぇ」
そう言って、がっちりとレオンの襟首を掴み、部屋の外へと引き摺り出す。
「いや、これは言葉の綾というか、そのとにかく違くて・・・」
「今日の剣闘訓練は実戦形式といたしましょう。大丈夫ですよ、回復薬の用意は、たんとしてございますから」
「いやだぁぁぁ!!!」
レオンは抵抗むなしく、家庭教師に訓練場へと引きずられて行った。
部屋に残されたミーシャは、ベッドの下で身を小さくしながら主人の無事を祈った。
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