第16話 エピローグ
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宿屋の息子であるピリオの朝は早い。期待に満ちた旅立ちの朝ともなればなおさらだ。だが……。
「まだ食べるのダンク。次の町では大食い大会なんでしょ?」
「ちょっと腹ごしらえしてるだけじゃないか〜」
「もう20皿以上も食べてるじゃない! いくら美味しくっても限度というものが!」
「お嬢ちゃんに褒められてやる気モリモリヨ。材料なくなるまで作っちゃうヨ!」
「だ、だからそれは違うって……」
食べるダンクと作る親父に取り残された格好で、ようやく宿を出た時にはすっかり日が高くなっていた。
ノダリアの町へ向かう道は小高い丘へ続いていた。振り返った湖の街はずいぶん小さくなっていたが、それでも岸辺に数多くの建物を抱く輝く湖面が見て取れた。滞在中全く見物できなかったピリオは思わずため息をついた。
「せっかくきれいな所だったのになぁ……」
そのとき隣のダンクがいった。
「お、来る来る、風が来る!」
「え、また? 勘弁してよ!」
また風に吹き飛ばされる包帯男を追いかけるハメになるのかと青くなったピリオの前で、ダンクの体が浮き上がった。けれども風はゆるやかに渦を巻き、包帯姿の魔術師を少年の上でふわふわ浮かせているだけだった。ぽかんと見上げるピリオに向かって、やがてダンクがこういった。
「……今日の風はこうらしい。ではぼちぼち行くとするか」
「行くったって、ダンクをここに浮かせたままじゃ」
「大丈夫だ。ピリオの歩くとおりに動くようだから」
いわれてピリオが道を歩めばダンクもふわふわ付き従う。まるで風船かなにかのように。とまどっていたピリオもやがてほっとした顔で歩き出し、まだ見ぬノダリアの町をめざす。くつろいだ様子で周囲の景色を楽しみながら歩くピリオを見おろしながら、ダンクは自分にだけ聞こえた風の乙女の言葉を回想する。
昔ここには洞窟があって、人間たちが城塞を築き魔物を封じていた。けれど長い歳月の後に人間たちの世は乱れ、戦が起こって結界も破れ、城塞は無人の廃墟と化した。やがて戦乱の中で古き遺跡に秘められていた力を人間たちは呼び起こしてしまい、この地は湖に呑まれてしまった。
そんな人と魔の古き戦場を、あなたは彼らが共に住める場所に変えた。やがて同じ食べ物や水の魔力を糧とするなかで、彼らは徐々に同じ存在へと溶け合ってゆくわ。あなたも永遠の放浪者。いつかまた、そんなこの街で出会うこともあるかもしれない。
包帯だけの口元をふと綻ばせ、ダンクも声なき言葉を返す。
ああ、楽しみにしているよ。




